第6話 邪神官

 夕方、ドアがノックされた。ベッドから起き上がりドアを開けると、ダンテが立っていた。クリフたちが帰って来たらしい。夕食を一緒にどうだ、と誘われたのでお言葉に甘えることにする。


 「おう、調子はどうだ?宿に押し込められて退屈だろう」


 食堂に行くと、すでにジョッキを傾けているクリフとルーナが声を掛ける。ミルテはフォークでサラダの皿を突いていた。


 「ええ、まあ。ルーナさん、体は大丈夫ですか?」


 「ええ、沢山寝たから体力は結構戻ったわ。MPはまだまだだけど」


 「MPってどうやって増やすんです?」


 「大気中の魔素を体内に取り入れて魔力に変換するのが基本ね。魔力が上がるポーションとかもあるけど、高価だし中々手に入らないから」


 「休んで飯を食うのが一番だ。魔素を多く含んだ食材もあるしな」


 クリフが料理を注文しつつ、ルーナの背中を叩く。


 「何を食う?お薦めでいいか?」


 「ええ。よく分からないので」


 「じゃあ彼にもお薦めセットを。ダンテもそれでいいか?」


 「ああ。それで町の周りの様子はどうだった?」


 「うん、昨日のように魔物が出てきている様子はなかった。獣の姿はちらほらあったが」


 「昨日のフォレストワームの様子は異常だったからな。あれも邪霊イビルのせいだと思うか?」


 「分からん。とにかく浄霊使ピューリファーが来るまでは森に近づかないようにするしかない」


 「その魔物ってどう異常だったんですか?」


 気になって尋ねてみる。ダンテは顔をしかめ、


 「フォレストワームってのは森の地下に棲む大型の虫型の魔物なんだが、基本的に憶病で地上には余り姿を出さないんだ。それが昨日は群れで地上に現れ、自分から攻撃してきた。普段ならまずしない行動だ」


 「ダンテが負傷したのもまあ予想外の行動で意表を突かれたってのが理由だな」


 「群れで行動すること自体があまりないって言われてるからな。それがまるで連携するかのように襲ってきやがった。不覚と言えばそれまでだが、異常だったのは確かだ」


 苦々しい顔でダンテが言う。


 「そもそも俺たちが昨日森にいたのはギルドから森の調査依頼を受けたからだ。普段はあまり里に下りない森の獣が最近やたら町の周り目撃され、怪我人も出てるそうでな。先日久しぶりにここに来た俺たちに依頼が回ってきたってわけだ」


 「この町に冒険者はいないんですか?」


 「いるにはいる。だが見ての通り小さな町だし、こう言っちゃなんだがそれほど腕の立つ人間となるとな」


 「あの森は中級の魔物も確認されてるから、あまり奥まで行くのは危険なのよ。とはいえ希少な薬草や鉱物もあるから立ち入らない訳にもいかない。だからそういう物の採取をする際の護衛がこの町の冒険者の主な仕事なんだけど」


 ルーナがジョッキを傾けながら言う。


 「あまり奥まで立ち入らなければ強い魔物は出てこないし、それなりに採取は出来るからな。本当に貴重な薬草などは奥まで行かないと採れないが」


 「そういうのはクリフさんたちが?」


 「この町に立ち寄ると大抵その手の依頼をされる。今回はそれに調査が加わった感じだな」


 「俺は運が良かったんですね」


 「まあな。まさか邪霊イビルに出くわすとは思わなかったが」


 「最近の異変はやはり奴のせいか……」


 「だろうな。特に他に原因となりそうなものは見つからなかったしな」


 「今までこういう事例はなかったんですか?邪霊イビルと俺のようなその……存在が一緒に見つかったってことは」


 ダンテに言われたことを思い出して声を潜める。周りの人間は思い思いに談笑しているし、こちらの話など聞こえていないだろうが。


 「うむ、聞いたことは無い。情報がとにかくないんでな。まあ浄霊使ピューリファーが来るまでは森に立ち入らないようにするしかない」


 クリフの言葉に全員が頷く。料理が運ばれてきて一旦話は終わった。メインは何かの肉のステーキだった。


 「退屈だろうがもうしばらく辛抱してくれ」


 食事を終え二階の部屋に向かう中、クリフがそう言って笑う。俺は頭を下げ、自分の部屋を開けた。不安は消えないが、自分ではどうすることも出来ない。この町での二回目の夜も俺はまんじりともせずに過ごした。


 「じゃあ行ってくる。部屋にこもりきりじゃ息が詰まるだろうし、宿の近辺を散策するくらいは大丈夫だろう。ただあまり町の人間とは話さない方がいい。言うまでもないが森には近づくなよ」


 翌朝、朝食を共にした後でクリフたちはまた町の周囲を見回りに出た。今日はダンテ達も参加して全員出払うそうだ。一人で部屋にいても手持ち無沙汰なのでお言葉に甘えて外を歩くことにした。町の人間と話すと面倒なことになりそうなので、出来るだけ人がいなさそうなところを選んで町を見て回る。


 「やっぱり見覚えはないな」


 目に入る町並みは全く記憶にない。ギルドの行方不明者リストにも無かったし、俺もやはり他のノーマン同様この町や近隣の町の者ではないのは確かなのだろう。


 「ふふ、やぁっと見つけたよ」


 いきなり背後で声がして、俺は驚いて振り向いた。


 「なっ!?」


 俺のすぐ後ろにいつの間にか一人の女が立っていた。褐色の肌に露出度の高い服を着たかなりの美人だ。しかしその整った顔の上には、ねじれた角が両側の側頭部から生えている。見た瞬間にゾッとした感覚に襲われた。明らかに普通の人間ではない。


 「よかったよ。もう少しで時間切れになるところだった」


 冷たい笑いを浮かべ、女が舌なめずりをする。その下は蛇のように細く、二股に分かれていた。


 「な、何だ、お前は……」


 震える声をようやく絞り出す。女は俺をじっと見て笑い、


 「ふうん、あたしを見てもそういう感想かい。記憶がないってのは本当なんだねえ」


 「ど、どうしてそれを!?」


 「知ってるのかって?当然さ。あんたの顔を見にわざわざこんな田舎までやってきたんだから。まああたしも住んでるところで偉そうなことはいえないけどね」


 くっ、くっ、と笑いながら女は瞳を細める。逃げなければ、と思うのだが、なぜか体が金縛りにあったように動かない。


 「ふふ、期待しているよ。あんたがどんな風にこの世界を……」


 「逃げろ!」


 女が言いかけた時、遠くから叫び声が聞こえた。体が動くようになり振り返ると、ダンテとルーナがこちらに走って来るのが見えた。


 「ダンテ、あれって」


 「ああ、間違いない。『邪妖族ダーサ』だ」


 俺の前に走り込み、立ちふさがった二人が緊張した声を出す。


 「おやおや、冒険者のパーティーかい?その坊やの知り合いかねえ」


 「何故こんな町中に『邪妖族ダーサ』がいる!?」


 「あんたら、結界を過信し過ぎなんだよ。この町を焼き払うくらいの時間は活動できるってもんさ。特にこのペルニウム様にとっちゃね」


 「ペルニウムですって!?まさか邪神官の……」


 「ほう、お見知りおきとは嬉しいねえ。お嬢ちゃん、中々見どころがあるよ」


 「バカな!邪神四卿がこんなところに!?」


 「そっちの筋肉ダルマもご存じとはますます嬉しいじゃないか。あんたら結構腕が立つらしいね」


 「その子に何の用だ!?」


 「顔を拝みに来ただけさ。今日のところはね。婆の言っていた通り中々面白いことになりそうだ」


 「神に仇名す邪教徒め。覚悟してもらおう」


 ダンテが懐から四角い箱のようなものを取り出す。それを掌に載せて目を閉じるとその箱から光が放たれ、思わず目を覆う。と、光が消えた次の瞬間、ダンテは巨大な斧のついた棒を手にしていた。

 

 「え?い、いつの間に?」


 「へえ。魔封箱マジックボックスかい。珍しいものを持ってるじゃないか」


 「問答無用!」


 斧をかざしてダンテがペルニウムとかいう女に斬りかかる。それをひらりと躱し、ペルニウムはにやにやと笑う。


 「そう殺気立ちなさんな。しかし邪教徒か。あんたら人間にそう呼ばれるのはさすがに業腹だねえ。無知ゆえ仕方ないとはいえね」


 「どういう意味だ!?」


 「さて、あんたらが盲目的に信じる聖職者様にでも訊いてみるんだね」


 「詭弁を!」


 目にも止まらぬ速さでペルニウムの眼前に飛び込み、斧を振るうダンテだが、その攻撃も紙一重で躱されてしまう。


 「いい腕だ。人間相手なら通用したろうね」


 やや真剣な顔になったペルニウムが目を細める。


 「もう少し楽しみたいが流石にこれ以上は無理みたいだね。まあ今日は挨拶だけということで退散させてもらうよ。坊や、また会えるのを楽しみにしているよ」


 そう言うとペルニウムの足元に光る魔法陣のようなものが現れた。そしてその体が底に沈みこむように消えていく。


 「転移魔法!しかも詠唱もなく!?」


 ルーナが驚愕の顔で叫ぶ。

 

 「これくらいは造作もないことだよ。結界を過信するなと言ったろう?」


 そう言いながらペルニウムの体は完全に魔方陣の中に吸い込まれて消えた。呆然とそれを見つめる俺の肩を掴み、ダンテが声を掛ける。


 「大丈夫か?何か奴にされなかったか?」


 「え、ええ。すぐに二人が来て下さったんで。あの女は一体……?」


 「『邪妖族ダーサ』だ。とりあえず宿に戻ろう。ルーナ、クリフたちに知らせてきてくれ」


 「わかったわ」


 ルーナが走っていくのを見送り、俺はダンテと宿に戻った。食堂で飲み物を注文して待っていると、クリフたちが焦った様子で入ってきた。


 「邪神官が現れたって本当なのか!?」


 クリフの言葉にダンテが頷く。


 「破邪の結界が弱まっているか……そもそもこの町の結界がそこまで強くなかったか。どちらにせよ由々しき事態だね」


 ミルテが思案顔で呟く。


 「奴は彼の顔を見に来たと言ってたそうだな?」


 「ああ。最初から彼に会うのが目的だったような口ぶりだった」


 「やっと見つけた、ってあの女は言ってました。クリフさん、『邪妖族ダーサ』って何なんですか?それに結界って」


 「うむ、『邪妖族ダーサ』というのは邪神グリモスを信仰する亜人でな。エルメキア聖教を信仰する人間にとっては忌むべき連中だ。直接人を襲うことは少ないが邪教に勧誘し人間を堕落させる存在として恐れられている」


 「私たちアルター族と同じく古代国家の時代から生きているとも言われてるけど、私たち同様詳しいことはよく分かっていない。寿命が長いことも共通してるみたい」


 ミルテが淡々と話す。


 「奴らは人間と異なる霊力を持っているらしく、聖教会はほぼ全ての人間が暮らす町にその『邪妖族ダーサ』特有の霊力を撥ね付ける結界を施しているんだ。だから基本奴らは人がいる町に入って来れないはずなんだが……」


 「完璧ではないんでしょうね。特にこういう小さい町に張られた結界は威力が弱いのかも」


 「結界の維持にはそこに棲む人間の霊力が必要だからな。人口が少ない所ではそういうことも起きるのかもしれん」


 「だが『邪妖族ダーサ』が町に出て悪さをしたという話はほとんど聞かんがな。実際ここだってそんなことは聞いたことがない」


 ダンテが唸るように呟く。


 「しかも邪神四卿とはな。それがこの子に興味を示しているというのはどうにも気になる」


 「邪神四卿とは?」


 「邪神を崇拝する連中の中でもいわば最高幹部ともいうべき四人の実力者だ。名前が知られているのは今日来た邪神官のペルニウムと邪神将グラダナスくらいだがな。残る二人のうち一人は邪神巫じゃしんふと呼ばれる巫女らしいが、それくらいしか分かっていない」


 「聖教会に報告することがまた増えたな。まあそれは浄霊使ピューリファーが来たらついでに伝言してもらうとして……」


 クリフがそう言いかけた時、宿屋のドアが開いて一人の男が入ってきた。そして食堂を見回してクリフたちの顔を見つけると、真っ直ぐこちらに向かってくる。


 「クリフさん、ギルドに来てください。たった今メンテの聖教会から浄霊使ピューリファーが到着しました」


 ギルドの職員らしい男が一礼してから言う。


 「分かった。噂をすれば、だな。ルーナ、ミルテ、一緒に来てくれ。ダンテは念のためここで彼の護衛を頼む。聖教会に連れて行くのは邪霊イビルを浄化した後になるだろうからな」


 「分かった」


 頷くダンテを残しクリフたち三人は職員の男と共に宿を出て行った。いよいよ教会へ行くのか。俺は緊張しながら、注文したチェムのジョッキを傾けた。


 

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邪霊喰い<イビルイーター> 黒木屋 @arurupa

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