第5話 異端者

 「確かに大半の人間はノーマンのことはあまり快くは思っていない。だがそれはノーマン自身に非があるわけじゃないんだ。全ては聖教会がノーマンに関してほとんど情報を公開していないせいだ。ノーマンは発見され次第聖教会に報告し、その身柄を確保せよというのが命令でな。王家がそう布告している以上、逆らうことは出来ん」


 「連れて行かれたノーマンがどうなるのかも分からないってことですね?」


 「記憶を無くしているのは何かしらの呪いにかかっているせいだというのが大半の人間の解釈だが、教会側はそれを明確に肯定も否定もしていない。ただ危険がない、とは言っているがな。だから聖教会に連れて行かれたノーマンは呪いを解かれ、記憶を取り戻す儀式を行われているのだろうと言われている」


 のならわざわざ記憶を取り戻させるようなことをするのか、という疑問は湧く。呪いを解けばその危険は無くなるということなのか。


 「とにかく教会は常に国民の目にさらされている。いつでも誰でも礼拝に行くことが出来るし、聖職者は様々な特権の代わりに言動を厳しく律することを求められるからな。だから連行したノーマンを監禁したりまして傷つけたりするようなことはまずしないだろう」


 本当にそうだろうか。監禁し続けることは難しくてもすぐに殺してしまえば死体の始末くらいはそう難しくないのではないか。そう考えてゾッとした。


 「そう物騒な顔をするな。おそらくお前が思っている以上に聖職者は神の教えに忠実だ。人を殺すなんてのはそれに背く最たるものだからな。情報を明かさないことで確かに国民の間に不信感はあるが、ノーマンが聖教会で危害を加えられる心配はないと考えていいと思う」


 「実際に記憶が戻って帰ってきたノーマンは存在するんですか?」


 「そこがまた曖昧なところでな。確かにそういう人間がいた、という者もいるが、俺はそういう事例を目にしたことは無い。まあノーマン自体そう多く見つかるものではないんだが、どうも腑に落ちない点がある」


 「というと?」


 「普通記憶を無くした人間が住んでいる場所から遠くに行くというのは考えづらいと思わんか?呪いか何らかの事故かは分からんが、もし記憶を無くした人間がいたらそいつはその町、もしくは近隣の町の住人である可能性が高いだろう」


 「そうでしょうね。記憶がないのに遠出するとは考えづらいです」

 

 「冒険者ギルドには行方不明になった人間の捜索依頼も来る。だから行方不明になった人間の家族や友人はそいつの情報をギルドに知らせるのが普通だ。その情報は近隣の町のギルドにも共有される。そして記憶がない人間が見つかった場合、まず届け出があった行方不明の人間との照合が行われる」


 昨日ギルドの受付嬢が見ていたのはそういう行方不明者のリストだったわけか。


 「だがノーマンの場合、まず見つかったその近隣の行方不明者ではない。さっきも言った通り聖教会はノーマンの情報を基本明かさないが、ギルドからどうしてもと問い合わせがあった場合、その人間がどこに住んでいたやつか、くらいは教える。その場合、大抵はその町の人間が聞いたこともないような遠い場所の人間だということがほとんどらしい。それが本当かどうか確かめるためにわざわざ出向くなんてとても思えないくらいな」


 「じゃあやはり実際は帰っていないという可能性も高いんじゃ?」


 「だがそれならノーマンが何処へ行ったのか分からない。さっきも言ったがどこかに監禁されたり殺されたりという可能性は低いし、実際一人で教会を出ていく人物が目撃されたこともあるらしい。それが記憶を取り戻したノーマンだったのかは確認できなかったそうだが」


 「ダンテさんたちのようにノーマンを見つけた人間が記憶を取り戻した後会ったりすることはないんですか?もし俺が記憶を取り戻したら、ダンテさんたちに一言礼を言いたいと思うのが当然だと思うんですが」


 「それも禁じられている。記憶を無くしていた時に会った人間には記憶を取り戻した後は接触してはいけないとな。それに記憶を取り戻すと、記憶がなかった間のことは忘れてしまうそうだ」


 それはさすがに妙な話だ。たとえ記憶がなかった時のことを覚えていないとしても自分を助けてくれた人のことくらいはそこの住人に訊けばすぐ分かりそうなものだ。

それを禁じているというのは明らかにノーマンを他の人間から隔離しようとする意図が見える。


 「そこまでして隠すとなるとやはりノーマンは何かしら危険な存在だと思われても仕方ないですね」


 「まあ残念ながらそういうことだ。だが教会に預けられるまではこうして一緒にいても咎められることは無いし、第一今のお前を見て危険だなどとはとても俺には思えんがな」


 「そう言っていただけるとありがたいですが、流石に少し不安になってきましたよ」


 「すまんな。怖がらせる気はないんだが、ノーマンであることで奇異な目で見られる恐れがあることを知っておいてほしくてな。つまり……」


 「教会の人間が来るまで他の人に記憶が無いことを悟られるな、ということですね?」


 「ああ。思った通りお前さんは賢いな。お前自身も嫌な思いをするし、周りの人間も不安になる。俺はノーマンが危険だなんて思ってないが、いらぬ動揺を与えることもあるまい」


 「ありがとうございます。助けていただいた上にお気遣いまでしてもらって」


 「気にするな。記憶が戻ったらまたどこかでひょっこり会えるといいな。俺たちは旅の冒険者だ。お前が遠くの町の人間でもバッタリ会うこともあるかもしれん」


 「そうですね、その時は声を掛けて下さい。俺はダンテさんたちを覚えてないみたいですから」


 「ああ、そうしよう」


 ダンテは笑ってそう言う。だが今聞いた話だけでは最初に俺がノーマンだと分かった時の彼らの反応は少し過敏だったような気がする。まだ何か話していないことがあるのではないか。俺は直感的にそう思った。


 「それにしても驚きました。何も分からないで森にいたと思ったらいきなりあんな化け物に出くわすなんて」


 水を向けてみると、案の定ダンテの表情に微かな変化が見られた。やはりあれが関係しているのか。


 「邪霊イビル、でしたっけ。あれって一体何なんです?」


 「ふむ、お前さんはどうも鋭いらしいな。まあここまで話しちまったんだ。知る限りのことは話そう。あいつについてはノーマン同様よく分かっていない。生物なのか魔物なのか。見た感じ普通の生物には見えんが、知られている他の魔物とも違う。強いて言うならアンデッドなどの霊体系の魔物に近い感じがするが、そいつらに有効な浄化魔法が奴には効かない。昨日ミルテが試してみたようにな」


昨日最初に邪霊イビルを攻撃した魔法はルーナではなくてミルテが放ったものだったのか。


 「浄化魔法は精霊魔法の一種なんですか?」


 「その最上位の魔法だな。四大精霊を束ね、神の意志を地上に伝えると言われている大聖霊スピリチュアの力を借りる神聖魔法だ。ある程度まで精霊魔法を極めたものにしか使えん」


 それでも邪霊イビルには効かないのか。


 「通常の攻撃魔法が効果が無いことも昨日ミルテが証明したしな。普通の魔物ならあいつの魔法を喰らえばただでは済まん」


 「じゃあ打つ手なしですか?」


 「いや、聖教会の浄霊使ピューリファーという聖職者だけが奴を消滅させられる。専門の特別な魔法でな。昨日ギルドが聖教会へ使いを出したのはその浄霊使ピューリファーの派遣を頼むためのものだ。それにお前のことが加わったがな」


 「その魔法をもっと広められないんですか?そうすればルーナさんたち浄霊使ピューリファー以外の魔道士でも邪霊イビルに対抗出来るでしょう」


 「魔道士協会は昔から再三そう言って頼んでるんだが、聖教会は断固としてそれを受け付けない。邪霊イビルを倒す魔法は特別な才能を持った人間しか会得出来ないと言ってな。つまり浄霊使ピューリファー以外の者はその魔法を使えないというわけだ」


 「でもその才能の有無を調べるためにも魔道士協会に協力してもらった方がいいんんじゃないですか?誰がその才能を持っているか分からないんだし」


 「それも聖教会でなければ見つけられないと言ってる。理由は明かさずにな。結局邪霊イビルが見つかったら聖教会に連絡して浄霊使ピューリファーを派遣してもらうしか手はない」


 「しかしあんなものがいたら町の人だって落ち着かないでしょう。奴は危険じゃないんですか?」


 「危険さ。邪霊イビルに襲われるとすぐに死にはしないが、生気を抜かれたような感じになり、廃人と化してしまうそうだ。そして食事も何もせず衰弱死してしまうらしい」


 「そんな危険なのに聖教会は情報を明かさないんですか?」


 「ああ。だからこの件でも聖教会は不信感を持たれている。教会の言い分では邪霊イビルは積極的に人を襲うことは無いし、森や荒野など人が住んでいない場所にしか出没しないから見かけたらすぐ逃げれば安全だということらしいがな。今まで襲われたのは奴を退治しようとした魔道士ばかりだそうだ」


 そんな説明で納得は出来ないだろう。実際、昨日奴は俺に迫ってきた。現れていきなりだ。積極的に人を襲わないというのは信じがたい。


 「まあしかし実際に邪霊イビルが町に現れたという話は聞いたことがないし、浄霊使ピューリファーがくれば退治できるのは事実だからな。要らぬ混乱を避けるため邪霊イビルに関しては聖教会に任せているのが現状だ」


 「触らぬ神に祟りなし、ですか。……ノーマンも邪霊イビルも聖教会が情報を秘匿し、人々から不信感をもたれているわけですね」


 「ああ~、まあそういうことだ。薄々勘付いちまったかもしれんが、ここからはあまり気を悪くしないで聞いてくれ。そういうわけで聖教会が何も公開しないせいもあって、ノーマンと邪霊イビルは国民からいぶかしがられている。そしてちまたでは両者に何かしらの関係があるのではないかと噂されてるんだ」


 そういうことか。正体不明の怪物と記憶を無くした不審な人間。それを教会が情報を明かさないことで結びつけて考えているわけだ。まあ感情としては理解できなくもない。


 「なるほど。だから邪霊イビルに襲われそうになっていた俺がノーマンであると分かって焦ったんですね?」


 「いやすまん。無責任な噂でしかないとは分かってるんだが、実際に両方を同時に目にしちまうとな。どっちも初めて遭遇したんでな」


 「気にしないでください。お気持ちは分かります。話を聞けば当然だと言えます。それに噂ではなく本当かもしれませんし」


 「何?」


 「昨日の邪霊イビルは姿を現したと同時に俺に向かってきました。あれが積極的に人を襲わないというのが本当であれば、俺がノーマンであったことが原因とも考えられます」


 「う~ん。何せはっきりしたことが何も分からんからな」


 「まあそうなると聖教会に連れて行かれるのが少し怖くなりましたがね」


 「すまん。やはり話すべきではなかったな」


 「いえ、正直に話して下さって感謝しています。心配しなくても逃げ出したりはしませんから」


 そうは言ったものの、不安が増したのは事実だった。昨日から感じる違和感と共に言いようのない不気味な空気が肌に纏わりつく感じがする。ノーマンと邪霊イビル、聖教会が情報を隠すこの両者には本当に共通点があるのではないか。そう考えながら俺は部屋の窓から見える曇り空に目をやった。

 

 

 

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