第4話 魔道士
「どうしたの!?ひどい傷じゃない!」
ルーナがダンテに駆け寄り、腹の傷に手を当てる。
「フォレストワームだ。油断してたわけじゃないが、奴ら普段とは様子が違っていてな。ミルテが一応の
「ごめん、あたし、治癒系は得意じゃないから。こんな大怪我じゃ完全には治せないんだ」
ミルテが申し訳なさそうに言う。アルター族は魔法に長けていると言っていたが、さっきのルーナの話からしてそれは魔法全般というわけではなく得手不得手に個人差があるようだ。この少女は治癒魔法のレベルは高くないということか。攻撃魔法に長けているとルーナも言っていたしな。
「何とか血は止まったんでここまで連れてきた。周りに治癒魔法が使える奴がいなくてな。ここのギルドには前からヒーラーを確保しとけと言ってるんだが」
ダンテの巨体を支えるのが大変なのかギルドに対する不満なのか分からないが、クリフが顔をしかめて言う。
「ルーナ、MPは空っぽなのか?出来ればダンテの治癒を頼みたいんだが」
「勿論よ。ぶっ倒れてもやって見せるわ」
「す、すまねえ、ルーナ。ドジ踏んじまって」
「しゃべらないで。……
ルーナがダンテの腹に手を当て詠唱をする。俺の足を直してくれた時と同じように光が放たれた。
「うう……」
ダンテが少し顔をしかめる。だがすぐにホッとしたような表情になり、それから笑みを浮かべる。
「大分楽になった。さすがルーナだ。助かったぜ」
「当然よ。これくら……い」
「ルーナ!」
微笑んだルーナの体がぐらりと揺れ、倒れ掛かる。ダンテを支えていたミルテがとっさにそれを抱きとめた。すぐにクリフも手を貸し、ルーナを起こす。
「大丈夫か!ルーナ」
「さすがにちょっと疲れたみたい。少し休ませ……」
クリフの腕の中に倒れ掛かるルーナ。クリフがルーナをそのままお姫様抱っこで部屋に運ぶ。ベッドに横たえさせると、ふう、と息を吐いた。
「MPを使い切ったみたいだな。とにかく休ませよう。ダンテ、具合はどうだ?」
「大丈夫だ。痛みはまだあるが傷は塞がってる。さすがはルーナだ」
「よし、とにかく今日は皆休もう。君も色々大変だったろう。迎えが来るまでここにいてもらうことになる。腹が減ってるなら下で何か食べてくれ。代金はこちらに付けるよう話はしておく」
俺は礼を言って自分の部屋に入った。色々あって疲れていたせいか食欲はなかった。ベッドに横になるが神経が
夢を見た。内容はよく思い出せないが恐ろしいような、悲しいような、胸が締め付けられる思いをした気がする。鏡に泣き出しそうな顔が映っていたことだけは覚えていた。あれは俺の顔か。俺は何故あんなに悲しそうな顔をして……
ドアをノックする音で目が覚めた。いつの間にか眠りに落ちていたらしい。ベッドから体を起こし、少し痛む頭を押さえながらドアを開ける。ドアの外にはダンテが立っていた。
「おはよう。どうだ、気分は?」
「いい、とは言えませんね。まあ病気というわけじゃなさそうですが」
「飯は食えるか?もうすぐ朝食が締め切られちまうから今のうちに食っておいた方がいいんだが」
「ああ、すいません。そうですね。いただきます」
昨日から何も食べていないのでさすがに腹が減っていた。洗面所で顔を洗い、下の食堂へ向かう。宿の朝食のメニューはその日ごとに決まっているそうで、今日は丸い形のパンにスープ、それに魚の煮つけらしきものとサラダだった。魚にもサラダに使われている野菜にも見覚えはなかった。
「香魚の煮つけと赤菜のサラダじゃねえか。朝食の定番だろう。そいつも忘れてちまってるのか?」
すでにクリフたちと朝食を済ませたらしく、飲み物だけを注文したダンテが怪訝そうな顔で言う。忘れている……そうなのだろうか?やはり違和感がある。だが何かを思い出そうとするとズキン、と頭が痛み、考えがまとまらない。
「まあいい。冷めないうちに食え」
「いただきます。ところでクリフさんたちは?」
「クリフとミルテはギルドの依頼で町の外を見回りに行ってる。昨日みたいに魔物が森から出てきてないか調べにな。ルーナはまだ寝てる。MPがほとんど無くなっちまったからな。回復させるには休むのが一番だ」
「あの、基本的なことをお尋ねして申し訳ありませんが、MPというのは魔法を使用するのに必要な、いわゆるマジックポイントというやつですよね?」
「ああ。使用する魔法の種類によって必要なMPは変わってくる。あいつは昨日転移魔法を使ったからな。あれはとてつもなく大量にMPを食う。その後俺の傷も治癒したから空っぽになるのも無理はない」
「俺の足も治癒してもらいましたしね」
「仲間を面と向かって褒めるのも照れくさいが、正直あいつは大したもんだ。転移魔法を使える魔道士はそう多くない。そもそもそれに必要なMPを溜められる奴が少ないからな」
「MPの上限量には個人差があるんですね?」
「ああ。生まれつきの霊力が大きくものを言うが、修行で伸ばすことも出来る。あいつは東方の大魔道士に師事したらしいが、生まれつきの霊力も高かったんだろう」
「すいません。魔法についてもう少し詳しく教えていただいてよろしいですか?基本的なことからお願いしたいんですが」
「構わんぞ。今日は念のためここで休めってクリフから言われてるから時間はたっぷりある。俺の部屋に行くか」
「はい」
食事を終え、ダンテたちの部屋へ向かう。勧められた椅子に座り、早速話を聞くことにした。
「ノーマンが記憶だけでなく魔力や霊力まで失っているとは、俺も昨日初めて聞いた。ギルドにはさすがにそれくらいの情報は与えているんだな。まあここみたいに常駐の聖職者がいない町も結構あるからな」
記憶がない人間が見つかった時、それがノーマンかどうかすぐに判定するためか。冒険者ギルドはその役割を聖教会から委託されているようだ。
「そうだな。俺でも説明できる範囲で基礎から話そうか。魔法には大きく二種類あって、精霊の力を借りて魔力を使い発生させる精霊魔法と、人間自体が持つ霊力そのものを術式によって変性させて影響を与える錬成魔法だ。一般的な攻撃魔法は前者、治癒魔法なんかは後者だな」
「普通の人は魔力と霊力を最初から持っているのですね?」
「うむ。霊力についてはさっき話した通りだ。魔力は生まれつき備わっている量は微々たるものだ。だがほとんどの人間は魔力に対する属性を持っている。地水火風の四大精霊のどれかの加護をもって生まれてくるんだ。ほとんどの人間は5歳になると昨日お前さんが手を翳したのと同じ霊測球を使って自分の属性を判定し、それに応じた精霊と契約をする。それによって体内に取り込める魔力量が飛躍的に上がる」
契約した精霊の力を使って体内の魔力を変換するということか。
「後はその魔法を使うための術式の訓練だ。才能のある奴は自分の属性と違う精霊魔法を使えるようになる。本来の属性よりも劣る場合がほとんどだがな」
「錬成魔法は魔力を使用しないのですか?」
「魔法の種類にもよる。例えば転移魔法は精霊魔法と錬成魔法の両属性を持つ魔法だ。精霊の力と自分自身の霊力を同時に制御する必要がある、そうだ。ルーナの受け売りだがな」
「ルーナさんは本当に凄いんですね」
「まあな。その気になりゃあいつは宮廷魔道士にだってなれるだろうさ。それがこんなしがない冒険者パーティにいるんだから物好きな話さ」
そう言うダンテの顔はどこか嬉しそうに見える。あれ、もしかしてダンテって……
「まあおかげで俺たちはそこそこ難易度の高いクエストにも挑めてるんだけどな。攻撃魔法に特化したアルター族と治癒魔法に長けた魔道士がいるんだ。大抵のことには対応できる」
それにクリフが言うところの一流の戦士であるダンテが加わっているのだ。俺には剣のことなどよく分からないが、リーダーであるクリフとておそらく相当の使い手なのだろう。このパーティなら確かにほぼ無敵かもしれない。
「ん?」
俺はそこであることに気付き、首をひねった。昨日霊測球とかいうものに手を翳した時、受付嬢は確かこう言った。「魔力、霊力、ともに反応ありません」と。今のダンテの説明だと錬成魔法はその人が持つ霊力を変性させて効果を出すものらしい。治癒魔法の場合、治癒を受けた人間の霊力を使って通常ではありえないほどの急速な回復作用をもたらすのではないかと思われる。なら霊力がないと言われた俺に治癒魔法が発動するのはおかしくないか?
「どうした?」
考え込んだ俺にダンテが尋ねる。今湧いた疑問を率直に述べると、「ふむ」と腕を組み、
「確かに理屈としては変だが、霊力は元々誰にでもあるもんだしな。反応がないと言っても霊測球で数値を測れないほど微弱だということかもしれん。回復能力はそれこそ元々備わったもんだからな。それに作用したとしてもおかしくはないんじゃないか?」
「そう、ですね」
どこか釈然としない思いを抱えながら俺は頷いた。
「それにしてもお前、本当に何も覚えてないんだな。その割に言葉は通じるし、常識はあるように見えるしなんかチグハグな感じだ。まあノーマンに会うのは俺たちも初めてだからそういうもんなのかもしれないが」
その言葉に俺は気になっていたことを思い切って訊くことにした。
「それなんですがダンテさん。その……気に障ったら申し訳ないんですが、ノーマンに対する、その……反応というか雰囲気がちょっと気になりまして。ルーナさんは心配しなくていいと言ってましたが、この国の人にとってノーマンというのは何かよくない存在ではないんですか?」
その言葉にダンテの顔が曇る。やはりはっきり訊かない方が良かったか、と思った矢先、彼は真剣な顔で頷き、
「あ、ああ~。やっぱり気になるよな。いや、すまん。う~ん、お前さんは年の割にしっかりしてるように思えるし、正直に話そう」
と、慎重な様子で話し始めた。
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