第3話 冒険者

 冒険者ギルドの建物はクリフたちの定宿から15分ほど歩いた場所にあった。石造りの頑丈そうな建物だがそれほど大きくはなかった。


 「あらクリフさん。どうしたんですか?さっきいらしたばかりで。あの件は確かに承りましたが」


 受付のカウンターらしき場所で若い女性がクリフに声を掛ける。カールしたくせっ毛と少し垂れた目が特徴的な美人だ。


 「ああ、そのことなんだが、もう聖教会への使いは出ちまったか?」


 「いえ、今から向かうところですが」


 「そいつはよかった。ちょっと待たせてくれないか。もう一つ報告しなきゃいけないことが出来た」


 「は?はあ」


 小首をかしげる女性の元に連れて行かれ、クリフが俺のことを説明する。話を聞いた彼女はクリフたちと同様に困惑した表情を浮かべ、後ろの棚から冊子のようなものを取り出してパラパラとめくる。しばらくページを見つめていたが、しばらくするとそれを棚に戻し、「お待ちください」と言って奥に引っ込んでいった。やはり‶ノーマン″というのは尋常ならざる存在らしい。


 「確認させていただきます。お手数ですがこちらに手を翳していただけますか?」


 そう言われ、奥から受付の女性が持ってきた水晶玉のようなものの上に手を翳す。


 「どうだ?」


 何の変化もない水晶玉を見つめ、女性がため息を吐く。


 「魔力、霊力、ともに反応ありません。確かにこちらの方は‶ノーマン″ですね。使いのものに知らせてまいります」


 一礼し再び彼女が奥に消える。気まずい雰囲気をひしひしと感じ、クリフたちに頭を下げる。


 「す、すいません。なにか面倒を起こしているようで」


 「君が謝ることは無いさ。記憶もなく一人で森に放り出された君の境遇には同情するよ。しかしこの国の決まりなんでね。君をこのまま自由にするわけにはいかないんだ。申し訳ないが聖教会の判断を仰ぐまでここにいてもらわないといけない」


 「はあ」


 これからどうなってしまうのか不安は拭いきれないが、少なくともクリフたちは親切な人間だと思う。ここで最初に出逢えたのが彼らだったことは幸運だったと言えるだろう。


 「お待たせしました。使いのものにはその旨伝えておきました」


 暫くして受付の女性が帰ってきた。さっきよりは落ち着いた表情になっている。


 「彼はどうする?一緒にメンテまで連れて行くのか?」


 「いえ、魔法が一切使えない方を同行させるのは危険です。魔物が徘徊している場所もありますし。聖教会の迎えを待つことになると思います。この方をお連れするにしてもそれなりの準備をしていただけるでしょうから」


 「俺たちが護衛についても構わんぞ。依頼料はもらうが」


 「そうですね。ですがやはりここに留まられるのがよろしいかと」


 「分かった。じゃあとりあえず俺たちの定宿に泊めるか。宿代は聖教会に請求できるんだよな?」


 「はい。後日清算という形にはなりますが」


 クリフは結構金にうるさい、というよりしっかりしているようだ。だがパーティーのリーダーとして懐具合を気にするのは当然だ。そういうことをいい加減にしていては仲間の信頼も得られないだろう。自分としては好感を持てる。


 「じゃあ決まりだな。早速宿に戻って……」


 クリフがそう言いかけた時、乱暴にドアを開けて一人の男が飛び込んできた。汗に塗れはあはあと息を切らせている。よほど慌てているように見えた。


 「大変だ!東門のすぐ外で『フォレストワーム』の群れが出た!」


 男の言葉にその場にいた一同がどよめく。


 「フォレストワームだと?森から滅多に出ない魔物じゃないか!」


 いかつい顔をした男が眉を吊り上げる。格好からしてこの男も冒険者らしい。


 「もしかしたら最近の異変と関係があるか……」


 「邪霊イビルのせいかもしれんな。奴は魔物にとっても敵みたいなものらしいからな」


 クリフが考え込みながら呟く。


 「考えるのは後でも出来る。クリフ、すぐ向かうぞ」


 ダンテがそう言って受付に目を向ける。受付の女性が「お願いします」と言って頭を下げた。


 「ルーナ、お前はMPも体力もかなり消耗してる。残って彼と宿に行け。フォレストワームなら俺とダンテで対応できる。ミルテも町の近くじゃ派手な魔法は使えないし、万一の時はこいつに治癒ヒールを頼む。出来るな?ミルテ」


 「当然よ。治癒ヒールを使うくらいのMPは十分残ってるもん。よっぽど大怪我でもしない限り問題ないわ」


 「そういうわけだ。少しでも休んで回復しておけ。彼のことを頼むぞ」


 そう言ってクリフとダンテ、ミルテの三人はギルドを出て行く。残された俺はルーナと共に宿に戻ることになった。


 「ここの部屋を使って。隣が私とミルテの部屋。はす向かいがクリフとダンテの部屋よ。今は私しかいないけどね」


 宿に着き、ルーナが俺用の部屋を取ってくれた。丁度彼女たちが使っている部屋の隣が開いていたのでそこに入ることになった。


 「すいません、何から何までお世話になって」


 部屋に置かれた籐椅子に座り、案内してくれたルーナに改めて礼を言う。


 「気にしないで。困ったときはお互い様ってね」


 「あの……お聞きしてもいいですか?」


 「何かしら?」

 

 「その……‶ノーマン″について」


 「ああ。ごめんなさいね。この国では……おそらく他の国でも似たようなものだと思うのだけど、ノーマンはちょっと特殊な存在というか、聖教会以外の人間が関わることを基本的に禁じられてるの」


 「危険な存在、ということですか?」


 「正直分からないのよ。ノーマンを確認したらすぐに聖教会に報告することが義務付けられてるのだけど、神官が来るまではその場で待機させるのが決まりなの。その後聖教会に連れて行かれるんだけど、教会はノーマンに関して一切の情報を公開していないの。なぜ聖教会以外の人間が関わってはいけないかとか連れて行かれた後どうなるのかとか何も分からない。訊いてはいけないというのが暗黙のルール。……ごめんなさい、こんなこと言われたら不安になるわよね」


 「はあ、そうですね。でも逃げ出したりしたらどうなるんです?」


 「捜索されるでしょうね。でも聞いた話では大半のノーマンはおとなしく連れて行かれるそうよ」


 「まあ記憶もないし、逃げても生きていくのは難しい気がしますからね。ノーマンだと分かればどこに行っても通報されるでしょうし。俺もとりあえず逃げる気はないです。ところで当たり前ですが聖教会、というのはつまりこの国の宗教の信仰団体、という認識でいいんですよね?」


 「ええ。この国の国教であるエルメキア聖教の聖職者の団体。国民の大半はエルメキア信者よ。この国のことも何も覚えていないのね」


 「はい。すいません」


 覚えていない、というより元々知らないのではないか、という気もする。一般的な常識は覚えているようなのに、この国のことに関しては全く分からない。それに自分が知っている社会通念のようなものとここのそれが微妙にずれているような感覚があるのだ。


 「そう言えばこの国の名前って」


 「トルカーナ王国よ。それも忘れちゃったの?」


 トルカーナ王国。やはり聞いたことがない。待て。それなら他の国は?冷静に考えてみると自分だけじゃなく自分がいたはずの場所に関しても思い出せない。町、国、世界、親、家族、友人、著名人、そういった自分に関わるすべての事柄の記憶が失われている。


 


 「どうしました?顔色が悪いですが」


 ルーナが俺の顔を覗きこみながら心配そうに尋ねる。


 「あ、いえ、大丈夫です」


 「ごめんなさい、やはり怖がらせちゃいましたね。でも聖教会は神に仕える聖職者の集まりです。決してあなたをひどい目に遭わせるようなことはないですよ」


 それならいいのだが。しかしそれなら俺がノーマンだと分かった時のクリフたちやギルドの人間の反応が気になる。単に記憶がない人間を教会の人間が保護する、というだけであればあれほど焦ったような様子になることはないはずだ。


 「ええ、とルーナさんたちは冒険者なんですよね。ここが定宿ってことはいつもここにいるわけではないんですか?」


 申し訳なさそうな顔をしているルーナを気遣い、無理やり話題を変える。


 「ええ。私たちは旅をしながら行く先々のギルドで依頼をこなして路銀を稼いでいるの。ここは小さいけど他の町へ行くのに便利でよく通るから何度も訪れててね。クリフたちもこの町はお気に入りなのよ」


 「何か旅の目的があるんですか?」


 「別に大それた目的なんかはないけど。まあクリフやダンテにとっては剣や武の腕を磨くこと、私は未知の知識を得ることが強いて言えば目的かしら。ミルテは自分の仲間を見つけることかもね」


 「仲間?アルター族、でしたっけ」


 「ええ。彼らはかつてこの大陸にあったと言われている古代国家の生き残りらしいんだけど、かつての記録がほとんど残っていないこともあって謎に包まれた種族なのよ。どれくらいいるのかも、かなり少ないだろうというだけで正確な数は分かっていない。それが大陸中に散らばっているようで、アルター族を見たことのある人はほとんどいないでしょうね」


 「じゃあミルテさんはかなり希少な存在なんですね。一緒にいるルーナさんたちも稀有な立場にいるわけだ」


 「傍から見ればそうなんでしょうね。もうずっと一緒にいるからミルテがそういう存在だってことを意識しなくなってるけど」


 「ルーナさんたちはどうして彼女と?」


 「クエストの途中で出会ったの。当時はまだダンテが仲間になっていなくて、私とクリフの二人パーティだった。ほとんど人が立ち入っていなかったダンジョンに潜ったときにね」


 「ダンジョン……地下の迷宮のこと、ですよね。どうしてミルテさんはそんなところに?」


 「人の目を避けてたどり着いたらしいわ。アルター族は希少だし、魔法の能力も高い。好事家こうずかの間で取り引きされたり、魔法の研究をしている魔道士の研究材料にされたりすることがあるの。ミルテみたいに攻撃魔法に長けている者はまだしも、私のように戦闘向きじゃない魔法に特化したアルター族もいて、彼らはそういう被害に遭いやすい。ミルテはああだから返り討ちにしていたみたいだけど、それも疲れたって言ってたわ。彼女たちは寿命が長いし、人と関わるのが鬱陶しくなったんでしょうね」


 「つまり人身売買ってことですか。ひどい話ですね。でもそれなのによくルーナさんたちと一緒に行く気になりましたね」


 「クリフってお金にうるさい所はあるけど、非道な真似は決してしない男だからね。ミルテも最初は警戒していたけど、物珍しがるだけで自分に何もしようとしなかったクリフに興味を持ったみたい。ダンジョンを進みながら少しずつ話をするようになって、そこを後にする時に一緒に行くことを決意したんだって」


 「やっぱりクリフさんはいい人なんですね。皆さんに助けてもらって幸運でした」


 「そう言ってもらえると嬉しいわ。まあ私たちは別に良い人ってわけじゃないけどね。ただの冒険者だし」


 「ルーナ!ルーナ!いるか!?」


 その時廊下から声が聞こえてきた。かなりの大声で叫んでいる。あれはクリフの声か?


 「どうしたの!?」


 ルーナがドアを開けて廊下に飛び出す。俺も気になり廊下に出た。


 「ダンテ!」


 ルーナが悲鳴のような声を上げる。見るとクリフに肩を預け、反対側の腋の下からミルテに支えられているダンテの姿があった。その腹は真っ赤に染まっていた。

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