25 ふしぎな話が多い島


 俺――紫桃しとう――は有給休暇中で東京に来ている。友人のコオロギ――神路祇こうろぎ――から奇談を引き出すことを密かな目的とし、期待どおりいくつかの体験談を聞くことができた。


 コオロギが話す体験は、霊感がない俺が聞くとホラーやオカルト系に分類されるから驚くことが多い。たくさんの話を聞いてきたが、これまでの中で一番驚いている。


 まさかコオロギが島出身だったなんて……。


 数年の付き合いとなるのに今さら出身地を知って動揺している。いろいろ聞きたいけど、警報が届いたのでホテルへ戻っているところだ。



「紫桃、そんなに急がなくてもいいんじゃないのか?」


「…………」



 さっきスマホにもりからメッセージが届いていたよな?

 なら、急がないと俺がやばいんだよ。


 俺とコオロギだけなら、ゆっくり話すことができる。だが今回は二人ではなく、コオロギのイトコ・杜がいる。彼女はホテルの部屋で待っているが、コオロギを連れたまま長い時間戻らないと、俺を刺しかねない!


 くそ~!

 わざとコオロギに買い物の追加を頼んで警告してくるとは……。


 それって俺宛の警告で、『早く帰ってこい!』と言いたいんだろ!


 邪魔する杜にいら立つけど、猛獣を怒らせたらどうなるかわからない。

 早くホテルに戻らねば!


 俺のピンチを知らずにコオロギはのんきなものだ。きょろきょろと街を眺めて楽しんでいる。せめてホテルに戻るまでの間に島の情報を聞きだしておこう。



「コオロギはずっと九州出身だと思っていたから意外だったよ」


「九州にはしばらく住んでいて、土地勘ができていたから地元のようなものかも。

 あちこちの県を旅行して回ったよ」


「旅行した? 大学生だろう?

 電車で旅行したのか?」



 驚いてる俺にコオロギはくすくすと笑いながら返してきた。



「車だよ。カーフェリーを使って自分の車を島から送ってもらった」


「はいぃ――!?」


「港へ車を取りに行って、その日からカーライフを楽しんだよ」



 コオロギの話は奇想天外なことが多く、アヤカシ系の体験で驚くことには慣れている。異能が関係する出来事以外は、俺とさほど変わらないと思っていた。でも違う!


 コオロギの日常は俺がすごしてきた日常と全然違う!

 今日は新しく入ってくる情報が多すぎるぞ!


 もうっ、なんなのよおぉぉ――!!


 情報過多で混乱するなか、俺はの会話をして思考を整理しようと話題を変える。



「俺はその島へ行ったことがないなあ。

 地元は東京や九州とは違うのか?」


「遠く離れているから違うように思えるかもしれないけど、たいして変わらないよ」


「そう……なのか?

 独自の文化圏があったと歴史の授業で習ったし、テレビドラマなどでも独特の文化や方言があって、俺には新鮮に映ったんだけど……」


「一つの国だった歴史はあるけど、独自性は薄れている気がする。

 テレビをつければ全国共通の番組が流れるし、学校教育でも標準的な教材を使っている。

 ああ、でもイントネーションの違いはあるか。あと、とっさのときは方言が出る人がいるかなあ(笑い)」


「コオロギは方言が話せるのか?」


「日常会話で方言を使っていたら話せたかもしれないけど、自分の周りは標準語だったから方言は話せない。

 方言で話されると、まるで外国語のようで聞き取りもできないよ。わかる単語がいくつかあるだけ」


「まあ、でもそんなものだよな。俺も方言はわからない。

 親戚の中に方言で話す年配の人がいたけど、その子どもは標準語だったし。日常で使われなくなると廃れていって、どんな方言だったのかもわからなくなっていくんだろうな」



 話しながらもコオロギの地元である島のことが浮かんでくる。


 陸続きとなっていたり橋などで行き来ができる都道府県はアクセスしやすい。陸路を使って楽に移動できるせいか、あまり代わり映えしない印象がある。でも海という広い隔たりがある島は、飛行機を使った海外旅行をするのと似ていて未知のエリアに映る。


 気づかれないように横目でコオロギを見る。

 大きな目に長いまつげ、彫りが深くて端整な顔立ちをしている。エキゾチックな雰囲気もあって――



「うまい~♡」


「…………」



 美人なんだけど性格中身は……。


 コンビニで買ったチョコをほおばる姿は、帰宅中に買い食いして喜んでいる小学生と変わらない。ちょっと残念なところがあるけど、そんなところがまたかわいい。


 はっ! 俺は今、なにを……!?


 ぶんぶんと頭を左右に振っていたら、俺を見たコオロギがふしぎそうな顔をして聞いてきた。



「紫桃、どうしたんだ? 虫でもいたのか?」


「…………」


「虫ならパンチで反撃しないと」



 シャドーボクシングをしているコオロギはスルーして話題を変えよう。



「コオロギの体験を聞いていると、おじいさんとおばあさんのことがたまに出てくるよな。コオロギと話をするときでも二人は方言を話さないんだ?」


「感情がのってくると方言が出るから本当は話せるはずだよ。

 でも方言を知らない自分のことを気づかって標準語で話していると思う」


「コオロギの話の中にあった『逢魔時おうまがときからアヤカシが出やすくなる』とか『日が暮れると神隠しにあいやすいから用心して』などの格言のような言葉は、コオロギの家に残っている伝承みたいなものなのか?」


「家というより地域かな。

 親が共働きだから幼いころは祖父母の家にいることが多かったんだ。そのときに民間伝承のようなものをいろいろ話してくれた。

 じいちゃんは怖い話が好きでね、創作なのか 事 実 本当のことなのかよくわからない話をたくさんしたんだ。話している最中に、急に大声を出して驚かすようなこともあった」



 ひょうきんなじいさんだな。

 コオロギのいたずら好きは祖父ゆずりか?



「じいちゃんの話には、人魂をひんぱんに視たというものや、アヤカシに化かされたものなどいろいろあったよ」


「え!? おじいさんは霊感があったのか!?」


「霊感のある・なしはわかんないなあ。

 じいちゃんがする話は体験談もあるけど、知っている人の体験や民話の場合もある。それに自分の地元では、いろんな地域に人魂やアヤカシの民話が残っていて珍しい話じゃないんだ」



 コオロギの恐怖に対する感覚が俺とは異なっている理由がわかった気がする。


 これまで数々のアヤカシがらみの体験をしているのに、それほど怖いと感じていないコオロギは、肝が据わっていると思っていた。でも違う……。根本環境が違うから恐怖の許容量が異なるんだ。


 身近に奇談を語る人がいて、ふしぎな現象が起こる環境で育ってきた。初めから怪異がすぐそばに存在する場所にいるコオロギには、超常現象的なことが当たり前 日常 になっているんだ。俺がいる環境とはまるで違う場所――異世界に近いように思えるぞ!


 コオロギは会うたびに俺を驚かせる。

 数年来の付き合いでコオロギのことを知ったつもりでいた。でも全然わかっていなかった。本当にいつもいい意味で俺を裏切ってくれるぜ!


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