24 デジタル時代、ついていくのがやっとです!


 俺――紫桃しとう――は有給休暇を取って東京に来ている。東京を訪れるときは友人に会い、その友人が話す奇妙な体験談を聞くことを楽しみにしている。


 パターンとしては居酒屋で飯を食べたあと、遅くまで営業しているカフェへ行き、終電近くまで語ることが多い。ところが今回はホテルで一泊することになり、部屋で夜話が続いている。


 友人のコオロギ――神路祇こうろぎ――は女性だが、読者のみなさん、大丈夫だ。俺がコオロギを襲う心配はない。同じ室内にコオロギのイトコ・もりさんもいて、三人掛けソファの真ん中に座っているコオロギの向こう側から威圧してくる。


 眼光だけでこれだけのプレッシャーを感じるとは……。

 怪談よりも恐ろしいぜ。



「暑いから、元の服に着替えてくる」



 そう言ってコオロギはバスルームへ消えていった。


 アオザイ姿のコオロギは終了か。残念――じゃなくて!

 杜さんと二人きりにしないでくれよー!!


 二人だと間がもたないので俺は煙草を吸いに行くことにし、ソファから立ち上がった。


 杜さんはソファから作業デスクに戻っていて、再びノートPC パソコン をいじっている。後ろを通り過ぎようとして、画面に映し出されているコオロギの写真が目に入った。


 たくさんのサムネイルが表示されている!

 コオロギのコスプレ写真を撮っていたけど、こんなに必要なのか!



「こんなに素材がいるんだ! 漫画を描くのって大変ですね!」



 思わず声が出てしまい、にらまれるんじゃないかと思った。――でも違った。



「以前と比べたら楽になったと思うわよ。

 写真画像があればイメージしやすいし、そのままネームに使うわ。原稿に合わせて写真のサイズや角度を調整して配置するだけでできるもの」


「え? えっ?」


「あんた、私がペンと紙で漫画を描いていると思ってるの?

 時代はデジタルよ。パソコン上で漫画を描いているわ。

 撮った写真を漫画風に加工して使うことができるし、構図がよければ人物のポーズもそのまま下絵に使えるわ。

 白紙から描くことはあまりなくて、素人の私でも漫画はつくれるの。便利なツールがあって助かっているわ」



 得意げな顔で説明する杜さんを見て、脳裏に「デジタルデバイド」という単語が浮かんだ。


 デジタルデバイド――。簡単に言うと「情報格差」のことだ。

 デジタル化が進んでいくなか、IT(情報技術)の恩恵を受けることができる人とそうでない人との間に格差が生じるのではないかと危惧されてて、社会問題として取り上げられているとネット記事で読んだ。


 俺はペンを使って手を動かし、ノートに書くのが好きなアナログ派だが、現在はデジタル社会。メモを紙に書く人は少なくなり、スマホに入力するのも古いやり方らしい。今は写真や動画を撮って残しておき、見直せるようにする人が多いという。


 情報データは共有することができ、ネットがつながれば場所や人を限定せずに仕事ができる仕組みはすでに完成している。ネットから必要な情報を探し出したり、パソコンに設定されたさまざまなアプリを使いこなして仕事をするなど、ITスキルがある人にとっては便利な世界になった。


 でもなかには、パソコンを操作するのが苦手な人もいるし、俺みたいに情報収集が下手な人もいる。

 杜さんとの会話で時代についていけてないのを実感してしまった。……やばいな。



「レイちゃんって、やっぱり絵になるわ。

 今度はどんなポーズをとらせようかしら?」



 え……?

 杜さんは何を言っているんだ?


 おいおい!

 なんだそのエロじじいみたいな目は!


 もしかして……

 漫画を描くというのは口実か?


 確かめてみるか。



「子どもみたいに無邪気なところもあってミステリアスな部分もある。くわえてエキゾチックな雰囲気もあって魅力的ですよね」


「そうなのよ~。衣装を用意してメークすれば、そこらへんのモデルより色気があるわ。あとは写真の撮り方次第ね。

 今度はあのポーズをお願いして……。うふふ♡」



 コオロギの写真にくぎ付けになって、うっとりしている姿はおっさんそのものだ。

 間違いない、コイツは――!



「なあ」



 声をかけると、杜は一瞬体を震わせた。わざとらしく「はあぁぁあ~」と長いため息をつくと、ゆっくりとふり向いていく。完全に向き合うと、俺は彼女の目を見て質問した。



「コオロギの写真が撮りたくて漫画を描いていないか?」



 杜は顔をしかめて小さく舌打ちした。



「やっぱり! おまえの目的は写真か!」


「うるさいわね! ちゃんと漫画も描いてるわよ!!」


「それってモデルはコオロギで、自分の願望を描いてるだろっ!」


「あんたの小説もレイがモデルでしょ!」



 杜はすごい目でにらんでくるけど引く気はない!

 漫画なら火花が飛び散ってるようなシーンになっているだろうよ!


 緊迫した空気のなか、がちゃりと音がして着替え終わったコオロギがバスルームから出てきた。


 すかさず俺は杜のパソコンを見ているふりをし、杜は涼しい顔で画面をゆっくりとスクロールしていく。



「大きな声がしてたけど、何かあった?」


「「なにも?」」



 コオロギを見ると心配そうな表情をしている。よけいな心配をかけたくないから俺は何事もなかったかのようにふるまう。



「杜に写真を見せてもらっていたんだ」


「そうそう。紫桃が見たいって言うから」


「ふーん……」



 コオロギはまだ不審な顔をしている。


 この時、俺と杜は互いの役目を理解した。



「俺、ちょっと煙草を吸ってくるよ」


「外に行くなら、ついでに飲み物を買ってきてくれるかしら。私は炭酸でお願い」


「わかった」



 『仲良し』を演出してもコオロギはまだ疑っている。露骨に解せぬという顔をして首をかしげている。俺と杜は暗黙の了解で次の手を打つ。



「ほかに買ってきて欲しい物を思いついたら連絡したいから、連絡先教えてもらえるかしら?」


「わかった。俺も聞こうとしていたんだ」



 杜と連絡先の交換を始めるとコオロギから疑惑の色が消えていった。


 ふう。なんとか回避できたようだな。


 俺が部屋を出て行こうとすると、コオロギが声をかけてきた。



「じゃあ、自分も買い物に付き合うよ」


「行ってらっしゃい」



 杜はにこにこと笑っている。コオロギは首をかしげて怪訝そうに彼女を見ている。



「レイちゃん、お菓子もよろしくね」



 そう言われてコオロギはにこっと笑うと「任せろ! 行ってくる」とうれしそうに言い、俺のほうへ向かってきたのでそのまま部屋を出た。


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