07 霊感がないから知らないだけで、ホラーはつながっている


 怪異は一つずつだと強制的に「偶然」と片づけることができることが多い。


 心霊写真を例にすると「壁に人の顔が写っているのを見つけた」は、点が三つあると人の顔のように見えてしまうシミュラクラ現象である可能性が高い。


 「遅い時間に帰宅していると幽霊を視た」という体験も、暗くて視界が悪い状況で一人という不安から実在する人を幽霊と勘違いしたのかもしれない。


 霊感がない俺には幽霊や妖怪などアヤカシたぐいは見えない。

 見えないものは存在しないに等しいし、怪異といわれているモノの大半は見間違いや思い違いだろうと考えている。


 でもすべてが「見間違い」や「思い違い」で片づくと断言はできない。


 一つと思っていた事象が別の怪異と結びついて、関連性がでてくることがあるからだ。


 今回はぞわぞわした話をしようか。




 俺――紫桃しとう――の友人・コオロギ――神路祇こうろぎ――には霊感がある。


 コオロギはこれまでさまざまな体験をしてきた。俺が小説ココで紹介してきた話は作り話と思うかもしれないが、すべてコオロギが体験してきたことだ。


 コオロギのことを知っているから嘘ではないとわかっているけど、ゼロ感の俺にはコオロギと同じ体験ができない。


 話を聞いても共感しにくいときがあったりイメージできないこともある。また現実味が薄く感じてしまうのは話し手がコオロギということにも原因があると思う。


 コオロギはふしぎな体験をしても、けろっとしていることが多い。

 俺が超常現象的な出来事に分類する経験を何度もしているのに、ふしぎな出来事とは思っていないんだ。


 怪異に対してあまりにも鈍感クールすぎるので恐怖心がないんじゃないかと思ってしまうほどだ。そこで俺はコオロギにこんな質問をしたことがある。



「コオロギが『ヤバイ!』って思った体験はある?」



┄┄┄✎ 紫桃ノート ┄┄┄┄

改修工事 囲い

壁の撤去

【怖噺】漏れだす

┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄



 居酒屋のボックス席に対面でいるコオロギは、片手にカクテルの入ったグラスを持っている。宙を見てうなっていたけど表情が変わった。


 何か思い出したようだ。

 俺は背筋がぴんと伸びてコオロギの体験を聞く体勢に入った。



「自分がアヤカシ系の体験をするときは、電車で読書をしているときに腕を引かれたり、神社を参拝したときに何もない空間で急にいい香りがしたりと、その場限りの現象が多い。

 だから『たまたま』じゃないことを知ったときは、さすがに『ヤバイ』と思った」



 含みのある前置きしてコオロギが話し始めた。



 ✿


 某会社で派遣社員として働いていたときのことだ。


 勤務先は古い建物で、天井が少し低くて廊下などの空間はやや狭く感じる造りだ。どこもライトの数が少なくて全体的に薄暗い。


 オフィスに入ると壁際にスチール製の棚が並び、部署の仕切りにもスチール棚が使われている。棚や机などは年季が入っていて、どっしりとしたスチールデスクが横並びで配置されている環境だ。


 一人ずつデスクが用意された現場で仕事をしていて、10人に満たないチームに所属していた。



 ある日、書類のチェックをしていると、不意に強い火薬のニオイが流れてきた。


 とっさに火事と結びついて書類から目を上げたけど室内に煙は見えない。


 火薬のニオイは強烈だけど様子がおかしい。

 煙のニオイだと違和感はないが、火薬のニオイは花火のときなど特定の環境でにおうもの。この場にはそぐわない……。

 

 これまでに何もない所から急にニオイがするという経験は何度かしてきた。非日常的な火薬のニオイもアヤカシ系かもしれない。


 まずは現実に火災が起きているのか、それとも怪異なのか、状況を見極めることにした。


 火災を知らせる警報は鳴っていない。周りを見ても、みんな作業を続けていてニオイに反応している様子はない。これはアヤカシ系のほうかも――。


 アヤカシと検討をつけると火薬のニオイはいつの間にか消えていて、日常の職場に戻っている。まるで何事もなかったような状況だけど、鼻の奥には火薬のニオイがこびりついている。


 急に流れてきた火薬のニオイは、部屋に充満しているように感じるくらい強いもので囲まれたような感覚だった。ニオイがしていたときに浮かんだのは、「火の海」「充満する煙」「危険」。


 一度きりの怪異だったけど、いい感じはしなかった――


 ✿



 いつもはけろっとした顔で話をするコオロギだが、今回は真面目な表情をして冷静な口調だ。宙を見て記憶を引き出すように語っていたけど、話が止まり俺に視線を移した。



「火薬のニオイだけだったら気にしない。でもね、この職場ではほかにも変なことがあったんだ。

 前にトイレに行ったときにアヤカシに声をかけられた話をしたよね?」


「トイレ……。個室に入ったら耳元でささやかれた体験のことか?

 誰もいなかったはずなのに、女性の声でたしか『シェィシェィ』って言われたんだっけ?」


「そう、それ。

 トイレのアヤカシと火薬のニオイがしたという体験はね、同じ職場なんだ」



 同じ建物内で怪異が何度も起きている――。



 わかった瞬間に腰から背中、そのまま頭のてっぺんまで悪寒が走った。心臓が激しく鼓動し始めて、手にはじんわりと汗がにじんでくる。


 遠くにあった怪異が急に至近距離にきた。

 俺の背後にナニカが迫ってきているように感じて、後ろを確認するのが怖い。


 言葉が出ず硬直したままでいると、コオロギはまた視線を宙に移し、思い出すようにして話を続ける。



「この職場では短期間で変な体験をした。

 先にトイレでアヤカシに声をかけられ、そんなに日を空けずに火薬のニオイがした。

 これまで立て続けにアヤカシ系に遭遇することはなかったから妙だと思って、前と何か変わったことがないか考えてみると、すぐに思い浮かんだことがあった」


「勤務先のビル近くには斎場があってね、ずっと工事していた。

 建物を囲むように足場を組んでネットなどが張られ、敷地に仮囲いができると関係者以外は入れなくなった。

 工事中は壁で仕切られているような状態だったので、作業の様子はほとんどわからない。工事車両が出入りするタイミングと合ったときに仮囲いの中が見える程度だ。

 大掛かりな工程だったようで長く工事をしていた。工事が終了すると仮囲いは撤去されて建物が見えるようになった」


アヤカシ系の妙な体験をしたのは工事が終わってからだ。

 正確には仮囲いがなくなった。そのことに気づいたら『閉じられた空間にいたモノが流れ出したのか』と、なぜか納得してこのまま働いていたら似たような現象が何度も起こると直感した。

 ちょうど派遣契約の更新時期にきていたから更新しないで辞めたよ」



 話し終えるとコオロギはカクテルを飲んでグラスをテーブルに置いた。

 宙を見たまま黙っている。俺は言葉をかけられなくて、コオロギを見ていることしかできない。


 少しの沈黙で俺の視線に気づき、コオロギがこっちを向いた。真剣な表情からいつもの屈託のない顔に戻っていて、にぱっと笑うと「久しぶりにヤバイと思った場所トコだったなあ」と言って締めくくった。



 一度だけの体験なら「勘違いだろう」「たまたまだよ」と強制的に思いこむことができる。でも同じ場所で何度も不気味な出来事が発生し、ことのきっかけに思い当たるモノがあるとしたら……。


 遠くのコトのように感じていた超常現象との距離が一気に縮まった。

 友人の身近なところでふしぎな現象が何度も発生している。もしかしたら俺のすぐそばでも怪異は存在しているかもしれない。


 モノゴトがつながって大きな怪異ができ上がることを知った俺は、今になってコオロギの体験談にリアルを感じている。


 霊感のない俺は怪異を感じとれないからまだいい。でもコオロギは……。


 俺は金縛りに遭ったかのように身じろぎせず語り終えたコオロギを見ていた。






――――――――――

【参考】

✎ ネットより


シミュラクラ現象:

 三つの点などがあると人の顔に見えてしまうという脳の働き。たとえば、「●」が三つあるだけなのに顔に見えてしまう。

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✎ この小説では、幽霊や妖怪などの正体不明なモノを「アヤカシ」と呼んでいます。また根源がわからない奇妙な現象のこともアヤカシに含めています。


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