08 霊感があるとSOS(助けて)をキャッチしやすい?


 俺のノートには他人が読むと誤解されそうな文章が書かれている。


 誰にも見られたくないこの創作ノートは、趣味で書いているホラー小説のもとになる奇談をまとめているものだ。奇談はすべて友人の体験談でノート数冊分にもなる話を聞いている。

 

 ホラー小説として書く場合は、やはり怖いネタをもとにしている。でも聞いた話は怖い話だけじゃない。ほっこりする話もあって、むしろ怖くない話のほうが多いかもしれない。


 奇談を集めているが、俺は幽霊や妖怪などのアヤカシたぐいと遭遇したことはない。もともとはホラーやオカルトに興味はなかったし、超常現象に対して否定的だった。


 しかし霊感のある友人と知り合ってからは、ゼロ感の俺が気づけないだけで、ふしぎなナニカは存在すると思っている。



 霊感がある人はふつうの人が感じとれないナニカをキャッチしているのか……。



 そんなふうに考えてしまう話をしてみよう。


 これは俺が職業訓練に通っていたときのことだ。

 当時の俺は東京に住んでいて、友人と同じ訓練を受講していたから毎日顔を合わせていたっけ――



┄┄┄✎ 紫桃ノート ┄┄┄┄

○○年○月○日


救出劇 雨の日 車道を走る

【異能】受信

┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄



 目が覚めたときから雨が降っていた。


 きのうの天気予報では「あすは一日中、雨」となっていた。

 予報どおりではずれることが少ない気象観測技術の高さに感心しながら、俺――紫桃しとう――は職業訓練を受講するため、家を出て電車に乗りこんだ。


 最寄り駅に着いたら傘をさして訓練学校へ向かう。

 建物がある場所はオフィスビルがひしめくエリアではなく、住宅地の中というのどかなところだ。


 駅から少し歩くけど通学路には街路樹が並んでいる。緑がわりとあるエリアになっていて小さな公園もある。


 歩道には降り続く雨のせいで、ところどころに水たまりができている。雨水がはねないよう気をつけながら歩く。先を見れば歩道にしゃがんでいる人の姿があった。


 近づくにつれて人影の正体がわかった。

 しゃがんでいるのは友人のコオロギ――神路祇こうろぎ――だ。そばまで行くと俺は声をかけた。



「コオロギ、何しているんだ?」


「おはよう、紫桃」



 立ち上がり挨拶しながらふり返ったコオロギを見て、俺は驚いて声を上げた。



「なっ、なんだよ! なんだ、そのカエル!?」


「紫桃はカエルが嫌いなのか?」


「嫌いじゃないけど、ふり向いたら大きなカエルを持っていたなんてシチュエーション、想像してなかったぞ!」



 コオロギの手には茶色のカエルがいる。

 コンビニ袋越しに持ち上げているカエルは、かるく10センチを超えている。子どものときに見たヒキガエルとそっくりだ。


 デカイ! でかすぎるカエル! 不気味で怖いじゃないか!

 そんな生き物をエキゾチック美人が持っていたら驚くに決まっているだろう!!


 予想外な展開に俺の心臓がばくばくと鳴っている。今ので絶対、寿命が縮んだはずだ。


 気持ちを落ちつけようと、胸に手を当てて「冷静になれ、冷静になれ」と胸の内で呪文を唱えながら深呼吸を繰り返す。



「救出したんだ」


「はい??」



 俺が冷静になる前にまたしても意味不明なことを言うコオロギ。

 気持ちが穏やかになるどころか、コオロギの言葉を解析しようと『コオロギ翻訳』スキルが発動して好奇心も目覚める。


 コオロギは言葉足らずな場合が多くて、俺が引き出してやらないとよくわからないことが多い。そこで流れを聞いてみたらこういうことだった。



 ✿


 いつものように最寄り駅を降りて訓練学校へ向かっていた。


 雨が降っているからか、ふだんより車が多い。歩道を進んでいると前方で車が何かをよけて走っていくのが見えた。


 1台だけでなく、後続の車も同じように何かを避けるようにハンドルを切って走っていく。


 なんだろうと車道側へ寄っていき、車が避けていた場所を見てみると、カエルが車道を横断していた。


 ぴょんぴょんと飛んで素早く移動するのではなく、カエルはのっしのっしとゆっくり進んでいく。


 大きいカエルなので運転手が気づき、踏まないようによけている。対向車がいると回避できないのでスピードを緩める。そのときだけ渋滞が発生する状況だ。


 そこで車が来ない隙をみて、コンビニ袋でカエルを捕まえて歩道へ移動してきたところだった――


 ✿



「カエルを歩道ココに置いても、すぐに車道へ行きそうだから公園まで連れて行くよ」



 雨がしとしとと降っている。

 コオロギはカエルを助けるために傘をさすのをやめて救出に向かったようだ。傘はたたまれてて服がぬれている。



「コオロギ、傘借りるぞ」



 俺はコオロギの傘を開いて雨にぬれないように隣に立つ。

 コオロギはにこっと笑った。



「ありがとう」






『なんだよ、ただのいい話じゃねーか』




 ――これで終わりだと思った読者の方は甘いな。


 まだ続きがあるのさ。




「付き合ってくれて助かったよ。おかげであまりぬれずに済んだ」



 カエルを公園に放したあと、俺たちは訓練学校へ向かい建物に入った。

 コオロギはハンドタオルを服に当て、できるだけ水を吸い取って乾かそうとしている。


 ぬれることを気にせずカエルを助けたコオロギに和んでいると、拭きながら話し始めた。



「まさか東京の住宅地であんな大きなカエルを助けるとは思わなかったよ」


「意外だろうけど都内にはヒキガエルがけっこういるらしい。

 俺は生のカエルは初めて見たけどSNSでたまに流れる」


「そうなんだ?

 カエルはもっと自然の多い所にいるもので、警戒心が強いから人前には出てこないと思ってた。

 車道にいたのには驚いたけど東京ではそんなに珍しくないんだな」


「たいていは春先に見かけるようだから、さっきのカエルは珍しいと思うぜ」


「そっかあ。じゃあ、得した。

 しっかし、雨が降るとよく救出する。動物は危なっかしくて見てらんないよ」


「『よく救出する』って、これまでもカエルを助けたことがあるのか?」


「いや、カエルは初めて。スッポンやカメはあるよ」


「へ!?」


「自分の地元は田舎なんだ。

 大雨が降ると、どこからともなくスッポンが現れて車道を走るんだ」



 スッポン?

 スッポンってまれたら、しゃれにならない怪我を負うというあいつ?

 あんな危険なやつが道路を走っているのかよ!



「雨上がりに、排水溝で流されてきた石や枝などに絡まって動けなくなっているカメを見つけたこともある」


「は!?」



 カメ?

 カメって野良カメ?


 まてまて! 情報が多すぎて追いつかないぞ!



「コオロギ、カメって公園の池とかでよく見かけるミドリガメのことか?」


「違う、ヤマガメだよ。

 旅先では自然の多い所へ行くんだ。山中をドライブしてて、写真を撮ろうと車から降りた。そのときになぜか溝が気になった。近づいてのぞくと身動きが取れなくて弱っているカメがいた」


「偶然見つけたのか!?」


「うん」


「すごいな」


「自然が多い所だと救出劇が増えるよ。

 ほかにもヤドカリが排水溝に落ちて出られなくなっているところを鉄のふたを持ち上げて出したこともある」


「…………」




 霊感がある人は動物のSOS助けてをキャッチしやすいのだろうか……。


 そんな考えが浮かんだと同時に矛盾も感じた。

 ふだんのコオロギは場の空気がまったく読めないから、たまにひやひやすることがある。鈍感な人物がSOSを受信するなんてちょっと信じがたい。


 うーん、もやもやする……。



 ・・ ・・・



 ああ、そうか……。


 もしかしたら動物のほうが受け止めてくれる人を選んで、救難信号を送っているのかもしれない。


 考えが浮かんだあと、コオロギを見た。

 ハンドタオルでぬれた服を一生懸命拭いているコオロギは、天真爛漫で異能があるようには見えない。いつもいい意味で裏切ってくれて俺を驚かせる。


 コオロギが助けを求めているモノを感知できるのは異能があるからだけじゃなく、たぶん性格も関係しているんだろうなと妙に納得して、ほっこりとなった。






――――――――――

【参考】

✎ ネットより


アズマヒキガエル:

 体長40~165mm。茶褐色。東京で見かけるヒキガエル。

 本エピソードに登場したカエルはたぶんアズマヒキガエル。

(もしかするとニホンヒキガエルかもしれない。姿が似ているので確定できない)


※ 注意 ※

カエルには毒をもつ個体がいるので、素手でさわることはやめたほうがいいです



ミドリガメ:

 「ミドリガメ」は通称。アカミミガメ(ミシシッピアカミミガメ)のこと。

 日本の生態系に被害を及ぼすとして緊急対策外来種となっている。ペットとして飼われていた個体が野外へ放たれたあと繁殖しており、公園の池などでよく見かける。



スッポン:

 ニホンスッポン。甲羅こうらの縦の長さは最大で350mmになる個体もいる。甲羅はほかのカメと違ってやわらかい皮膚で覆われている。



ヤドカリ:

 通常は、からの巻貝の中に入って腹部を保護し、頭部や脚を出して移動する生活をしている。海中だけでなく、砂浜や海岸近くの陸上で生活するヤドカリもいる。


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