✿ 余話 ✿ 霊感のある友人は思考がユニークすぎる


 ノートにホラー小説のネタがあるとしても、やっぱり体験を語ってくれた本人がそばにいたほうがいいなあ。


 おっと、心の声が漏れていた。


 あ、読者のみなさん。報告があります。



「有休を取りました!」



『それがどうした』?


 めちゃくちゃ楽しみなんだよ!

 この有給休暇で俺は霊感がある友人に会いに行く予定をしている。もちろん奇妙な体験を聞くつもりだ。ああ、早く会いたいぜ!



 報告、終わり。



 有休はまだ先のことだ。それまでは創作ノートの奇談をまとめることで、落ちつかない気持ちをまぎらわそう。


 さて、今回はどれにしようか。


 ん? なんだこの落書きは。



┄┄┄✎ 紫桃ノート ┄┄┄┄

KがEさんから和菓子 二回目

年配から人気者

【笑噺】もなか 思考の違い

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 和菓子……もなか……?


 なんのことだ?


 もなか……もなか……。



「おお! 思い出した! アレか!」



 この話は思い出しただけでも笑える!

 これは友人を紹介するのにいいエピソードかもしれない。



 なあ、霊感がある人ってどんなイメージをもっている?



 ぴりぴりした空気または神秘的なオーラを発しているとか、神主さんまたは住職さんのような雰囲気、神霊やアヤカシなどに知識がありそうなど、特別なナニカがあるようなイメージが浮かんでくるのかな?


 いろいろ想像すると思うけど、小説ココに登場する霊感がある友人はどういえばいいのか……。表現するのが難しいな。


 うーん、うーん……。


 あ―――……。外見を見事に裏切るユニークなやつだ。



 ✿


 俺――紫桃しとう――と友人・コオロギ――神路祇こうろぎ――の出会いは職業訓練で、クラスメートだったことから縁がつながる。当時の俺は東京に住んでいた。


 仕事を辞めて無職。まったくやる気が起きなくて就活もせずに家にこもる日々。

 預金がどんどん減り、危機感から就活を始めたときに見つけたのが職業訓練だった。


 はじめは就職するつもりだった。でも精神的にやばかったから、いきなり社会復帰するよりワンクッション置いたほうがいいかもと思い、職訓の受講を決めた。そこでクラスメートとしてコオロギと知り合った。


 職訓で出会ったときのコオロギは地方から東京に来たばかりだった。

 年配の受講者が多いなか、俺と同い年だったので気が合い、すぐに打ち解けた。



 コオロギの話し方って、男っぽいだろう?


 だから容姿は想像しづらいかもしれない……。


 まずは念押しだ。『人物紹介』で書いているとおり、コオロギは女性だ。

 そして話しぶりからはつながりにくい、エキゾチックな容姿をしているんだ!


 眼鏡をかけていてもわかる長いまつげと大きな目。

 顔は彫りがあって目鼻立ちが整っているから華がある。


 いつも黒髪を後ろに結んでいて体形は中性的。

 えーっと、直訳すると凹凸は少ないけどバランスがいい。


 服装はシャツにジーンズまたはズボンが基本で派手な色使いはしてない。それでも容姿は目にとまり、俺だと間違いなく見惚れるタイプだ。


 異国情緒がある美人。それなのに話す言葉は男口調、中身はいたずら小僧。

 もったいない! ――いや、ユニークな友人だ。


 最初は容姿からコオロギに関心をもった。

 観察していくうちに都会に染まっていないというか、無理に合わせようとする様子がないところに好感をもち、話してみたくなった。


 話してみると自然体でいるコオロギに惹かれた。

 飾らなくていい関係が心地良くて、話す機会が多くなり一緒にいることが増えていったんだ――




 コオロギがまた和菓子を食べている。


 職訓のクラスメートは年配の方が多く、コオロギは娘や孫のように見えるらしい。手作りのクロワッサンをもらっていたり、あめやチョコレートなどのお菓子をもらったりして可愛がられている。


 地方から出てきたばかりで危なげなコオロギに世話を焼きたくなる気持ちはわかる。無防備というか素直すぎるというか……放っておけないのだ。


 きのうも和菓子を食べていたが今日も誰かからもらったようだ。

 俺の視線に気づいて、コオロギがにこにこしながらこちらへやって来た。



「紫桃は甘いもの好き?」


「なんだ急に」


「もなかをもらった♪ おいしいから一個どう?」



 俺の返事を待たずにコオロギは手に持っていた もなか を差し出している。

 礼を言って受け取った もなか を見て、形状からすぐに「小○さ」とわかった。



「へえ、有名な老舗和菓子店の もなか じゃないか」


「そうなんだ?」



 俺は包装を開けて もなか を食べ始める。やっぱりうまい。

 コオロギを見ると、うれしそうに もなか をほおばっていた。


 うまそうに食べるよなあ。ほかの和菓子も紹介するか。



「『あゆの天ぷら最中もなか』もうまいぞ。今度食べてみろよ」



 あれ……?


 甘いものが好きなようだから菓子を紹介したのに、コオロギは怪訝けげんな顔をし、無言のまま俺を見ている。


 もなかはそんなに好きじゃないのかな。

 それとも何か変なこと言ったか? 


 コオロギはふしぎそうな顔をしながら奇妙なことを言ってきた。



「もなかの中に魚肉が入っているのか?」



 はい……? 魚肉……?



・・ ・・・



 俺は頭の中でコオロギの言葉を繰り返し流していくうちに、ある考えに至った。吹き出すのをこらえて聞いてみた。



「コオロギ、もしかして天ぷらのころもの代わりに、もなかに鮎の身が入っているのを想像している?」


「え? そうじゃないのか?」



 ふつうさ、もなかイコール和菓子という話の流れだから「魚」は浮かばないよな。でもコオロギは「鮎」の単語で瞬時に魚に結びついたようだ。


 なんでそうなる!?

 鮎はなあ、塩焼きがうまい! そんな鮎を もなか に詰めて商品化するかよ!?


 俺の脳内で劇場が開幕し、スクリーンに映像がでた。


 広い工場内にベルトコンベヤーが流れている。

 ゆっくりと動くベルトコンベヤーの上には、鮎の形をした もなか が置かれている。白い作業服に身を包んだコオロギが、ベルトコンベヤーから もなか を手に取った。

 片手に もなか を持ち、もう片方でトレーにあるほぐされた鮎の身を取って、せっせと詰めている――。



 もなかという和菓子を、魚の天ぷらもどきに置換するコオロギの発想!


 俺はツボにはまり、しばらくひーひーと笑い転げた。

 笑いすぎて腹筋が痛くなるなか、ちゃんと解説したよ。



「コオロギ、『鮎の天ぷら最中』は、鮎の形をした もなか だよ。

 中にはあんが詰まっている。老舗の和菓子店が出している商品だぞ」



 俺の解説でコオロギは納得したようで、にこっと笑って「なんだ~」と言ってきた。


 ✿



 このエピソードだけでコオロギの人物像がなんとなくつかめてきた読者もいるのでは?


 俺はしょっぱなからホラー小説を書いている素人作家と自己紹介し、ホラーが書けないことも伝えている。


 書けない理由は俺に文才がないこともあるけど、小説の種となる奇談を話してくれるコオロギがこんなユニークな思考の持ち主ということもある。


 コオロギが体験した怪異に、俺が遭遇すると確実に恐怖話になる。でもコオロギだとコメディーになってしまう話が多いんだ。


 魔術をかけるように恐怖を笑いに変えるやつなんて、そうそういないよ。




 コオロギとは社会人になってから知り合った。


 社会人になってからの友人関係は長く続くことは少ない。

 職業訓練には20名のクラスメートがいたけど訓練が終わると疎遠になった。SNSでのやり取りがたまにあっても、直接会うのはコオロギだけだ。



 冒頭でちらと報告したけど有休を取って久しぶりにコオロギに会う。


 まだ先のことだけど、たわいない話をするだけでも面白いコオロギ。

 会ったときにどんな話題が飛び出すのか本当に楽しみだよ。




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