素人作家の “競争”

12 ツバメが乱入してきた!

 俺――紫桃しとう――は有給休暇を取って東京へ来ている。


 平日なのでビジネスパーソンは仕事がある。

 友人・コオロギ――神路祇こうろぎ――も勤務中なので仕事終了後に合流して食事をする約束をしている。


 コオロギは定時にあがると言っていた。

 勤務先のビル前で待っていると、時間どおりにコオロギがオフィスビルから出てきた。


 あれ……? なんか元気がない?


 笑顔の絶えないコオロギがそばに来ても浮かない顔をして黙っている。

 仕事で何かあったのだろうか。



「どうした? 仕事でミスでもしたのか?」


「違う……」



 コオロギはうつむいてて落ちつきがない。困っているように見える。

 もしかして……食事は中止なのか……?


 胸がずきっとなったあと、鼓動が速くなっていくのを感じて手には汗がにじんできた。動揺していることを悟られないように、声や動作を意識して冷静に振る舞う。



「なんだよ、どうしたんだ?」



 コオロギは俺と目を合わさず口をつぐんでいたけど、顔を上げると決心した目で話し始めた。



「紫桃、ごめん……」



 え…… まさか……


 う…わ……。聞きたくない! その先は聞きたく――



「夕食は一人増えてもいい?」


「え……?」


「三人で食事、でいいかな?」


「えぇっ!?」




 ・・ ・・・



 俺は東京ドームの前にいる。


 ドームからわらわらと人が出てきてて、どの人も二度見してしまう服装をしている。大衆に埋没しやすいカジュアルファッションの俺のほうが浮いてる状況だ。


 周囲がコスプレのような格好をしているのは、コンサートに合わせたものだろう。会場を出ても駅へ向かわず、グループできゃーきゃー、わーわーと興奮気味に話をしている。俺はそんな楽しげな人たちをぼんやりと眺めている。



 読者のみなさんに現状を説明すると――


 コオロギのイトコがコンサートを見るために九州から東京へ来ている。

 夕方、イトコはコオロギに『コンサートが終わったら食事しよう』とメッセージを送っていたらしい。


 メッセージはちゃんとコオロギのスマートフォンに届いていた。しかしコオロギは仕事中はスマートフォンを見ない。仕事を終えて帰り支度をしていたときにメッセージに気づいたそうだ。


 あわててイトコに『予定がある』と送ったけど、返信は来ず……。

 おそらくコンサート中でメッセージが届いたことに気づいていないのだろう。


 九州から来ているイトコをあまり知らない東京に放置するわけにもいかず、俺たちは急いで東京ドーム 会 場 へ向かった。


 ドームに到着したのとコンサートが終了した時間は同じくらいだった。会場から人が出てくるのを見ると、コオロギはイトコを探してくると言って人混みの中に消えてしまった。残された俺は興奮が収まらない人たちとは裏腹に気落ちしている状況だ。


 たいていの人はホラー系の話題を嫌がる。

 初対面の相手がいる席で奇談を振るのは失礼だよな。


 久しぶりに会えたコオロギと二人で食事をしながら奇談が聞けると思っていたのに……。


 気が滅入って視線を地面に落としていると、コオロギの声が聞こえてきた。



「前もって連絡してよ」


「驚かそうと思っていたのよ」


「まったく~」



 声が聞こえた方角へ顔を向けると、コオロギがこっちへ向かっていて、隣には女性がいた。


 女性はコオロギよりも背が高い。

 明るい茶色の髪はミディアムほどの長さのレイヤーカットで毛先がはねている。ナチュラルメークが多い東京のビジネスパーソンと比べて派手なメークは、目元が強調されていて意志が強そうだ。


 コンサートに参加していたからなのか、彼女の見た目はヤ○キー……もとい、気合いの入った服装をしていて、ちょっと怖い……。

 目立つ刺繍ししゅうが入ったスカジャンに――皆まで言わなくてもいいか。読者に想像してもらおう。


 俺の地元だと彼女の姿は浮きまくるというか、通行人は目を合わさずに避けるような格好だけど、東京では奇抜な服装でもなじんでしまう。もう違和感がなくなっているのが恐ろしいぜ……。


 分析している間に二人は俺の前まで来たけど――沈黙が続いている。

 コオロギはあいかわらず空気が読めていない。


 お~い、コオロギぃ、アクション起こしてくれよ。気まずいぞ!


 コオロギがきっかけをつくってくれないから話しかけにくい。

 声をかけようか迷っていたら、女性がコオロギを肘でつついてあごで合図をした。やっとで気づいたコオロギが紹介を始めた。



「紫桃、こっちはイトコのもり。ツバメ、こっちは友人の紫桃だよ」


「はじめまして、紫桃です――」



 挨拶したけど杜さんは黙ったままだ。

 つーか……彼女、俺のことをにらんでいないか……?


 「……杜よ。よろしく……」とは言ってきたけど警戒した目をしている。話しかけづらくて言葉が続かない。


 杜さんの視線は素早く動いていて俺を観察しているのがわかる。

 目が…怖い……。街中まちなかで猛獣に出くわしたような気分だ。


 動けずにいたけど杜さんが視線を外したので緊張が解けた。呼吸を整えながら横目で彼女を見ていたら、コオロギの手をつかんで引っ張って行く。俺から十分な距離をとると俺に背を向けて声を潜めて話し始めた。



「ちょっと、レイちゃん! 友達って男だったの!?」


「そうだよ? 紫桃のことは話してたから知っているだろう?」


「知ってるわよ。でも『シトウ チアキ』と聞いていたから女性と思ってたわ!」


「なるほど」


「夜から会おうとしていたなんて……。

 彼、レイちゃんのこと狙っているんじゃないの?」



 おいおい! こそこそ話しているようだけど筒抜けだぞ!


 俺のことを女と思っていただと!?

 コオロギは彼女に俺のことをどう話しているんだ!?


 会話が気になって二人のことをじっと見ていると、視線に気づいたのか俺を向いた杜さんと目が合った。


 キッとにらまれた気がしたのは俺の気のせいだろうか……?


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