✿ 余話 ✿ 霊感があるからなの? 友人の奇妙な体質
再会して早々、コオロギが異能の話をしてくれた。
語ってくれた異能は「スキャン」。
スキャンは会話中にでてきた単語だけど、異能をわかりやすく分類するため勝手にそう呼んでいる。スキャンの異能はコオロギがゾーンに入ったときに発動する。
コオロギによると集中力がピークに達したときにゾーン状態となり、神経が研ぎ澄まされてふしぎな感覚が働くのだそうだ。
コオロギは仕事中にゾーンに入ることが多い。
ゾーン状態で校正作業をすると、ミスがでそうな箇所がなんとなくわかったり、目で見ることなく周囲の状況を把握できるという。何かを読み取っているみたいだからスキャンと呼んでいる。
コオロギがスキャンできる範囲は狭いが、
これまで聞いてきた奇談は異能に特徴があったので分類してきた。
●視覚:たまに
●聴覚:姿の見えないモノの声や音を聴くことがある
●嗅覚:何もない所から花の香りや獣のニオイをキャッチすることがある
●触覚:姿なきモノから手を引っ張られたり背に乗られたりする
わかりやすく五感(
でも……
どこに分類すればいいんだ?
コオロギの異能は底が見えない。
話を引き出せていないだけで、まだ知らない能力があるかもしれないと考えると、期待でわくわくするぜ!
そういや俺にとっては『ふしぎ』に分類されることなのに、コオロギは『ちょっとおかしなコト』として話していた体験があったな。思い出したから紹介するよ。
コオロギが街あるきをしていたときのことだ――
✿
休日、街あるきをしていたらフリーマーケットが目に入った。
面白そうだから寄ってみると、
初めて見たシンギングボウルは台所にあるボウルに似ている。そんな物を使って演奏するというけど、どんな音が出るのか想像ができない。だから聞いてみることにした。
シンギングボウルの演奏に派手な動きはなく、演奏者がシンギングボウルの縁をスティックでなぞるだけだ。それなのに音が鳴り始めた。
聞こえてきた音は変わっていた。
響く音――としか説明ができないふしぎな音色で、これまで聞いたことがある管楽器や打楽器から出る音とはまったく異なる。聞き入っていたら体に振動を感じた。
わずかに感じる振動は大太鼓の演奏を近くで見たときと似ている。
太鼓の演舞は打ったとき体に振動が届くが、シンギングボウルの演奏でも似たような振動を感じる。
体に振動を感じる点は共通している。でも異なるところもあった。
太鼓の場合は打つたびに短い衝撃波が体に響くだけだ。ところがシンギングボウルは音が鳴り始めてからずっと体に振動を感じている。
「シンギングボウルから音がしている間、ずっと細かな振動が届いていた。
周囲の人は真剣に演奏を聞いているのに自分は全身がくすぐったくて集中できない。結局、くすぐったさに耐えきれなくなって退散した。
ヒーリング効果があると言っていたけど、くすぐりの刑を受けてるみたいだった」
✿
――と、コオロギはシンギングボウルの演奏を聞いた感想を話していた。
話を聞いたあと、俺はネットでシンギングボウルのことを調べてみた。
シンギングボウルで音を鳴らすとかなり振動するらしい。振動に対しては別にふしぎではない。奇妙に思ったのは、コオロギが振動をとらえたことだ。
音は振動によって伝わる。
発した声が空気を振動させて耳に届き、鼓膜が振動して言葉として聞こえる。このとき、音が届いたことはわかっても振動は感じ取れていない。
シンギングボウルが振動して音が鳴るのはわかる。発生した音がヒトの耳で聞こえるのも理解できる。でも振動していることまで感じ取るなんて……。
俺はシンギングボウルの生演奏を聞いたことがないから、体験したことがある人にどんな感じなのか尋ねてみた。その人の場合は、音が鳴っているだけで振動は感じないと言っていた。
振動を感じる人と感じない人がいる。
なぜ違いがあるんだ?
サンプルが少なくて早計かもしれないが、コオロギがシンギングボウルの演奏で感じた振動は変わっているかもと思い、奇談として創作ノートに記録した。
俺の感覚で「ふしぎ」に分類される体験談は多い。ところがコオロギは日常のように語るから「ふつう」なのか「変」なのか判断がしにくい。
それに俺は
この物語を読んでくれている読者に聞きたい。
コオロギと同じ体験をしたという人、いるのかな?
続けていくぞ。
俺はふだんの生活で「重力」を意識することはない。
通常だと重力は変化しないから、「うおおぉ! 重力を感じるぜぇ~!」とならないからだ。
ところがコオロギは、急に重力が弱くなる感覚を経験しているんだ――
✿✿
奇岩や巨石を見ることができる観光名所を訪れたときのことだ。
名所は自然が豊かなところを目玉にしていて、あまり人の手を入れないようにしている。むき出しの岩や伸び放題の樹木があり、散策コースによっては地面が舗装されておらず、岩肌と土というエリアもある。
自分は舗装された散策路があるコースを選んだ。
観光客を意識したコースは板張りで歩きやすく、ポイントには説明板も立っていて見どころがわかりやすい。
大半は整備されているけどカーブになっている部分は地面がむき出しのところもある。回っているうちに土と石が混じる地面が続くエリアに入った。
足元に気をつけながら奇岩の写真を撮ったり、あまり見ない植物が生えている景観を楽しみながら歩いていると、急にふわっと体が軽くなった。
「硬い地面なのに、まるで厚く積もった落ち葉の上に立ったときに似ているんだ。
足元はふかふかしていて、自分の体が少し浮いているかのように軽く感じる。
ふしぎなことに浮いている感覚になるのはそこだけなんだ。ちょっと外れたら元に戻って体が重く感じる。この場所だけ重力が弱くなっていると思ったよ。
残りの道のりに同じような場所はないかと気にしながら回ったけど、同じ感覚を受ける場所はなかった。あれは面白かったな~」
✿✿
――と、コオロギはあっけらかんと話していた。
『急に重力が弱くなる体験なんて、そうそうできるものじゃないぞ!
もっと興奮気味に話してくれよ!』
俺がつっこむんだけど、コオロギはあまり珍しい現象と思っていないようだった。
コオロギからふしぎな体験を聞くたびに、俺は現場へ行って同じ体験ができるのか検証したくなる。
しかし、コオロギの体験は意図したものではなく、訪れた先でたまたま体験したというものばかりだ。それに俺は霊感がないからコオロギと同じ体験ができる保証はない。それでも再訪するなら俺もついていきたい……。
軽く話して終わるつもりが、コオロギの体験談がどんどん思い浮かんでくる。
俺の中でふしぎな現象の謎を知りたいという欲求が大きくなっていくばかりだ。
夜にコオロギと食事をする約束をしている。
都合よくふしぎな体験ができるとは思っていないけど――つい期待してしまう。
早く夜にならないかなあ。
――――――――――
【参考】
✎ ネットより
シンギングボウル:
半円形をしており、キッチンで使われるボウル(器)に似た形状をしている。スティックを使ってボウルの縁をこすったり、たたいたりすることで独特な音が鳴る。
チベットシンギングボウルともいわれている。
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