11 霊感が発動しやすいのはゾーンに入ったとき?


 遅めのランチを食べ終えて食後のコーヒーを飲んでいる。


 俺――紫桃しとう――は熱々のブラックコーヒーが好きだが、友人・コオロギ――神路祇こうろぎ――はブラックが飲めないからコーヒーフレッシュを入れた。

 くるくるとスプーンを回しながら、ふーふーと息を吹きかけて冷ますことに一生懸命だ。


 まだ熱いと思うが、せっかちなコオロギはカップを持ち上げてコーヒーを飲もうとした。ところが飲む前に駄目だと気づいたようで、しょぼんとしてカップをテーブルに置いた。


 またふーふーと息を吹きかけて冷まそうとしている。

 コーヒーに気が向いて油断しているコオロギに俺はしれっと質問する。



「なあ、コオロギ。食事の前に話していたことだけどさ」


「ほ―――ん?」


「『集中力が高まっているときに、幽霊に気づきやすい』って、どういうことなんだ?」


「え……?」



 体がびくっと反応してコオロギがコーヒーから目を上げた。

 俺と目が合うと愛想笑いを浮かべた。



「なんのことかなあ?」



 隠すのが下手なんだからもう諦めろよ。

 目は泳いでいるし、落ちつきがなくて挙動不審になっているぞ?



「コオロギ~、ごまかすなよ。食事が終わるまで待っていたんだぞ」


「えぇっと……」



 コオロギはしらふのときだと奇談を話したがらない。

 本人いわく『恥ずかしい』とのことだが、俺の『コオロギ翻訳』スキルをもってしても、奇談を話すことがなぜ恥ずかしいとなるのかは理解できない。


 いつもなら酒をすすめて機嫌を良くしてから話を引き出すけど、昼から酒を飲ませるわけにはいかないしなぁ……。


 仕方がない。 脅すか。



「コオロギ~、頼むよ。読者さんが楽しみにしているんだ」


「『読者』?」


「そう、『読者』。

 俺の小説を読んでくれている読者は、コオロギの話を楽しみにしているんだよ」


「そ、それは紫桃の責任だろ!?」


「そう、俺の責任。

 俺がコオロギから話を聞くことができないと、みんなががっかりするんだ」


「えぇっ!? ずるいぞ! 人質をとるのか!?」



 コオロギがわたわたとし始めた。困った顔になってうなっている。

 さらりと流せばいいのに本当にお人好しだよな。


 困らせていることに、ちくちくと胸が痛む。

 でももう少し……。あと少しだけ――


 よし、ここでプレッシャーから解放だ!



「冗談、冗談。俺が話を聞きたいんだ」


「びっくりさせるなよ~!」


「ごめん、ごめん」



 でも読者がコオロギの話を楽しみにしているというのは本当だぞ?

 コオロギのファンはいるみたいだからな。


 ほっとして気が緩んでいるコオロギに俺は次の一手を打つ。



「な、コオロギ、頼むよ~」



 困った顔を見せて手を合わせ頭を下げた。

 コオロギはやさしいから――



「しょうがないな~」


「助かるよ、ありがとう!!」



 『お願い』されたことで機嫌が良くなったコオロギに笑顔が戻っている。



「あくまでも自分の感覚の話だよ?」


「ああ、わかっているよ。

 どんなふうな感じなのか、俺がぴんとこなかったから詳しく知りたいんだ」



 さっき俺が意地悪したというのに、嫌な顔を見せずに話し始めた。



「自分は集中すると周囲の音が聞こえなくなる。また音だけじゃなく景色も目に入らなくなるんだ。

 実際には聞こえているし見えてもいるけど関心がない状態になる。

 イメージは空間に一人で居て、目の前にある集中すべきこと以外のものは見えていない。この集中した状態になると、いつもの五感とは違う感覚になるんだ」



 コオロギは宙を見ていて、うまく伝えられる言葉を探しているようだ。

 俺はせかすようなことはせず、ゆっくりと話すコオロギの声に耳を傾ける。



「紫桃に話したことがあったよね?

 実家で過ごしているときは姿を見ていなくても家族の動きがなんとなくわかっているって話」



 問われてコオロギと話していたことを思い出した。



「会話を覚えている。

 実際の動作を見ていなくても背後にいる親の様子が自然とわかるというものだろう。

 俺が読書していると仮定して、本から目を離さなくても冷蔵庫を開けて麦茶を取り出したことや、棚からコップを出してテーブルに置いたなど、まるで見ているかのように動きを認識しているという話だよな。

 意識せず自然と動きを把握している……。よく考えてみると、ふしぎなことだよな」



 コオロギは相づちの代わりに右手首を振って人差し指をさしてきた。



「そう、その話!

 自分の場合、集中しているときは音は聞こえていないし景色も見えていない。でもね、無意識のうちに状況を把握しているんだ。空間をスキャンするように周囲の動きを読みとっている。

 対象がヒトなら別にいい。ところが生者ヒト以外のモノも感知していることがある。

 おかしなことに感知したモノが生者ヒトじゃないって知っていても、集中している状態だと恐怖心や違和感はないんだ。ただ『アヤカシが居る』としか思っていない。

 でも集中が解けて通常に戻ると『あれ? 今、幽霊がいなかったっけ?』と異様な状況に気づいて変な体験をしたと認識するんだ」



 ふしぎな感覚に奇妙な状態、異能の発動にアヤカシの登場と、コオロギが語る内容は超常現象なものばかりだ。黙って聞いていたけど俺はたまらず口を挟んでしまった。



アヤカシの存在を読みとるなんて……。怖くないのか!?」


「ほ―――ん。

 気にならない……かな?」


「なんでだよ!」


「存在していることに気づいてもアヤカシの姿は視えないし、自分にちょっかいをだしてくるわけでもない。

 それに仕事を終わらせないといけないという気持ちのほうが強くて、また集中し始めて存在を忘れていることが多い。妙な体験をしたと気づくのも帰りの電車や帰宅後のことが多いかな?」


「 !? 」



 話し終えたコオロギは、適温となったコーヒーを飲み始めた。

 反対に俺はコーヒーを飲む手が止まり、コオロギを見たまま固まっている。


 あっけらかんとしすぎだ!

 もっと怖がってくれよ!


 職場に幽霊がいるなんて嫌だぞ、怖いぞ。

 室内をうろついているのがわかれば、俺だと会社へ行くのを悩むレベルだと思う。


 あいかわらずコオロギはきもが据わっているというか、恐怖心が薄いというか……。


 俺がおびえているなか、コオロギが付け足すように話し始めた。



「強い集中に入った状態を『ゾーンに入る』って言うこともあるらしい。

 自分の場合、ゾーンに入ると半径3~5メートルくらいの範囲をスキャンしているみたい。

 無意識のうちに周囲を読みとるのはいいけど、幽霊アヤカシまで感知してしまうような高機能は不要だなあ」


「…………」



 コオロギぃ?

 なんかずれてるぞ。


 幽霊をスキャンする能力のみ『いる』とか『いらない』のレベルではないはずだ。


 よく知っている家族の動きを読みとるならそこまで驚かない。長年一緒にいると、音だけで相手の動きを予測できたりするからな。


 でもな、他人の動きを読みとっている時点で、キミのスキャン能力は変わっていると思うぞ?

 先に『スキャンがどんな異能か』をじっくり議論すべきだと思うので・す・が!?


 幽霊までスキャンしたことにぞくりとしたけど、コオロギのずれた思考のせいで恐怖は消し飛んでしまった。


 再会して、しょっぱなからぶっ飛んだ話が聞けて、ほくほくしていたらコオロギが申し訳なさそうに言ってきた。



「紫桃、昼休みが終わりそう。そろそろ移動しないと」


「悪い、悪い。コオロギは仕事だよな」



 居酒屋を出て、コオロギをオフィスビルまで送った。


 さて、と。久しぶりに東京の街を散歩してみるか。






 ん? なに、なに?



『コオロギとの話はもう終わりなの?』




 ふっふっふっ。

 読者の方々、ご安心を。


 ランチだけではなく、仕事が終わったあとも食事の約束を取りつけている。


 コオロギからどんな奇談が聞けるのか……。

 早く夜にならないかなと、俺は今からうきうきしている♪


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