10 霊感がある友人の異能!? 謎のスキャン能力
俺――
今は地元に戻っているが東京には長く住んでいた。
古巣のようなところだから帰ってきたという思いがわいて、どこかほっとする。俺がいた頃と風景は同じではないけど東京独特の空気感はそのままだ。
便利ではあるけど機械的な都市――。
東京に対して俺がもっているイメージで、無機質な建物が所狭しと立ち並び、ぎゅうぎゅうと物が詰め込まれたように感じる。
すべてのことに対して機能を重視しているように感じる都市は、移動手段には困らないし、道路や歩道もきれいに整備されて便利な空間をつくっている。
東京は地方出身者が集まるところで、ほとんどの人は仕事をすることが目的だろう。地元とは違って周囲に無関心な人が多くて冷たい感じがするけど、強いエネルギーをもつこの都市が俺は好きだ。
久しぶりの東京の朝。
通勤ラッシュの時間帯じゃないから人の往来は少ない。電車を使って移動し、かつて住んでいた街を散策する。
変わらない景色もあれば、なくなってしまったものもある。
街の移り変わりを見て回るとあっという間に時間は過ぎる。都市の一日が本格的に動き始め、人の姿が増えてきた。俺は店が営業を始める時間に合わせて古書街へ向かった。
古書店にはレア本との出合いを求めて訪れる。
古い本のにおいはふしぎと落ちつき、せわしい東京とは裏腹に古書店は時が緩やかに流れているように感じる。
俺は店内をゆっくりと見て回り、気になる本があれば手に取る。
ページをめくって文字を追うと別世界へ連れて行ってくれる。没頭して時間を忘れてしまうことがあるから注意が必要だ。
古書店を3店舗訪れただけでランチを約束している時間が近づいてきた。いい本が見つけられなかったのは心残りだけど電車に乗って移動した。
オフィス街。
街路樹の下でそわそわしながら待っていると時間どおりに友人が来て合流、移動して店に入り、さっき注文を済ませたところだ。
ランチのピーク時間とずれているおかげで利用者は俺たちだけだ。周りを気にすることなく話ができる。
落ちついたところで俺は友人・コオロギ――
「コオロギ、校正の仕事をしていて『ミスがでそうなところのアタリをつけられるようになった』って言っていたよな。どういうことなんだ?」
「斜め読みしたときにミスがありそうな場所がなんとなくわかるんだ」
うん、よくわからない。
コオロギくん、言葉が足りなくて言いたいことがよくわからないぞ。
付き合いが長いからこんなことに今さら驚きはしない。
コオロギの話は
一呼吸おいて、俺はコオロギに一つずつ質問して足りない言葉を継ぎ足していく。
ピースがすべて埋まって伝えたかったことをまとめると、こういうことだった――。
コオロギの仕事は校正。
『校正』を簡単に説明すると、原稿と校正紙を見比べて差異があれば校正紙に赤入れ(指摘)する。また誤字や脱字があれば、同じように校正紙に赤入れするのが仕事だ。
校正は一字ずつ見比べてミスはないかとチェックし続けるので、神経を使うし集中力が必要な作業だ。
作業手順は人によって異なり、コオロギの場合はすぐに校正作業に入るのではなく、まずは校正紙をさらっと斜め読みするそうだ。
全体の構成やページ番号など、おおまかなチェックのために紙面に目を通す。
紙面の上から下へ斜め読みしていると、なぜか目がとまる箇所があるという。斜め読みの段階なので、このときは内容を細かくチェックすることはしない。でも目がとまった箇所には、あとでわかるように消すことができるペンで印を入れておくそうだ。
斜め読みが終わると校正作業に移る。ここからは原稿と校正紙を見比べて念入りにチェックしていく。すると斜め読みのときに印を入れていた場所には、直し(削除や修正)があったり赤入れが必要なミスがあったりすることが多いというのだ――
なんとなく気になった箇所にミスがある……。
ちらっと見るだけで気づくなんて、すごいことだ!
俺は少し興奮気味にコオロギに質問した。
「ミスがあるかもという違和感にどうやって気づくようになったんだ?」
「慣れが大きいと思う。
校正しているとミスがでやすい箇所がだんだんわかってくる。
作業をくり返していくうちに自然と押さえるべきポイントとしてインプットされて、意識しなくてもチェックできているんじゃないかな?」
「ミスがあるという確信はないのか?
印をつけるのはなんとなくって部分が大きい?」
「そうだね、感覚だよ。ただ気になるんだ」
「『感覚』? どんな感じなんだ?
コオロギが気になった箇所はほかと違って見えていたりするのか?」
「ほ―――ん。そうだなぁ……
あ! ジグソーパズルと似ているかも」
「パズル?」
「ジグソーパズルをしているときは感覚が鋭くなるんだ。
散らばっているピースを見ていると、あるピースに目がとまる。このピースはあの部分に当てはまるとわかっていて実際に合わせてみると、ぴったりとはまることが多い。
このときの『わかった』は『なぜかわかった』としか言えない。『わかる』感覚はパズルをしてるときによくあることで、校正しているときも似たような感覚になっている」
「パズルをしている最中にそんな感覚が働くのか?」
「紫桃にはないのか?」
え……? なんでそんなふしぎそうな顔をして俺を見る?
パズルをしているときにインスピレーションが働くのってふつうなのか!?
俺がパズルを組み立てるときは、ピースに描かれている色や模様を確認しながら似たようなピースを集めて、端のほうから1ピースずつ埋めていって完成させる。パズルをしている最中にコオロギのようなインスピレーションは働かないぞ!
動揺している間に料理が運ばれ、テーブルに置かれた。
店員がこちらに向かってきたときから持っている料理に釘付けだったコオロギは、店員が去っていったのと同時に待ちきれないと言った感じで口を開いた。
「いっただっきまーす♪」
まだ動揺している俺をよそに、さっそく好物のチキン南蛮に
「集中すると勘が良くなるんだ。
校正中はジグソーパズルをしているときと似たような状態が続いてて、目がとまる場所にはミスがあるかもと、なんとなくわかる。
それだけじゃないんだ。無意識のうちに周りの様子を把握してて、幽霊の存在に気づくこともあるんだ」
まてまて!?
面白くなりそうなことをコオロギが言ってきたぞ!
コオロギは食事に夢中になっていて気づいていない。
ああっ、聞きたいっ、聞きたいぞ!
身を乗り出して問い詰めたいところだけど食事中だから我慢だ。
俺は有休の身だから時間に余裕がある。でもコオロギは仕事中で昼休憩は1時間しかない。聞くのは食べ終わってからだ。
コオロギはさっきからチキン南蛮にタルタルをのっけることに必死だ。
せっせと箸を動かしていたけど、手が止まってふんと小さく鼻を鳴らした。満足そうな顔をしてチキンを持ち上げると口へ放り込んだ。
満面の笑みを浮かべて、とてもうまそうに食べる。
これは邪魔したくない。
俺は好奇心を抑えて目の前にある生姜焼き定食を食べることにした。
――――――――――
✎ 注意:
校正の部分にでてくる業界用語は別の言い方をしている場合もあります。
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