素人作家の “強壮” 薬

09 再会! 友人は見た目と中身のギャップがすごいんだ


 やっと有給休暇の日がきた!

 この日がくるのをずっと楽しみにしていたんだ。


 いつもは憂鬱に感じる朝だけど今日は違う!

 二度寝なんかしないですぐにベッドから出て歯磨きに洗顔と、出かける準備を進めていく。


 旅の荷造りは前日に済ませている。

 玄関に置いていた小さめのスーツケースを手に取ると駅へ向かい、東京行きの始発に乗りこんだ。



 俺の地元では車がメインの移動手段だから電車の利用者は少なく、席はがらがらだ。

 久しぶりに乗る電車は揺れが心地良く、流れる景色をぼんやり見てると過去の記憶が思い出される。


 東京で働いていたときは満員電車が嫌いだったが今となってはなつかしい。

 いい思い出に嫌な出来事、いろいろあって地元に戻ったけど今は気持ちが弾んでいる。


 早く……早く東京に着かないかな。


 いい年齢としの大人なのにこれから始まる一日に期待して落ちつかない。

 もう少ししたら小説を読んで、浮かれている気分をうまく切り替えるようにしよう。



 ・・ ・・・



 昼下がり。

 俺――紫桃しとう――は都内のオフィス街に来ていて、ビル前にある街路樹の日陰に立っている。


 これから友人と会う予定だが平日なので仕事中だ。

 そこで昼休みを利用してランチをする約束をしており、そろそろ待ち合わせの時間になる。俺はちらちらとオフィスビルに目をやる。


 ビルの1階フロアに人影が現れて外へ出てきた。

 きょろきょろと見回して俺に視線が止まると、こちらへ向かって歩き始めた。走ることなく足早にそばまで来ると、にっと笑って片手を上げて言った。



「お待たせ、紫桃」


「……おう」



 以前と同じやり取りだ。

 「久しぶり、元気だった?」の社交辞令をすっ飛ばし、「おなかすいた~」と言いながら隣を歩いているのは――。


 読者のみなさん、お待たせしました。コオロギ――神路祇こうろぎ――の登場だ!


 コオロギはシャツの上に薄手のカーディガンを羽織り、黒のパンツというビジネスカジュアルで黒髪を後ろに束ねている。日本人には少ない彫りの深い顔立ちで、眼鏡をかけていてもわかる大きな目と長いまつげをしているからエキゾチックな雰囲気がある。


 背筋が伸びてりんとした姿は自然と目を引き、良く通る声は顔に合っていて、たいていの人はコオロギを見るとクールな美人と思うだろう。


 認めよう。

 コオロギは美人だ。美人だけど……美人なのに!


 『天は二物を与えず』という言葉が当てはまるのがコオロギで、もったいない――失礼、ユニークすぎるやつなんだ。


 コオロギはノートパソコンが入るサイズの黒のショルダーバッグを斜めに掛けて背に回し、人なつこい笑顔を見せている。笑顔にどきっとするけど男友達と変わらない口調で話し、いたずらを仕掛けることもある外見と中身性格が一致しない美人だ。


 最もユニークなところは、姿の見えないアヤカシたぐいから腕を引っぱられるラブコールを受けたり、何もない所から花の香りや獣のニオイを感知する異能があるところだろう。


 ホラーやオカルト系の出来事が日常となりつつある、このエキゾチックな美人が俺のホラー小説のもとになる奇談の語りだ。


 コオロギとの付き合いは数年になるけど、再会したときは毎回ギャップの修正に手間取る。中身は小学生男子とわかっていてもエキゾチックな美人になつこい顔で見られると、どきっとするんだ。



 こほんっ。



 前に有休を取って東京に来たときも一緒にランチをした。

 そのときはコオロギが店を決めたが、任せるとまた同じ店になることは予測できる。だから今回は俺がチョイスしておくと言っておいた。


 オフィス街は人が集まるから飲食店の数は多い。

 人の数に比例するかのようにレストランやカフェ、ファストフードはたくさんあり居酒屋ももちろんある。


 居酒屋は仕事帰りに立ち寄る店と思われがちだ。

 ところがランチ営業している店がわりとあり、付近で働くビジネスパーソンにはありがたい存在となっている。向かっている店も11時から15時までランチタイム営業しているんだ。



「紫桃、ランチメニューには何があるんだ?」



 久しぶりに会ったというのに、まるでいつも顔を合わせているような会話だ。

 この食いしん坊め! でも変わらないところが安心する。



「店のWebサイト見たけど定食がいくつかあるらしい」


「定食! チキン南蛮定食はあるかな♪」



 やっぱりな。

 コオロギは飯を食べに行くとチキン南蛮があるか必ずチェックするから、そう言ってくると思ったよ。



「メニューにチキン南蛮はあったから定食にもあるかもな」


「へへっ。あるといいなあ~」



 目をきらきらさせて、にこにこと笑っている。腕の振りからも期待していることが伝わり、ストレートすぎる感情表現に和んでしまう。


 店に向かいながら俺はコオロギの近況を聞く。



「仕事はどんな感じだ?

 派遣先は変わっていないから……たしか校正だよな?」


「仕事は校正のままだよ。校正作業が妙にはまって楽しい」



 あ、目つきが変わった。

 前みたいに『校正愛』を語られてはたまらない! 話題をそらそう!



「仕事は大丈夫みたいだな。社員とはうまくいっている? いい人たちなのか?」


「みんな良くしてくれるよ。たまにね、お菓子をくれるんだ♪」



 派遣先でもお菓子をもらっているのか。周囲がコオロギを可愛がるのは職業訓練を受講していた頃と変わらないな。



「職場環境はどんな感じ? 働いている人は多いのか?」


「自分が所属しているチームは今のところ5名で稼働している。

 校正と編集で分かれていて校正室があるんだ。静かな環境での作業だから集中できる」



 稼働って……。コオロギが言うと機械のことのように聞こえるよ。

 パソコンを使った作業が日常になっているのはわかるけど、人と機械を同じように言うのはよせよな。



「仕事に慣れて先読みできるから楽になったよ」


「時間配分ができるようになったのか」


「時間配分?」


「『先読み』って時間配分のことだろう?」


「違うよ。どこにミスがあるのかアタリをつけられるようになってきた」


「はい?」



 またコオロギが奇妙なことを言ってきた。

 ミスがありそうなところにアタリをつけられるって、どういうことだ?


 コオロギは言葉足らずなことが多くてすぐにはわからない話が多い。詳しく聞きたいところだが居酒屋に着いたので店に入った。


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