✿ 余話 ✿ 霊感はうらやましいが気の毒になる友人の体質


 コオロギは、俺ともりさんに対して「怖い話をする」と宣言した。


 宣言どおりのホラー体験を聞き、すぐ近くに潜む怪異を知ってぞわぞわしている。


 コオロギの隣にいる杜さんが目を大きく開いて固まっているけど、俺も似たような表情をしているだろう。


 俺たちの様子がおかしいことに気づいたコオロギがあわてだした。



「ご、ごめん。怖すぎた?」


「「だ、大丈夫……」」



 ハモった声は二人とも震えている。



「本当に大丈夫?」


「「……大丈夫……」」


「ほ―――ん……。じゃあ、ちょっと席外す――」



 バチィ―――ン!!



 コオロギが掘りごたつから立ち上がると大きな音が鳴った。同時にコオロギから「―――ッ!」と声にならない悲鳴が!



 音の正体は静電気だ。


 俺はコオロギの静電気を見るたびに、こっそり「雷獣」と呼んでいる。

 雷獣は妖怪の雷獣のことではなく、コオロギの静電気体質を指して俺が勝手に呼んでいる。理由は単純で放電がすごすぎるからだ。


 椅子から立ち上がって「バチン」。金属製の棚にふれて「バチン!」。水道の水にふれて「ビリビリ!」。壁にふれて電気を流せばいいと聞き、壁にふれたあとにドアノブにふれて「バチッ!」。


 通説はコオロギには役に立たないらしく、痛がっているところを何度も見ている。

 季節に関係なく静電気の被害に遭うコオロギ。ここまでひどいと電気に好かれているんじゃないかと思ってしまう。


 コオロギはこれまで静電気対策をしてこなかったわけではない。

 俺が静電気を除去するアクセサリーを使ってみたらと薦めたとき、こう話してきた。



 ✿


「キーホルダータイプの静電気除去を買ったことがある。

 スティック状になっていて電気を感知したら光るやつだよ」


「それ、知ってるぞ。先端でふれて静電気を逃がすというものだろう。

 スティックの反対側に家の鍵や車のキーなどと一緒につけられるように、リングがあるんだよな。俺は車のキーにつけて冬場に使っていたよ」


「たぶん紫桃しとうのと同じタイプの物だと思う。

 購入後、さっそく試してみることにしたんだ。パッケージを開封してキーホルダーを手にしたら、持つ側にあった金属部分にふれて感電した……」


「へ?」


「キーホルダーを使って静電気を逃がす前に、キーホルダーで感電したんだ……」


「…………」



 静電気の痛みから解放されると期待していたら、救ってくれるはずのキーホルダーから電撃を受けたのか……。


 俺に説明したことで当時のことを思い出したコオロギは暗い顔になった。

 気の毒すぎて、俺は言葉をかけることができなかった。


 ✿



 今のコオロギは、そのときと同じ顔をしている……。

 次に会うときは感電しにくい素材の静電気除去アイテムを渡してやろうかな。



「レイちゃんの静電気体質はあいかわらずね!

 静電気をためることができたらお得なのに」



 杜さんがなぐさめるように、コオロギの肩をぽんぽんとたたく。



「ツバメ~~、他人事だと思って!」


「はいはい、ほ~ら、一緒にトイレ行こう」


「子ども扱いするなよ~。自分のほうがお姉さんなんだぞ」


「えぇ!?」



 嘘だろう!? 杜さんはコオロギより年下なのかよ!

 はきはきとしているし、迫力があるから年上と思っていたのに!



「何よ」


「な、なんでもないです……」



 二人は連れ立って席を外した。

 杜さんが歩きながらコオロギに何か話している。しょぼんとしていた顔にだんだん明るさが戻ってきている。……よかった。



 思えばコオロギは気の毒な体質をしてる。



 コオロギは肌が弱い。

 太陽が照る中にいると肌が露出している部分がかゆくなったり、赤く日焼けして熱を持ってしまう。長時間、日差しを浴びると湿疹ができたり、小さな水ぶくれができてしまうこともあるのだとか。


 コオロギは街あるきが好きだが、肌が弱いという体質上、まだ光が弱い早朝に家を出て、午前中で切り上げることが多いらしい。外出に制限があるから気の毒になってしまう。


 もちろん外に出る場合は完全防備している。

 UVカット仕様の長袖にズボン、手袋は必須。つばの大きな帽子をかぶり、露出している肌は日焼け止めでガードする。冬はいいけど暑い日にこのスタイルはできないから夏に出かけることは少ない。


 日差しを苦手とするコオロギを見ていると、映画で登場する「吸血鬼」が思い浮かぶ。


 吸血鬼は人を襲う恐ろしいモンスターだが、弱点があって太陽の光が当たると灰になってしまう。見た目が人のような吸血鬼モンスターは、コオロギみたいに日光過敏症の体質をモデルにしたのかな。



 コオロギの行動パターンを知ると、幽霊や妖怪などのアヤカシたぐいが闇夜や暗がりに現れるシーンが想像しづらくなった。


 だってそうだろう?

 俺が聞いてきたコオロギの体験が証明しているんだ。


 アヤカシに好かれるコオロギは、ちょくちょくラブコールを受ける。

 たとえば、歩いていたらナニカが足にまとわりついてきたり、電車で読書中に腕を引っぱられたりなど、相手はなかなか積極的だ。


 そんなアヤカシたちは、コオロギが行動しているときにアプローチしなければならない。そうなるとほとんどが昼間になる。


 コオロギの体験を聞かなければ、アヤカシは暗い所を好み、夜に強い力を発揮すると思っていたが、そんなことはなさそうだ。映画や小説などの創作と現実は違うと思い知ったよ。



 コオロギは肌が弱い体質にくわえて、アヤカシに好かれやすい体質も持ち合わせている。そんなコオロギは暑い夏でも長袖を着て肌の露出を避けている。


 日光を浴びないことが主な目的だけど、肌を出したがらない理由ワケがもう一つあるんだ。


 肌を出したくない理由――それは、

 ふれてくるアヤカシの感触を知りたくないから。


 コオロギは視る異能はあまり強くないようで、アヤカシの姿は見えないことが多い。でもアヤカシが体にふれたときの「感触」はわかるという。


 肌が露出していると、ふれてきたアヤカシの肌感を直接感じることになる――それが嫌だから肌を出さないようにしていると言っていた。


 アヤカシに感触があるなんて、ゼロ感の俺からは決して出てこない台詞せりふだ。


 異能をもつコオロギを通して知りえない世界を見ることができる。

 久しぶりに会ったコオロギから奇妙な体験をいくつか聞いた。ほかにどんな話が聞けるのかなと、まだ続く夜にわくわくしている。


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