17 霊感がある人には「あるある」? 電子機器と相性が悪い


「レイちゃんって、本当に方向音痴だよね」


「そんなことはないよ」


「認めなさいよ」


「あ、あのときはツバメが一緒だから道を覚える必要がなかったんだよ」



 俺――紫桃しとう――は有給休暇を取って東京に来ている。


 霊感がある友人・コオロギ――神路祇こうろぎ――と会う約束をし、食事で釣ってホラー小説のネタとなる奇談を引き出す計画をしていた。二人きりで会う予定をしていたけど、アクシデントが発生して「三人目」がいる。


 三人目はコオロギのイトコのもりさんだ。


 杜さんはコンサートに参加するため有休を取り、九州から東京に来ている。コオロギを驚かそうと東京に来ていることを内緒にしていたため、俺の約束とバッティングすることになり、三人で食事をしている――という状況だ。


 ホラーやオカルト系の話が嫌いな人もいるので、奇談を話題にするのはやめにし、計画が中止になったことにがっかりしていた。ところが意外なことに杜さんはホラー系に抵抗がないどころか関心があるようで、コオロギから積極的に話を聞いているようだ。


 俺の向かいの席に二人が並んで座った。

 いつもだと俺が誘導してコオロギから奇談を引き出すけど、杜さんが代わりに聞きだしてくれている。俺はおとなしく女子トークに耳を傾けることにする。



「レイちゃんは街あるきや旅行をしているでしょ、方向音痴なのに大丈夫なの?」


「地図が読めるから大丈夫だよ。

 ツバメは誤解しているぞ。ちゃんと目的地に着いてるし、家にも帰れているから方向音痴じゃない」



 どうやら方向音痴のことでもめているようだけど……。



「紫桃! ツバメに教えてやってよ。自分は方向音痴じゃないって」


「え?」


「ほら、紫桃!」


「コオロギ、俺は嘘はつけない。

 地下街に入るとすぐ方向感覚をなくすし、待ち合わせの場所にたどり着けてないこともあっただろう」


「ぐっ」


「ほ~ら、やっぱり方向音痴じゃない。ごちゃごちゃしている東京でよく生活できるよね」


「人に聞けば教えてくれるから問題ないよ」


「私が道を聞こうとしたら無視されたわよ」


「それは聞く人を間違えたんだよ」


「東京だと人を選んで道を聞かないといけないの?」


「ビジネスパーソンだと仕事中の場合がある。

 会う約束をしていて向かっている最中だと余裕がないときが多い。移動中に声をかけられたら『急いでいて聞こえていません』というふりをするんだって。

 女性だと自衛していることがある。

 知らない人が声をかけてきそうな素振りに気づいたら、接触しないようにその場を離れたり、警戒して無視したりすることもある」


「まあ、冷たいわ!」


「そうじゃないよ。忙しさからゆとりがなくて警戒心が強いんだと思う。

 東京にいる人たちはほとんどが地方出身だ。地理に詳しいとは限らないし、もしかしたら東京に着いたばかりで土地勘がまったくない人かもしれない。あまり知らない街の道を聞かれても答えられないよ。

 また周りは知らない人たちばかりで気心の知れた地元とは異なる。いきなり知らない人から声をかけられたら驚くし、用心するだろう?」


「そう、ね……。それなら誰に道を聞けばいいの?」


「自分なら警官か駅員に聞くよ。

 交番なら地図があるからわかりやすいんだ。駅員さんは電車関係に強い。乗り換えの電車や出入り口、駅周辺のことを知っていたりする」


「なるほど~。次から私もそうするわ。

 でも今だとスマホの地図アプリがあるから人に聞く必要はないものね。尋ねなくてもよかったかも」


「…………」



 チューハイを飲んでいたコオロギの手が止まり、しょぼんとなった。

 急に黙りこんで暗くなったコオロギに気づいて杜さんがのぞきこむように見る。


 話の流れからぴんときて、俺は杜さんに説明することにした。



「杜さん、コオロギはナビ系と相性がよくないみたいです。

 カーナビやスマホの地図アプリを使うと、途中から動かなくなったり、別の場所へ案内されていたこともあったから信用できないらしくて――」


「ええ!? レイちゃん、まだ直ってなかったの?」



 はい……?

 なんだ『直ってない』って……。


 俺の話を遮って出た杜さんの台詞せりふの意味がよくわからない。

 頭上に疑問符が浮かんでいたのか、杜さんは仕方がないという表情で説明をしてくれた。



「レイちゃんはむかしから機械と相性が悪いの。

 アナログ時計の時間がだんだん遅れていくのは珍しくないわ。でもレイちゃんの場合は時計の針が進む。なんでって思っちゃうわ。

 カーナビの誤作動は一緒に旅していたときに見たことがあったわ。そのときは機械の故障と思っていたけど……。機械との相性の悪さは直ってなかったのね」



 やれやれという顔をして杜さんはコオロギに視線を移す。しょぼんとしていたのが、ふてくされたような顔になっていて、本当のことだから反論できないようだ。


 杜さんの話には引っかかる部分があり、気になった俺は質問してみる。



「杜さん、時間が遅れるんじゃなくて時計の針が進むんですか?」


「レイちゃんがいつもしている腕時計があるでしょ。あの時計は光で動くから電池交換の必要はないわ。メンテナンスフリーの製品なのに時間が狂っちゃうんだから」



 時計の時間が遅れるのは、電池の消耗や時計内部のパーツの経年劣化が原因の場合が多いから驚かない。でも早まるのはなぜだ!?


 機械の動力源は電気。もしかしてコオロギの静電気体質が影響しているのか?

 気になった俺はスマホでネット検索してみた。


 ネットの中から有力なWebサイトを見つけた。どうやら磁気を帯びてしまうと時計の「時間が進む」症例があるらしい。


 時計の時間が狂ってしまう理由がわかってすっきりし、スマホから目を上げると怪訝けげんな顔をした杜さんの独り言が耳に入った。



「腕時計だけ時間がおかしくなるなら驚かないわ。

 レイちゃんの場合は、置き時計と腕時計がほぼ同じ時間早くなっているのが奇妙なのよ……」



 別々の時計がほぼ同じ時間早くなっている!?


 腕時計と置き時計では用途が異なる。

 常に同じ位置にある置き時計と身につけている腕時計では、環境が変わるから同じ症状にはなりにくいはずだ。それなのに同じ時間で狂ってしまうなんて……。


 ノートパソコンやスマートフォン、電子レンジなど磁気を発している機械は身の回りにけっこうある。それらが時計の時間を狂わせている原因だと思うけど、異能をもつコオロギだから想像してしまう。


 コオロギよ、キミは強力な磁気でも発しているのか……?


 磁気を発する人間なんて、小説や漫画、映画で存在するものだけど――


 俺は子どもの頃に見た超人が登場する映画を思い出していた。

 連動して頭の中で劇場が開幕し、スクリーンに俺が想像する映画が流れ始める。


 静電気を自在に操ってアヤカシを電撃で弾き飛ばすコオロギ。そして磁気も自在に操り――おっと、怪獣ゴジラの登場曲が流れてきたぞ。


 これ以上の想像は、あまりにも突飛なので俺の胸の内にしまっておこう。


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