18 これは使える? 地図から意外なモノが探せるかも


「レイちゃんはまたチューハイ?」


「うん」


「ビールが飲めないんでしょ」


「苦手なだけだよ」


「まぁた~。飲めないくせに。味覚がお子ちゃまよねぇ」



 女性二人が前にいて、きゃっきゃっと戯れている。

 飲み会といえば一人暮らしの男の部屋に酒とつまみを持ちこんで、男だけで飲むことが続いていたから和むなあ。



 俺――紫桃しとう――は居酒屋でビールを飲んでいる。


 有給休暇を取って上京しており、霊感がある友人・コオロギ――神路祇こうろぎ――に会って食事をしながら奇談を聞く計画をしていた。


 二人だけの想定だったけど、コンサートを観るため東京に来ていたコオロギのイトコ・もりさんと合流し、三人で食事をしている。


 杜さんは正直怖い。

 不良っぽく見える外見はコンサート参加の衣装とわかっている。それより時おり俺に向けてくる敵意のある視線のほうが怖い。


 男の俺が女性のコオロギを二人きりの食事に誘ったことに対して警戒しているのが、びしびしと伝わってくる。


 杜さんが心配するようなことは……ない……んだけどなあ。


 俺にはおっかない存在だけど、コオロギと話している杜さんはやわらかい表情になる。


「レイちゃんは物持ちがいいよね。

 その腕時計は学生だったときからずっとしているでしょ?」


「これは水深200メートルまでの防水機能があって海でも使える。頑丈な時計だから長持ちしているんだよ」


「えっ!? コオロギは海へ行くのか?」


「海は好きだぞ」


「レイちゃんはシュノーケルがうまいのよ」


「えぇ!?」



 肌が敏感ですぐに日焼けするコオロギがシュノーケルをするなんて想像できないぞ。


 ん? でもコオロギはアウトドア派だ。おかしくはないか……。


 納得すると、ほわんと海のイメージが浮かんできた。

 よく晴れた青空に白い雲。海は透き通ったオーシャングリーンでとても美しくて――



「まだ服を着たまま泳ぐの?」



 はい―――!?

 杜さん、今、なんて言ったぁ!?


 水着姿のコオロギが登場する前に、衝撃的な言葉が耳に入って俺の妄想タイムは強制終了!


 現実に引き戻されて話を続けている二人を見る。



「当然だよ。ロングTシャツに下はジャージ、手袋は必須だ。

 自然の中でも海はとくに危険。肌を露出させないようにするのは重要だよ」



 まてまて! 長袖にジャージだと!?

 それって陸上と同じじゃないか!


 コオロギが語る内容コトが奇想天外すぎて口を出さずにはいられない。



「コオロギ、服を着たまま海へ入るなんて、危険じゃないのか!?」


「海は真水より浮力があるから平気だよ。

 自分は潜ることだってできるんだぞ」


「えっ!?」


「レイちゃんは2時間くらい平気でシュノーケルするわよ」


「 !? 」



 またしても俺の常識をぶち壊したコオロギ。

 俺の人生では泳ぐときは海パンに着替えるなど、ちゃんと「泳ぐ格好」で水へ入るぞ。


 コオロギは自慢げな顔をしているけど、服を着たまま泳げるなんて、ふつうのことなのか!?


 俺だけでなく読者の方も経験したことがあると思うが、雨にぬれると服は水を吸収して重くなる。服を着たままだと泳ぎにくいんじゃないのか? それに袖や裾など余計な部分が動くときに邪魔になるんじゃないのか?


 俺の認識が間違っているのか、コオロギが変わっているのか……。


 疑問がわきでている俺をよそに、コオロギと杜さんは話を続ける。



「海に時計は必要ないんじゃない?」


「絶対、必要だよ。

 潮の干満かんまん時間がわからないと危ないから」


「『かんまん』って?」


「干潮と満潮。潮の満ち引きだよ。

 潮の流れが変わると泳ぎに影響することもある。知っておかないと事故につながることがあるからね」


「だから海でも使える腕時計にしたの?」


「うん。陸からそのまま海に入れるし、防水機能があるから潜っても支障はない。光充電で電池切れになることもないから頼れる存在だよ」


「あいかわらず機能重視ねぇ。

 レイちゃんは地図を読むこともできるし、一緒に旅をするときは心強いわ」



 地図の話がでた途端にコオロギの目がきらきらと輝きだした。


 あれ? このパターン、どこかで見たことがあるな……。



「地図は便利だぞ!

 自分が行きたい場所はネット上に情報が少ない。だからネットで探すより地図を見たほうが早い。地図記号を見れば何があるのかがすぐにわかるんだ」


「地図記号?」


「学校の授業で『畑』の記号とか『市役所』などの地図記号を習ったはずだよ」


「あんなの旅にはあまり役に立たないじゃない」


「そんなことはないぞ。

 自分の場合、旅の目的地は『灯台』に『城跡』、『史跡・名勝・天然記念物』が多い。どこにあるのかは地図に書かれている記号を探せばすぐに見つかる」


「そうなの?」


「記号の意味を知っていれば探したい場所をピンポイントで見つけられる。かなり便利な旅ツールだよ」


「知らなかったわ」


「よく使うのは国土地理院のネット地図! 国土地理院のは面白いぞ!

 ふつうの地図だけじゃなく、白地図に写真タイプなどいろいろある。それに時系列で表示できる機能もあって、むかしの様子を知ることもできるんだ!

 街あるきをするときも活用している。広域地図から詳細地図まであって――」



 思い出した!

 コオロギのきらきらとしたあの目は、「校正愛」を語るときと一緒だ!

 「地図愛」語りがしばらく続くかもしれない……。



「自分が行きたい場所は観光用の地図には載っていないことが多い。だから道路地図や国土地理院のような地図を使うんだ。

 史跡や名勝の地図記号がついている場所の中には、心霊スポットになっているところもあるんだぞ」


「「えっ!?」」



 俺と杜さんの声がハモった。どうやら同じところで驚いたみたいだ。

 引っかかったワードが流されてしまう前に、俺はコオロギに質問を投げる。



「コオロギ、なんで『心霊スポット』がでてくるんだ?」


「地図記号を頼りにあちこち訪れてきたけど、あとになって心霊スポットと知った場所がけっこうあった。

 思うに、貝塚や古墳などの『史跡』は後世に伝える価値がある場所だ。歴史が受け継がれていく場所は記録されて人の記憶に残りやすい。そんなところでホラーやオカルト系の噂が立つと、印象が強い出来事として記憶に残る。

 誰かに場所を話すときに尾ひれがつき、次第に怪談がつくられていって、完成された物語ホラーが語り継がれているんじゃないかな」



 俺にとって地図は目的地に到着するための道具でしかなかった。その認識が少し変わった。


 地図にはいろんな記号が載っている。

 記号の意味を読みとり、土地を調べてみると知らなかった歴史を学べるかもしれない。そして訪れてみると――ふしぎな出合いがあるかもしれない。






――――――――――

【参考】

✎ ネットより


国土地理院:

 国(日本)の地図作製をしている国土交通省の特別機関。


史跡:

 文化財保護法では、貝塚・古墳・都城跡・城跡・旧宅・その他の遺跡で、歴史上または学術上価値の高いもののうち重要なものとされている。

(文化庁のサイトより抜粋)


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