16 霊感のある友人が恐れる「神隠し」


「痛い~」



 いい大人が涙目でつねられたほおをさすっている。

 思っていたより強くつねられたみたいでピンクになっている。

 なんか気の毒になってきた。



 有給休暇で東京に来ている俺――紫桃しとう――は、友人・コオロギ――神路祇こうろぎ――とそのイトコ・もりさんの三人で居酒屋にいる。

 コオロギと二人で食事する予定が三人になり、はじめはショックだったけど意外と楽しい。


 コオロギとの付き合いは、俺がまだ東京に住んでいたときに職業訓練に通ったことがきっかけだ。同じ訓練を受講することになり、クラスメートとして知り合った。


 知り合ってから数年来の友人関係が続いているけど、杜さんは俺の知らないコオロギを知っている。


 ん……? あれ?

 杜さんに対してうらやましいって気持ちがある。

 イラつく感じもある……?


 なんだ? この気持ちは……。


 俺がもやもやしている最中も、コオロギと杜さんの会話は続いている。



「二人とも怖がりなのは本当のことだろう!」


「私は怖がりなんかじゃないわ」


「本当のことなのに! 証明してやる!」


「あら~? レイちゃんが怖い話をしてくれるの?」


「そうだよ」


「できるかしら~?」



 うまいな。

 自分から奇談を語りたがらないコオロギを挑発して語らせるように仕向けている。

 俺だって杜さんには負けられないっ!



「コオロギ、俺は怖がりなんかじゃない。勝手に思いこむなよ」


「紫桃も認めないのか。

 よおし! じゃあ二人とも覚悟はいいな!」


「いいわよ」「いいぞ」



 杜さんは不敵な表情を浮かべている。

 おそらく俺も似たような感じだろう。


 曲がりなりにもホラーを書いている作家だ!

 ホラーには受けて立ってやる。さあ、来い!


 コオロギは挑戦的な目をしている。

 杜さんと俺に視線を移していき、意思を確かめると口を開いた。



「中学――いや、高校生だったかもしれない。

 自分がまだ実家にいたときのことだ――」



 ✿


 犬を飼っていて父が毎日散歩をさせていた。


 父は帰宅してしばらく休んだあとに犬の散歩に出るのを日課にしている。散歩コースはいくつかあり、そのうちの一つに公園があった。


 犬の散歩もあるけど公園コースには別の目的もあった。

 公園には運動場があり、小中学生が部活動で使用している。日が暮れてもしばらく照明がついているから明るくて運動しやすい。そのためウォーキングやランニングする利用者がいて、父もその一人だった。


 ふだん父は一人で犬の散歩に出かけるが、暇だったので自分も散歩に付き合った。


 公園に着くと、父は犬を近くにつないでから運動場でランニングを始めるらしい。でも今日は自分がいるので犬を預けていった。そこで犬と一緒に園内を散策することにした。


 アスファルト舗装された散策路を歩く。

 公園は高台にある小さな森を切り開いてつくったような感じだ。駐車場や階段、散策路には街灯が立っていて真っ暗ではないが、奥の雑木林には暗闇が広がっている。


 闇をまとう雑木林は不気味だが、何度も来ている公園だから慣れている。新鮮味はないから何も考えず、ただ道に沿って歩いていた。


 先のほうに階段が見えたので視線がいき、そのまま周りへ目をやる。

 アスレチックやすべり台などの遊具が設置されている広場があって、遊具の向こうは木々が茂っている。雑木林に目がいくと足が止まった。


 林が気になる……。


 雑木林を見るけど何かあるわけではない。木や雑草が茂っていて、奥には暗がりがあるだけだ。


 気になる……。


 何が気になるんだろう……。


 理由がわからず、気になる原因を探っていたら歩き出していて、そのまま雑木林へ足を踏み入れた。


 なんで気になるんだろうと疑問に思いながら、どんどん奥へと進んでいく。

 雑木林の中を進むにつれて街灯の明かりが届かなくなり、辺りの闇が濃くなる。


 木の枝や伸びた雑草が体に引っかかり、歩きにくいにもかかわらず、すたすたと足が進む。


 林の中を数メートル入ったところで、ふと足が止まった。

 何をするでもなく、何が気になるんだろうと考えながら突っ立っている。


 ぼんやりとしていたら犬がリードを引いた。

 その拍子に『こんな所で自分は何やってんだ!?』と急に意識が鮮明になった。


 立っている場所は明かりがないから暗く、数メートル先は闇だ。

 ぞわっと背筋が寒くなり、『すぐにここから離れないと危険だ!』と直感して来た道を戻ることにした。


 足元はなんとか見えるけど視野が狭くて危険だ。

 早く出たいとあせるが転ばないように用心して進む。雑木林の先に見えている明かりを目指して歩き続け、無事に林を出た。


 雑木林を出て少し先へ行ったところでふり向いた。

 うっそうとした木々が立っていて、ひざの高さまで雑草が茂っている。こんな場所ところに自分は居たのかと思うと、ぞくっとして逃げるように人がいる運動場へ向かった。


 運動場に着いたら、ほっとした。

 野球をしている人たちや、ウォーキングにランニングをしている人もいる。明るい所に来て人の姿を見たことで安全だと思えた。


 気持ちが落ちついた頃、さっき体験した出来事を整理していった。


 雑木林は蚊や毒ヘビなどがいる危険な場所だ。ふだんなら昼間でも立ち入らない。

 それなのに明かりも持たず、躊躇することもなく暗がりを進んでいった。


 異常な状況なのに変とも思わず、怖いという感情もない。ただ歩いていた――


 ✿



 コオロギは伏し目で思い出すように語っていたが話すのをやめて、俺と杜さんを交互に見る。少しの沈黙のあとに口を開いた。



「自分の意思とは関係なく、勝手に行動する不可解な現象――。

 祖父母が『日が暮れると神隠しにあうから気をつけなさい』と話していたことを思い出したよ」


「地元では神隠しにあったという民話がけっこう残っている。

 急に姿を消して、そのまま行方不明になっている人。発見されたけど正気を失っていて元に戻ることなく病院に通っている人。見つかったけど行方不明だった間の記憶がなくなっている人など、不可解な出来事は珍しくなかったみたい。

 神隠しはアヤカシのしわざで、魂を取られるから変になると、噂されている」


「自分は『神隠し』は、人がなんらかの事件を起こして巻きこまれてしまった出来事の言い換えだと考えてきた。ところが公園で体験したことで意識が変わった。

 あの体験は他人ひとにそそのかされたわけではなく、夢を見ていたわけでもない。

 置かれている状況が異常だとわかっているのに、まるで他人事で映画を観ているような状態に近いんだ。

 自分の意思で行動しているとは思えなくて、得体のしれないナニカに操られているといったほうがしっくりくる感じだった」


「怖いところは……異常な状況下に気づいていても、『危険』とも『怖い』とも思わない、理性や感情が働かなかったことなんだ。

 あの時、犬がリードを引いてくれなかったら、ずっと林の中に居続けていたかもしれない」


「この世界には自分でコントロールできない奇妙なモノゴトがあるかもしれない。それもすぐ身近なところに……。

 突然、怪異に引きこまれる可能性があると知ってからは、闇には用心するようになった。それに怪異が起きている場所や、アヤカシたぐいがいると噂される所にはなるべく近寄らないようにしている」



 話し終えたコオロギは、グラスに残っていたチューハイを一気に飲み干した。

 お店のスタッフに、「すみません」と声をかけるとチューハイを注文した。


 俺はというと、予想してなかった奇談に思考がついていけず、グラスを握って硬直したままコオロギを見ていた。






――――――――――

【参考】

✎ ネットより


神隠し:

 突然、人が行方不明になる事象のこと。



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