15 心霊スポットに行ってきた。結果は……?


 玉子がころんと転がる。


 箸でうまくつかめず、おでんの玉子がまた転がる。


 おっ、うまくつかまえた。今度はいけそうか?


 あ……。



「ふふふっ」


「むうっ!」


「「あっ!」」



 ついに箸を使うのをあきらめて、串で玉子の動きを止めた。

 そこへ箸で半分にして口に放りこんだ。


 やっと食べれたな。

 あまりにも不器用すぎるから代わりに俺が取ってやろうかと思ったよ。



 俺――紫桃しとう――は友人のコオロギ――神路祇こうろぎ――、そしてコオロギのイトコ・もりさんと居酒屋にいる。


 箸の持ち方はきれいだけど、うまく使いこなしていないコオロギは、おでんの玉子を食べるために2分近く格闘していた。



「レイちゃん、誰も取らないからゆっくり食べてよ(笑い)」



 玉子を口に放りこんだのはいいけど、コオロギは猫舌だから苦戦している。そんな姿に和みながら料理と酒を楽しんでいる。


 コオロギは腹が落ちついたようで食べるのをやめた。くつろいで杜さんを見ている。気づいた杜さんが向くと、にこにこと楽しそうな表情で言った。



「ツバメが隣にいると、一緒に旅していた学生時代を思い出す」



 言い終わると今度は俺のほうを向いた。



「紫桃がいると職業訓練時代を思い出す。授業のあと、よく居酒屋に行ったなあ」



 とてもうれしそうに笑うので、どきんとなった。

 コオロギは杜さんと俺を交互に見ながら話を続ける。



「仕事してると互いの都合が合わなくて会いにくくなるじゃん。それなのに二人同時に会えるなんて、とてもうれしい」



 コオロギは思いを素直に伝えてくる。俺だと恥ずかしくて言えない台詞せりふを急に言われたものだから照れくさい。視線をそらしたら、うれしそうな顔をしている杜さんの姿が目に入った。


 目が合うと、緩んでいた表情を戻してそっぽを向いた。

 ちょっと気まずい感じがしたから俺は話を切りだした。



「職訓のクラスメートと居酒屋へ行ったとき、コオロギが『鬼面』を視た話をしたな。あれは怖かった。ほかにも何か視たことはあるのか?」


「変なモノを視ることは本当にまれだよ」


「そういや、心霊スポットに行っても何も見えなかったって言っていたもんな」


「ちょっと!」


「え?」


「何その話!」


「しょ、職業訓練に通っていたときに、コオロギから聞いた話ですけど……」



 なんなんだよ、杜さんのこの迫力は!

 なぜか敬語になってしまうぞ。



「ふうん……。面白そうじゃない。どんな話なのか教えてよ」



 にらんでいる杜さんが怖い!

 これは疑問をもたずに従うのが得策だ。



「えっ……と、俺とコオロギは同じ職業訓練を受けてました。

 クラスメートは年配の方が多く、コオロギのことをよく面倒見ていました。コオロギが東京へ来たばかりということもあって、週末に一緒に出かけようと誘うこともあり、行った先が心霊スポットのときがあったんです――」



 ✿


 「有名な城跡があるから見に行かない?」と職訓のクラスメートに誘われた。


 開発が進んでいる東京に城跡が残っていることが意外で驚いた。だから二つ返事で週末に出かけることになった。


 城跡は新鮮だった。

 これまで街あるきしてきた東京は建物や人がひしめいていた。ところが城跡は緑に囲まれた場所にあり、田舎の山中と変わらない。初めて東京にも自然豊かな面があることを知った。


 城跡には散策路が設けられ、見学しやすいように整備されている。リーフレットもあったので見ながら回った。


 散策できるようになっているが立派な城があるわけではないから、歴史や史跡に興味がなければ物足りないかもしれない。それでも人がまばらにいて人気があることはわかった。


 見どころをすべて回り終えたら、そのまま城跡を後にした――



「東京なのに自然が豊かな場所にあったから驚いたよ。

 立派な城が再現されているのを想像してたけど、そうではなくて遺構を保存しているといった感じだった。

 城跡自体はあまり印象に残らなかったけど東京の意外な面が見れて面白かったよ」


 休み明けにコオロギが感想を言ってきたが、「城跡」と聞いた時点で俺は嫌な感じがしていた。


 コオロギが話し終わってから、城跡の正式名称と場所を聞いてみた。思っていたとおり、そこは東京の中でも有名な心霊スポットだった。


 ✿



「コオロギにその城跡は有名な心霊スポットだと教えたけど、『そうなのか? ふつうの史跡としか思わなかった』と返ってきました。

 ネット検索するとすぐに出てくるくらい有名で、幽霊を視た人がたくさんいることを伝えても、『何も見なかったし、変なこともなかったよ?』とあっけらかんとしていましたよ」



 俺が話し終えると、杜さんは物足りない顔をしていた。

 少ししてコオロギへ視線を移して質問を投げかけた。



「レイちゃん、本当に何も見なかったの?」


「ただの史跡だよ~。

 文化財や史跡など古いものが好きで、これまでいろいろな場所を訪れている。心霊スポットと気づかずに訪れた所もあったけど何も見えないよ」


「ふしぎだわ。レイちゃんは霊感があるのに、なぜ見えないのかしら?」


「心霊スポットって知らなかったし、昼間に訪れたからね」


「何か関係があるの?」


「自分が思うに、先入観から怪異ととらえてしまうことがあるんじゃないかな?」


「どういうことなの?」


「『心霊スポット』と知っていたら想像力が強く働く。

 木の模様を人ととらえたり、影の動きが得体のしれないモノに見えたりすることもある。

 それに心霊スポットを訪れる時間帯はだいたい夜だろう?

 暗いと恐怖心が増すから間違える確率が高くなりそうだよ。たとえば、葉がこすれる音が人のささやく声に聞こえたり、影が幽霊に見えたりとか」


「たしかに夜ははっきり見えないからありえることだわ。

 でもたくさんの人たちが幽霊を視たから心霊スポットなんでしょう?

 全員が間違えたりするかしら?」


「怪異は人の恐怖から生まれるから、なんとも言えない。

 怖いと思った瞬間から怪異は始まっているからね」



 おっと、コオロギの解説がいきなり抽象的になったぞ。

 わかりにくくなりそうだ。ここは俺が……。



「難しいな。コオロギ、もっとわかりやすく教えてくれないか?」


「怪談を聞いているときにグラスが割れる音がしたら、『アヤカシのしわざか!?』ととっさに思う。でもふだんなら違うはずだ。

 『誰かがグラスを落とした』とか『不安定な場所に置いていたのが落ちたのか?』と思うだけで、アヤカシなんて思い浮かばないはずだよ」


「「なるほど」」


「そして一度『怖い』と思ったら連鎖するんだ。

 ふだん聞かない物音がして怖いと思うと、『何か起きるかもしれない』と期待に近い思考になる。そこで再び物音がしたら『ナニカがいる』と結びついてしまうんだ。

 恐怖心がない場合は、バランスが崩れて物が倒れた音、室外にある物が風などで動いた拍子に出た音と冷静に分析できる。ところが恐怖心があると、怖いと思う方向へ思考が流れやすくなるんだよ」


「「なるほど~~」」


「だいたいは勘違いと思うけど、『怪異はない』と完全に否定はしない。

 昼と違って夜は世界が変わるから」


「「どういう意味?」」


「『昼と夜が移り変わる逢魔時おおまがどきからアヤカシが出やすくなる。夜はよくないから出歩くもんじゃない』と、じいちゃんとばあちゃんがよく言っていた。

 むかしから言われ続けている言葉コトには重みがある。夜は昼とは違うナニカがあるんじゃないかな」


「「…………」」



 俺と杜さんは似ているところがあるようで、コオロギが説明してる最中に何度も声がハモっていた。

 目が合うし、なんだか気まずいから嫌だなと思っていたけど、今は何か言ってほしい。


 霊感のあるコオロギが『ナニカがある』と言うと、アヤカシが近くにいるようで怖い。

 この気味悪い雰囲気を破る話題を出してくれないかな。


 期待して待っていたらコオロギの声が聞こえた。



「ツバメと紫桃は怖がりなのに怖い話を聞きたがる。……なんか似てるな」


「「怖がりじゃない!」」



 また…… ハモってしまった。



「ほら、似てる―――!」



 コオロギは笑いだした。とても楽しそうに。


 くっ、なんか悔しいな。


 あ……。杜さんがコオロギのほおをつねった。


 よし、もっとやれ! 俺の分も!






――――――――――

【参考】

✎ ネットより


逢魔時:

 「おおまがどき」「おうまがとき」とも言い、漢字の書き方も「逢魔時」「逢魔が時」「大禍時」などがある。

 昼と夜が入れ替わる時間帯のことを指し、アヤカシに遭いやすい時間といわれていたり、災いが起こる時間といわれている。


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