04 耳元で幽霊にささやかれたのに、なぜビビらない!?
俺は一介のビジネスパーソンのはずだ。
それなのに友人と話していると、お笑い芸人または漫才師なのかと錯覚することがある。
俺――
たとえば、買い物帰りに住宅地を歩いていたら姿なきモノに腕を引っ張られたとか、オフィス街で会社に向かっていると上からナニカが降ってきて背中に乗っかられたなど、
コオロギから
でも当人はホラーな経験をしてもナンパお断り程度にとらえてて、
コオロギくん、もっと怖がってくれよ……。
キミの腕をつかんだ
俺は体験したのが自分じゃなくてよかったと、ほっとしながら胸の内でコオロギにつっこんでいる。
なんかずれてるコオロギだが、
┄┄┄✎ 紫桃ノート ┄┄┄┄
【怖噺】いきなり幽霊
トイレ 怪異 女性
┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄
「そういや、
「へえ?(珍しいな!)」
居酒屋で好物のチキン南蛮をたらふく食わせ、飲み放題でカクテルを遠慮なく飲むコオロギは満足げだ。
ふだんコオロギは奇談を話したがらないが、満腹とアルコールでご機嫌となっていて、すらすら話してくれる。
飯で釣る作戦は成功だ!
コオロギから見えないところで俺は
さて、と。
俺はこれから語られる恐怖に耐えるべく、身を引き締めて傾聴の体勢をとった。
「仕事していたときのことだ。
作業していたら、ちょっと行き詰まってね。しばらく考えていたけど、いい対処法が浮かんでこない。気分を変えたらアイデアがわくかもと思って、休憩を取ることにしたんだ。
席を立ってオフィスを出てトイレへ向かった。いい方法はないかずっと考えていて、そのまま個室に入った」
ここでいったん話を切った。
コオロギはジントニックの入ったグラスを真剣な
コオロギが話すのをためらうなんて……。
そんなに怖い体験だったのか?
いつもと雰囲気が違うコオロギ。
辺りがさっきより薄暗くなった気がする。それに背中もぞわぞわしている?
急に
コオロギは手元のグラスを見つめたままだ。氷が小さく音を立てるなか、静かな口調で続きを話しだした。
「個室に入るとドアを閉めて鍵をかけた。
すると耳元で『シェィシェィ』と女性のはっきりした声が聴こえたんだ……」
俺は口に含んでいたビールをごぎゅんと変な感じで飲んでしまい、少しむせた。テーブルにグラスを置き、呼吸を整えながらコオロギを見るとうつむいている。
いつもなら
女性の声がしてそのあと、どうなったんだ!?
自然と拳を握り締めていて、どきどきしながらコオロギが話すのを待つ。
「考え事をしてるときに、急に耳元で声が聴こえたから『ぅおっ!?』と驚いて声が出て、反射的に声がしたほうを見た。
目に映るのは仕切り壁だ。狭い個室には自分一人しかいない。
休憩を取った人がトイレに来ていて、その人の声が聴こえたのかもと思い、個室の外の気配を探ることにした。
聞き耳を立ててみるけど、しんとしていて人がいる気配はない。
しばらく様子見していたけど声が聴こえたのは一度きりで、あとは何も起きなかった。……急に声をかけるのはやめてほしいよ」
コオロギはため息をつくと、ジントニックをごくごくと飲み始めた。
ん……?
そのまま飲み続けている。
え……?
「あ、もうないや。すみませーん!」
ジントニックを飲み干したコオロギが手を挙げて店員を呼んだ。
えっ……? ええぇぇ―――!?
それで終わりかよ!?
コオロギは怖かったと青ざめるのではなく
おいおい! ちょっと待てやぁ!!
「コオロギ、怖くなかったのか?」
「怖い? なんで?」
「だって、声がしたのに誰もいなかったんだろう?」
「逆に誰かいたほうが怖いよ。
人がいたってことは、使用中なのに自分が入ってきたことになるんだから」
そう…だな……
人が用を足しているときに乱入すると気まずい……。
いや、そうじゃないだろっ!
「論点がずれてる!
まず! コオロギは
「誰もいなかったから
「次!
「えっと、『シェィシェィ』と聞き取れたよ」
「シェィシェィ?
中国語か? 中国語なら『謝謝』のことかな?
たしか、ありがとうとか感謝みたいな意味だったはず……」
「ふぅん」
コオロギは首を少しだけ横に傾けて俺を見ている。
「なんでそんなに冷静なんだよ。
中国出身の女性の霊から声をかけられたのかもしれないんだぞ?」
「感謝されても困るなあ。
知らないヒトにお礼を言われても理由がわからないから『なんで~?』としか思えないよ」
「それだけ!?
姿なき
「
「はいぃぃ―――!?」
「紫桃だって自分が用を足しているトコをじっと見られるのは嫌だろう?」
それは
嫌だ……。
ああ、嫌だよっ!
じろじろ見られながら用なんて足せるか!
でもな、コオロギ!
ふつうは
握られた俺の拳がテーブルの上でふるふると小さく震えている。
これは恐怖によるものか? それともコオロギに対するプチ怒りか?
とにかく――
ブルドッグを飲んで「おいしい~」と言っているコオロギの頭をぽかんとたたいてやりたい!
✿
「はああぁぁ―――……」
おっと、大きなため息が! 失礼しました。
ノートの内容をWeb小説へ書き写していくうちに当時のことをどんどん思い出していったよ。
姿が見えないナニカから突然、声をかけられた――これは恐ろしい状況のはずだ。
急に声がした! どこから!?
いや、ここには誰もいないはず!?
誰もいない……?
えっ!? それなら姿が見えないモノが居るってこと??
何か危害を加えてくるかもしれない! コワイ、怖い!!
俺なら恐怖でパニックになる。
姿のないモノの声が聴こえたという状況になったら俺だけではなく、ふつうは気が動転するはずだ。
コオロギは恐怖の感情が変だ……。
俺だと非常事態に分類する状況をコオロギは日常の1コマのように語る。
コオロギが体験したことは明らかに異常な状況下にあり、途中までは完全なホラーだ。
流れはホラーだったのに……
恐ろしいホラーになるはずだったのに……
最後はコメディーになっているじゃないか!!
コオロギから聞いた話はありのまま小説として書くとホラーにならない。それに本人がいつもあっけらかんとしているから、読者は俺のことをビビりと思っている気がする。
コオロギよ、キミにはもう少し恐怖心というものをもってほしいぞ。
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