素人作家の “共創”

20 炎にゆられ夜話はじまる


 俺――紫桃しとう――は有給休暇中だ。


 始発に乗って東京へ行き、街あるきのあとは友人と食事をした。久しぶりだからいろんな話をして盛り上がり、あっという間に時間は過ぎてしまった。店を出て、今はビジネスホテルにいる。


 チェックインを済ませ、室内に入るとすぐにベッドへダイブした。


 ふだん車を使っているせいか数時間の歩き通しはしんどい。うつぶせの状態のまま足を使って靴を脱ぎ、足の曲げ伸ばしを交互に続けて疲れをとる。数分もすれば体がほぐれたのでシャワーを浴びた。


 俺は以前、東京に住んでいたから東京ココは知らない土地ではない。それなのに緊張している。時間になったので部屋を出た。


 ホテルの廊下は無機質なドアが並んでいて人の姿はない。さっきまで人であふれていた街にいたから静寂が気味悪い。誰にも会わないままエレベーターに乗りフロアを移動した。


 着いたフロアの廊下も無人だ。ドアにあるプレートを見て目的の部屋を探していく。部屋を見つけ、ノックしようとしたが手が止まる。踏み切れずにいたら、全身がこわばっていることに気づいた。


 変な力が入っていてがちがちだ。両肩を回して体をほぐす。ついでに手もぷらぷらさせてみる。深呼吸をくり返して今度こそノックしようとするが緊張してできない。


 数分の格闘の末、同じホテルに宿泊する友人の部屋をノックした――。



 読者のみなさん、長い回想に付き合ってくれてありがとう。




 俺は友人が泊まる部屋に来ている。


 室内があまりにも寒すぎるので、俺はたまらず「寒すぎないか?」と声にだした。すると異国の衣装を着たエキゾチックな女性が「ほ―――ん?」と間の抜けた返事をしてきた。


 エキゾチックな女性は友人のコオロギ――神路祇こうろぎ――で、ベッドの上であぐらをかいており、前にはろうそくが置かれている。室内は廊下以外の照明が落とされてて薄暗く、ろうそくの明かりが動くたびに壁の濃い影が怪しく踊っている。


 ホテルに来る前に俺とコオロギ、コオロギのイトコのもりさんの三人で食事をしたがあまり話ができなかった。そこで続きはホテルでということになり、俺が二人の部屋を訪れている状態だ。


 杜さんの趣味を押し付けられたコオロギは、アオザイを着ていて化粧もしている。ふだんはすっぴんだからまるで別人だ!



「コオロギ、なんで着替えないんだ?」


「うるさい、紫桃。レイちゃんは目の保養になるからいいのよ」



 このきつい口調の人物が杜さんだ。

 会ったときは「くん」付けで呼んでいたが、怒りにふれて呼び捨てになった。

 年下なのにこの威圧はなんだ!? すごむ顔が怖いんですけど!



「ふふっ。修学旅行みたいだな♪」



 コオロギは楽しそうに言い、ベッドから降りて、ろうそくをテーブルに置くとソファにかけた。百均で見かけるボタン電池式のろうそくがタイミング良く準備されていることにはつっこまないでおく。


 コオロギは、テーブルに置かれたお菓子の中からア○ロをつまむと、ひょいと口に入れると満足そうに笑った。隣に座るコオロギからイチゴの香りがほのかに流れてきて、なぜかどきどきする。俺はごまかすように話を振った。



「修学旅行といえば学校、学校といえば学校の怪談だけど、コオロギのいた学校でも七不思議ってあった?」


「あったかもしれないけど、興味がなかったから全部はわかんないなあ。

 ツバメは?」


「小学校のときはあったわ。

 トイレに女の子がでる、人体模型が動く、肖像画の目が動く……。うーん。あとはなんだったかしら……。

 二宮金次郎像が移動するっていうのもあったわね」


「『二宮金次郎像』の怪談は有名だよね。

 でも自分の通ってた学校にはいなかったぞ」


「俺のところはあった。

 薪を背負って歩きながら読書している銅像はやたらリアルで、小学生のときは動き回ると信じていて銅像が怖かったよ」


「ほ―――ん。自分のところは別の銅像の怪談があったなぁ」


「何それ、面白そう!

 どんな怪談なの? 話して、話して!」


「えぇ~~?」



 俺も興味がある! どんな怪談なのか知りたいぞ!



「コオロギ、頼むっ。話してくれよ。

 二宮金次郎以外の銅像の怪談なんて聞いたことがない。なっ、頼むよ!」


「「お願いっ!!」」



 俺と杜さんの声がハモった。コオロギは「しょうがないな~」と言ってるけど、お願いされたことに気を良くしているのはばればれだ。うれしそうな顔をして話し始めた。



「自分が通っていた学校に二宮金次郎像はなかったけど、近くに偉人の銅像があってね、銅像の所へ行く階段が怪談になっていたんだ」


「ちょ~っと、レイちゃん。

『かいだん』ジョークはやめてよ(笑い)」


「ほん?」



 ぷっ、天然だな(笑い)。

 コオロギが気づいていないことに杜さんがくすくすと笑っている。こういうところに和まされるよなあ。



「ううん、なんでもないわ。続けて」



 ✿


 偉人の像は少し高台にあって、銅像まで行くには二つの階段を上る。


 一つ目は、道路沿いにある入り口から上がって踊り場まで。二つ目は、踊り場から銅像がある広場までの階段だ。


 コンクリート製で中央に金属製の手すりがある階段で設備はいいほうだ。でも周りは雑木林に囲まれていて薄暗い。子どもから見ると、うっそうと木が茂った森の山頂に、銅像がぽつんと立っているようで、とても不気味な場所だ。


 ふだんから人気ひとけのない所で、遊具もないからまったく興味がなかった。でもある日、友達が銅像を見に行こうと誘ってきた。


 誘ってきた理由は単純で怪談の検証。『銅像がある場所の階段の数が、何度数えても違う』という噂を確かめようと、クラスメートに声をかけている。自分も声をかけられ、数名で銅像へ向かうことになった。


 学校から銅像がある場所は子どもの足でも15分もかからないほど近い。


 到着して森を見ると夕暮れが近くて薄暗い。誰もが踏み出せずにいたけど、みんなに声をかけてきた男子が、意を決したように『行こうぜ』と言うと、階段を上り始めた。ほかの子どもは黙ってついていく。


 一段上がるたびに階段の数を数えるようにしていた。頂上の銅像がある広場まで来たら、すぐに階段を下り始める。声に出すとほかの子と混同するので、口には出さずに最後まで数え切った。


 みんな下りきると、『何段だった?』と答え合わせした。すると数に違いがあったんだ。


 階段を上ったときの数は全員そろっていた。でも下ったときの数がばらばらで、一段多く答えた子もいれば、二段多かった子もいた。多いだけでなく、数の少ない子もいたんだ。行きは同じなのに帰りは違う――。


 女子が『キャ―――!!』と悲鳴をあげると、ほかも驚いて声をあげ始めて、ちりぢりになって逃げ去った。


 ✿



 ・・ ・・・


 ん……?


 ・・ ・・・


 あれ……?


 ・・ ・・・


 またかよ!



「「続きは!?」」



 俺と杜さんの声が重なる。コオロギはきょとんとした。

 それから、ふしぎそうな表情をして首を傾けると「終わりだよ?」と言ってきた。



「「えぇ―――!?」」


「なんでそこで終わりなんだ!?」


「そうよ! 気になるじゃない!」


「そんなこと言われても」


「階段の数を確かめに行かなかったのか!?」


「だって小学校低学年の子どもだったんだ。

 家に帰るとアニメが始まっていて、見始めたら銅像を訪れたことなんて忘れた」


「はい―――!?」


「そんなあ! 結局、わからずじまいなの!?」


「うん」


「真相が気になるじゃないか……」



 情景を頭に浮かべて答えを探るも、現場にいたわけじゃないから推測しかできない。謎かけされたのに答えが明かされないなんて消化不良で悶々するぞ!



「階段の数が違った原因はなんとなくわかるぞ」



 コオロギの言葉に俺は気持ちが高ぶり、作業デスクにいる杜さんは目が輝いてて期待しているのがわかる。コオロギは少しうつむいて記憶をたぐるようにゆっくりと語り始めた。



「全員が同じ場所を通ったことが原因だと思う。

 階段を上るときは右側を、下るときは左側を使ったんだ」



 ん? それの何がいけないんだ?


 訳がわからなくて質問したい衝動に駆られるが、気持ちを抑えて話の続きを聞く。



「右側は一段一段が同じ高さになっていて上がりやすかった。ところが左側は踊り場付近は一段の高さが変だった。

 高台に傾斜があったせいで階段が不均等なんだ。それにコンクリートが削れている部分があって、その段を数えるか数えないかで迷ったんだ。

 たぶん、ほかの子も自分と同じように迷ったんじゃないかな。それが結果として、数が異なることになったんだと思うよ」



 話し終えたコオロギは、テーブルへ手を伸ばしポ○ト○ップスをつまむと、もぐもぐと食べ始めた。


 学校の怪談と聞いて俺は怪異だと思いこんでいたけど、コオロギの推測を聞くと、勘違いかもしれないという思いのほうが強くなった。


 『幽霊の正体見たり枯れ尾花』ということわざがあるように、正体がわかってしまうと怪異は消失する。慣れているコオロギだから冷静に――


 ん? 待てよ?

 コオロギは『小学校低学年』って言っていたよな……。

 子どものときから怪異に対してあまり動じない性格だったのか!?






――――――――――

【参考】

✎ ネットより


百均:

 ここでは百円ショップのこと。100円均一商品を売っているお店。

(基本は100円の商品だが、100円ではない商品もあったりする)


幽霊の正体見たり枯れ尾花:

 「幽霊と思っていたモノは枯れたススキだった」。

 恐ろしいと思っていたモノの正体が、実はつまらないものだったというたとえ。


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