21 子どもから目を離してはいけない理由
急きょ、都内のホテルに泊まることになった俺――
読者のみなさん、安心しろ。
オトナ的なナニカを期待していたら……すまん。
夜通し奇談を
「紫桃? 黙っているけど大丈夫か? 酔ったのか?」
うわわっ。ち、近い!
コオロギが声をかけてきたけど、同じソファにいるから距離が近い。
いつものコオロギだと意識しないけど、異国の衣装を着てメークしているから雰囲気が全然違う! どきどきがコオロギに聞こえてしまいそうだ!
さっきまで学校の怪談を話していたから、コオロギの意識をそこへそらそう!
「そ、そういや、俺の小学校では『こっくりさん』が
コオロギはどうだった?」
「やってた。流行っていたな~」
「私のところでもあったわ。
こっくりさんって降霊術ともいわれているんでしょ?」
「無意識のうちに動かしているとか、降霊術の一種とかいろいろあるみたいです。
仕組みは知らないですけど、動いてコミュニケーションが取れるというのが面白いですよね」
「こっくりさんは怖いから嫌だなあ」
「コオロギが怖いと思うなんて珍しいな」
「仮に降霊術だとしたら、何がきたのかわからないだろう?
降りてきたモノが善いモノとは限らないからね」
「そう考えると怖いわ。
子どものときは深く考えずにこっくりさんをしていたけど、今なら絶対にしないわ」
「子どもの無知につけ入る
だから大人が注意する必要があるんだ」
「確信めいた言い方だな。
コオロギは何か経験したことがあるのか?」
「え~っと……んや~……」
急に眼が泳ぎだした!
コオロギは絶対に何か経験している!
うーん、どうやって聞きだそうか。
おや? 杜さんが作業用デスクから離れて冷蔵庫へ行き、チューハイを持ってきた。わざわざ
今度はうれしそうにチューハイを飲み始めたコオロギの横に座った。三人掛けのソファだから問題ないけど、コオロギがより近くに寄って落ちつかない~!
んん? チョコレートを包みから取り出した。
杜さんは何しているんだ??
「レ~イ~ちゃん、はい♡」
口元にチョコを持っていくと、コオロギは口を開けて食べた。
うわっ、笑った顔がめちゃくちゃかわいい!
じゃなくて! 一体……!?
「ねっ、レイちゃん。さっきの話、気になる~」
「ほん?」
もう忘れてしまったのか、ごまかそうとしているのか……。コオロギはどっちもアリだけど杜さんに加勢だ!
「コオロギは無知につけこむ
「そんな賢い
用心のため、どんな
「そうだなあ。知っておいたほうが用心できる……かな……。よし!」
おっしゃ! コオロギが話す気になったぞ!
胸の内で拳をぐっと握り、杜さんに『ありがとう!』と叫んでおく。労せずコオロギから奇談が聞ける。今日は最高だな!
「昔から人が亡くなると身近な人が呼ばれるって噂がある。
言われ続けていることには変わった出来事があったからだと思うんだ――」
✿
幼い頃、葬式があった。
当時、地元では自宅で葬儀をするのがふつうで、家で通夜を行ったあとに火葬、そしてお墓へ行き骨壺を納めていた。今だと葬儀会社にすべてを任せることが多いから珍しいかもしれない。
葬式当日、親は隠してもぴりぴりとした空気を感じて子どもでも気づく。直接『亡くなった』と教えられなくても、いつも遊んでいた子の家族に悪いことが起きたのがわかって、しんみりとなった。
翌日になると日常に戻っていた。
何事もなかったかのような日常は奇妙に映ったけど、死というのはタブーなんだろうとなんとなく思い、大人に質問はせず、自分もふだんどおりに過ごしていた。でも驚くことがあったんだ。葬儀をした家の子が遊びに来たんだ。
遊ぶ姿は以前と変わらない。彼は幼かったから家族の死を理解していなかったのかもしれないし、気丈に振る舞っているのかもしれない。聞くのはためらわれて、いつもどおり遊んだ。
夕方近くになると一緒に遊んでいた近所の子たちが帰り始めた。そのときから彼の様子が少し変わった。落ちつきがなくなり、物悲しそうに遠くを見ている。いつもならすぐに帰るのに、帰る素振りを見せずに遊び続ける。
空がオレンジ色になり始めた頃、その子が急に「お墓に行きたい」と言い出した。
墓は大人が嫌う場所だ。変だと思ったから自分は行かないと断った。でもその子はしきりに墓へ行きたがり、しまいには一人で行くと言って本当にお墓へ向かい始めた。
明らかに様子がおかしいので一人にするわけにはいかない。大人に助けを求めればよかったけど、そのときは思いつかず、心配だからついていくことにした。子どもだけだと不安だったので犬を連れていった。
墓の場所は知らないから彼のあとをついていく。
お墓は雑木林となっている所にある場合が多いことは知っていた。畑が広がるエリアを通っていると、その先に特徴のある雑木林が見えてきたので、お墓が近いことがわかった。
✿
「あと数十メートルでお墓というところですごく嫌な感じがしたんだ。
行きたくないと思ったときに、一緒にいた犬が急に吠えだした。畑に向かって激しく吠えるけど、その先に人の姿はない」
「えぇ!? じゃあ何に吠えているの!?」
「畑仕事をしている人がどこかにいると思って探したよ。
でも見つからない。だから何かがおかしいという気持ちが大きくなってね、お墓に行くのをやめることにした。
自分は『帰る』と言って、来た道を戻り始めた。
彼は『もう少しだよ、一緒に行こうよ』と言ってくるけど耳を貸さないようにした。何度も頼みこんでくるけど、絶対に行かないと決めてふり向かずに帰る。
しばらくすると足音が聞こえてきて、ちゃんとついてきたから安心した。
日が沈んだ直後くらいに家には帰れた。
彼は最後まで残念そうだったけど『じゃあね』と別れて、翌日以降も遊びに来た。様子が変だったのはその日だけで、二度とお墓に行きたいとは言ってこなかった」
「「よかった~」」
気づかないうちに緊張していたようで、肩の力が抜けてソファにもたれた。コオロギの表情もやわらかくなっていて、チューハイを飲んでいる。
怖い話は終わったようなので、俺もビールを飲み始める。そこへコオロギが再び話しだした。
「変な体験をして怖かったけど、大人に内緒でお墓に行ったから後ろめたくて話さなかった。
だいぶあとになって祖父に体験したことを話した。祖父は黙って聞いていて、自分が話し終えると、ほっとした表情でため息をもらした。そして言ったんだ――
『死んだ人は一人で逝くのが寂しくて誰かを誘うことがあるんだ。
また死んだ人に
死んだ者は生きている者とは違った存在になる。どんなに親しかった人でも、生きていた頃と一緒だと思ってはいけない。線引きが必要だよ』
あの子がお墓へ行きたいと言ってきたのは妙だと、うすうす感じていた。
その子は二つ年上で自分には弱いところを見せない。ふつうなら一人でお墓に行くタイプなんだ。それなのに自分を誘ってきた。しかも何度も『帰ろう』と言ったのに無視してそのまま進んでいく言動は異様だった。
家族が亡くなったから精神が不安定だったせいかもしれないけど、疑問ばかりが浮かぶんだ。
お墓は子どもの足でも行ける距離だけど、雑木林が茂っていて不気味な雰囲気がある。もうすぐ暗くなるタイミングで行きたいと言うだろうか?
面倒見が良かったのに、ついてきているか確認しないし、言葉もかけてこない。態度がふだんとあまりにも違いすぎる。これは本当に彼なんだろうか?
違和感はずっと気になっていた。だから祖父の話を聞いて、あのときの彼は
子どもは情報も経験も少なくて善しあしの判断が未熟だ。力も弱くて身を守ることができない場合が多い。子どもの無知につけこむモノは世の中に存在する。だから大人が子どもを守ってあげないといけないんだ。
昔は近くに大人がいた。祖父母だったり地域の住人だったりと、常に子どもを見守ってくれる目があった。でも今は共働きで核家族は珍しくない。
人とのつながりが薄くなってしまうことで体験を聞く機会が減ってしまう。とても生きにくい時世になったと思うよ」
語り終えたあと、少し寂しそうな顔を見せたコオロギはチューハイを再び飲み始めた。
コオロギが言ったとおり子どもは経験が少ない分、信じやすくて正誤の判断が未熟だ。インターネット上から情報を得ることはできても、誰が書いたかわからない文章は、はたして正しいものなのかも不明だ。
またパソコンやスマホを使えば、簡単にフェイクニュースや動画をつくれるから真偽の判断は難しいものもある。IT技術の進歩で大人でも見分けるのが困難な場合もあるから、子どもだと信じてしまうだろう……。
それにネットだけでなく、日常生活でも子どもに目を配らなければならない。
残念ながら
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