02 ノートの中身は何? たとえば心霊動画の話とか
突然、訪問者が来て部屋へ上げざるを得ない事態になった場合、俺が真っ先にやることは棚に並んでいるノートを隠すことだ。
ノートを隠す理由――。
たとえば、ノートにこんな走り書きがある。
┄┄┄✎ 紫桃ノート ┄┄┄┄
○○年○月○日 職訓/昼休み
心霊動画 Kに霊が視えるか質問
K:エロ、偽物疑惑、解説に疑問
【怖噺】どこにいる?
┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄
怪しいとしか思わないだろう?
書いた俺ですら久々に目を通したら、なんのことかと思うくらいだからな。
事情を知らない他人が見れば、なおのこと「なんだ??」のはずだ。
このメモ書きは、友人と心霊動画について話したときのものだ。
ホラー小説が書きたい俺にとって、霊感のある友人が体験する奇妙な出来事はネタになる。だからささいなことでもメモを取っておき、あとでノートに書き写して残すようにしている。
ノートにはふしぎな出来事がたくさん記録されている。でもノートに書かれていることすべてが小説になるわけではない。
小説にならない理由――。それは俺の執筆スタイルにある。
俺が書いている小説は友人の体験がもとになっている。
「体験」であることを重視していて、聞いた話は可能な限り修正しないでリアリティーをもたせるようにしている。
このリアリティーが難しくて、重視するとストーリーを広げることができなくなってしまうんだ。
さっきのメモだが記した当時、俺は無職で職業訓練に通っていた。
職訓で友人と出会い、しばらくして友人に霊感があることを知った。
霊感のない俺は、もともと超常現象的なものには関心がなかった。
しかし異能が存在するとわかってからは、ホラーやオカルトに対する好奇心に火がつき、体験を聞くようになった。
はじめは友人にどんな異能があるのか知らなかった。
話す回数が増え、付き合いが長くなるにつれて少しずつわかってくる。
霊体などを視る異能があると知ったとき、どんなふうに視えているのか知りたくなった。そこで思いついた。
心霊動画を使って質問すれば、霊感のない俺でも霊体のことがわかるかも……。
期待して行動に移したんだ――
✿
職業訓練の昼休み時間。
昼飯を食べ終わった俺――
教室はほかの受講生がいる。変な噂が立たないように廊下に出て、探した心霊動画を見始めた。
心霊動画は、撮った動画にたまたま霊が映っていたという定番もので、映像を流したあとに、霊がいる場所を示して解説するような流れになっている。
コオロギにこの動画を見せたら、どんな反応をするのか想像していると、本人が通りかかった。
「紫桃、にやついているぞ。
エロい動画でも見ているのか? 公衆の場では遠慮しないと」
「ち、違うよ! 誤解を招くような言い方はよせ! 見ているのは心霊動画だよ!」
「心霊動画?
……隠さなくてもいいぞ」
わかっているよと年上ぶった表情。
俺がごまかしていると思っているな?
「本当だって! ほら、見てみろよ!」
俺は誤解を解くため、あわててスマホの画面を見せた。
「ほ―――ん」
「な?」
「エロい動画じゃないのはわかったけど、なんで心霊動画を見てるんだ?」
「幽霊がどんなものか気になったんだ。
ネット上に心霊写真や心霊動画がたくさんあるだろう? 参考にしたんだよ」
「ふうん」
「でもよく考えたら、霊感がない俺にも視えるってことは本物じゃない?
うわ、なんかどんどん合成したものに見えてくる」
「デジタル加工技術が上がってて判断できない場合が多いからね」
「う~ん。もう作り物にしか思えない……。
コオロギ、この心霊動画はどう思う?」
俺は音声をイヤホンからスピーカーに替えてコオロギにスマホを渡した。
コオロギは黙って動画を見始めた。
コンピューターが普及すると、あっという間にデジタルの世界になった。
デジタルデータになった画像や動画は、簡単に加工できるようになり、今はスマホでも可能な時代だ。
ほとんどの心霊動画は作り物かもしれない……。
見ていた動画に登場した幽霊もおそらく偽物だろうと、俺はがっくりしていた。
コオロギは動画を見終わると、俺にスマホを返しながら、ぼそりと言った。
「心霊動画は、解説された幽霊よりも解説されてない部分が気になる」
『解説されてない部分が気になる』だと!?
耳が反応したのとほぼ同時に、俺はコオロギを見たが、本人はこぼした言葉に気づいていない。このままスルーするわけにはいかない! すぐに質問した。
「どの部分が気になったんだ?」
「あ……っと、う――……。んや、なんでもない」
俺が質問したことでコオロギは気づいたようだ。しまったという表情をしてとぼけ始める。
コオロギよ、キミはごまかすのが本当に下手だよな。回避できていないぞ。
俺が好機を
「なんだよ、ちゃんと説明しろよ」
「話してもいいのか? 紫桃は怖いのニガテだし、怖がりだろう?」
なぜ俺が『怖がり』になっているんだ……?
世に流れる怪談は作り話だろうし、心霊動画だって人を楽しませるエンタメと思っているんだが……。
コオロギに説明すると、ややこしくなりそうだから流そう。
「心霊動画は怖くない。本物か加工したものかわからないからな。
判別できないものは作り物と決めつけるから、なんとも思わないぞ」
「そう? なら話すけど……。
んーとねえ、たまに変なモノが映りこんでいるんだ。そこはスルーで解説するから、わざとかな……と」
ん? んん?? まてまて。
よくわからないぞ!
コオロギは言葉足らずなときが多い。足りない部分は
さあ、俺の『コオロギ翻訳』スキルの出番だ!
「え……っと、動画を見ていると、ふしぎなモノが映っている。
でもその部分の解説はしていない……ということか?」
「そう」
「たとえば、どんなモノが映っているんだ?」
「縮尺が変で、色がおかしい人影」
「縮尺と色が変な人?」
「建物や植物など、物がある中で人を撮ると比較できるから、だいたいの身長がわかる。また何人かいたら肌の色もわかるよね?」
「比較対象があれば推測できるからな」
「心霊動画の中には、たまにサイズと色が周りと異なるモノが映っていることがある」
俺は
コオロギは腕を組み、思い出すように語っている。俺が見ていた動画のことではないようだけど……。
ちょっとぞわぞわしてきたぞ。明るい方向へもっていこう。
「そ、それはさ、演出じゃないのか?」
「演出でもいいけど区別がつかない。
ほかは解説しているのに、なんでこいつはスルーするのかなと気になってもやもやするんだ。だから心霊動画は見なくなった」
仮に……仮にだ。
コオロギに視えていたモノが演出じゃなくて
「なあ、コオロギ。変なモノが視えたのはどの動画なんだ? 俺も見てみたい」
「……見てもいいのか?」
「え?」
「だってさ、紫桃は怖がりだろう?」
「幽霊が視えたときのことを言っているのか?
俺にも視えるとは限らないだろう?」
「視えたらどうするんだ?」
「え?」
「その動画を人に見せて質問したことがあるんだ。
『○分○秒あたりから左側の植木下に○○○があるけど解説がないんだよね。コレ演出かな?』って。しばらくして『何も映っていないよ?』って返された」
「…………」
「嘘つくような人じゃないから、アレは
紫桃にソレが視えたとしたら、霊感があることになるんじゃないのか?」
「 !! 」
目が泳ぎだした俺を見て、コオロギの目がきらきらと輝きだした。いたずらっぽく笑みを浮かべている……。
やばい――。
「紫桃、今からその動画を見て、どこなのか当てっこしようか♪」
✿
くっ、そうだよ、そうだったよ。
ストーリーを広げることができない以外にも、小説に仕上げられなかった理由を思い出した。
このネタは俺だけが怖いと思う奇談だからだ。
俺はホラー映画を見ようが小説を読もうが怖いとは思わない。知らない人がつくったものは、不気味でもエンターテインメントと言い聞かせることができるからだ。
でもコオロギから聞く話は別だ!
コオロギはいたずら好きだけど、嘘をつくようなやつではない。言い換えると、コオロギが話すことはホントウにあるわけで――。
聞く分にはいいけど「当事者」になるのはイヤだ!
この話のようにノートにはコオロギから聞いた奇妙な話が眠っている。
誰かにノートを読まれてしまうと、誤解されるのはほぼ確実だ。だからその前に
――――――――――
【参考】
✎ ネットより
心霊動画:
生者ではない、霊体のような不思議なモノが映っている動画。
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