第35話 ルナ ―奇跡―
国王陛下とクラマ宰相の旧友ザンタ・メイ・ミークの辺境伯復帰が叶った後、国王陛下が新たな話題を出します。
「……さて。この場において冤罪で取り潰し及び没落などで貴族の地位を失った者が再び元の地位に就くという前例ができた。しかし、何もそういうことがザンタ……ミーク辺境伯だけというわけにはいかない。今は亡きコキア子爵の罪も冤罪だったのだからな」
え?
「さようですね陛下。確かコキア子爵の子には一人娘がおられたはずですね。子爵位を次げるのは彼女しかいませんな」
な?
「うむ。では、すぐにでもここに来てもらおうではないか。傍聴席にいることだしな」
国王陛下の言葉に頭がついて行かない。本当に何を言ってるのだろう?
「えっ? な、何を言っているの?」
心臓を掴まれたような気分になったせいか、思わず口に出してしまう。傍聴席の最後部に座るこの私こそが、国王陛下のおっしゃられる『コキア子爵の娘』なのだから。
「ミルナ」
「え、エンジ様?」
混乱して動揺を隠せない私でも、エンジ様の声だけは無視できない。しかもエンジ様は私の手を取って笑顔を向ける。
「さあ、行こう。国王陛下がお呼びだ」
は? 行くって? ええ!?
「ええ!? 行くってまさか!?」
「そのまさかさ」
じょ、冗談でしょ!?
「ええ~!?」
動揺するままの私だったが、エンジ様の手を振り払うこと等許されないしそんなことできない。言われたまま、国王陛下の元へ……え? これは、夢?
◇
こ、こここここ、こんなことになるなんて思っても居ませんでした! ま、まさか、この私が国王陛下の前で自己紹介をすることになるだなんてー! しかも侍女服の姿で! いざという時に証人として出ることになったらと思ってこんな格好で来たのに! ここで裏目に出るとは!
「ほう、そなたがミルナ嬢か」
そ、そうですよ、貴方様がご指名のミルナちゃんですよ……って、心の中でふざけてる場合じゃない! 緊張のあまり何を言えばいいか……ええい、貴族令嬢のように自己紹介すればいいんだ!
「お、お目にかかり光栄です。わ、私は侍女をしているミルナ・ウィン・コキアと申します。ご、ご存じ上げる通り我が父は今は亡きコキア子爵でありました……」
うう……。サエナリアお嬢様の専属侍女として裏で立ち回ってきた私でもこの国の頂点に立つ国王陛下を前にすると震えて足が竦みそうです。どうしてこんなことに……。
「陛下、彼女の言っていることは間違いありません。そして、私エンジ・リュー・アクセイルの婚約者でもありました」
「え、ええ~っ!? エ、エンジ様、何を言っているんですか!?」
いや、確かに婚約者でしたよ? 婚約してましたけど! 私は平民で貴方は貴族、婚約は無効に………
「事実だろ。公にはならなかったけどな」
「そ。そそそそそそれは……!」
エンジ様はどうして今更そんな話を!? もしかしてこれから起こることは……!
「陛下が、今は亡きコキア子爵の名を上げたのはコキア家の復帰を考えてのことですね?」
やっぱり! でも確かこの国では男性しか……
「その通りだ。コキア子爵の肉親がそれを継ぐ立場にあるのだが、今は彼女しかおらん。我が国で貴族の爵位を告げるのは男だけだ。このままではコキア家の再興は難しいのう」
その通りです。でも、方法はなくはない。それは婿養子を取るか親戚から男の養子をもらうしかないのですが……まさか、そこまで計算して……!?
こ、これも打ち合わせ通りだというのですか!? エンジ様もレフトン殿下も!? あ! よく見ればレフトン殿下がニヤニヤした顔しています。
……あの王子が仕掛け人の一人なのは間違いありませんね。さては、私の本当の素性を言わなかったことに対する当てつけですか? いかにも「これで借りは返したぜ!」って顔で親指立ててるし。
「であれば、私はミルナを再び婚約者とします! この私が婿養子となってコキア家を継いでミルナの家を再興します!」
「エンジ様!」
ええー! マジで!
「ほおう! それは思い切った考えだが、アクセイル子爵家はいいのかね?」
そうですよエンジ様! 実家はどうされるんですか!
「父とはすでに話は済んでおります。当主の座は留学中の弟に譲る予定となっています」
あれれ? そんな話聞いてないよ? そういえばツインローズ王国に弟さんが留学してたんだっけ。
「それに私としては幼馴染であり元の婚約者と結ばれるのですから強く望むところです。ミルナもそれでいいな?」
エンジ様のお顔が私を振り返る。力強い自信にあふれた凛々しいお顔で。そんな顔を向けられたらもう縦に頷いて肯定するしかないじゃないですか、いじわる。
「は、はい……!」
「よくぞ申した! ならば問題はないな。本日をもってミルナ・ウィン・コキアとエンジ・リュー・アクセイルの婚約を決定し、近日中に二人の結婚と同時にコキア家の復帰を決定する!」
き、決まりました……。国王陛下が宣言されました。私とエンジ様の結婚を。それを祝福するために大勢の方々が盛大な拍手をささげてくれます。誰もが私達を祝福し…………あれ、これは夢じゃないの?
「おめでとうー!」
「おめでとうございます!」
「ひゅー、ひゅー!」
「エンジー! 幸せになー!」
「ミルナー! 生きててよかったー!」
だおれだけ夢だと疑っても、多くの祝福の声を聞かされて、私はこれが現実だと理解した。
「こ、こんなことって……」
何だかは胸が急に熱くなってきました。感激のあまりその場でへたり込んでしまいます。
「は、ははは………こ、こんなことは、私の計算外、でした………こ、こんなサプライズがあったなんて………」
こんな嬉しいサプライズ、ゲームの中にだってありませんでしたしね。
「迷惑だったかい?」
「そんなこと………このときほど報われる思いはありませんわ………」
……先ほどのソノーザ一家の断罪だけでも十分報われた思いでした。恨み憎んできた思いが実を結んだと思ったのです。
でも今は、自分の全てが報われたんだと思います。今まで生きるために苦労して努力してきた過去が、今の幸せを手に入れることに繋がったんだと思えてならないのです。子供のころから今までの努力がすべて報われた、私はそう断言できる。
「私は、サエナリア様だけでも幸せにしたいと思っていましたが……今は私も幸せな気分です……エンジ様、本当にありがとう……」
「お礼なんていらないよ。俺はミルナの婚約者だったのにご両親のことも家のことも何もできなかったんだ。礼を言うならレフトンや陛下のほうさ」
「ははは、私やレフトンはきっかけにすぎないさ。私達の力がなくても君ならミルナ嬢のためにうごいただろう。違うかね?」
「そうですね。子供の頃と今の俺では違います。今の俺ならミルナを守りぬいて見せます!」
「エンジ様……!」
この裁判で、こんな幸せが待っていたなんて……本当に、本当に報われましたよ。サエナリアお嬢様! ああ、お嬢様とこの幸せを分かち合いたい。近日中にご報告しなければ!
この時の私は、周りの全てに感謝し、そしてサエナリアお嬢様にも感謝し思いをはせていました。
ソノーザ家との最後の因縁が待っているとも知らずに。
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