第26話 ―上に立つ者―

今のソノーザ家の屋敷はレフトン殿下たちを案内しやすい。何故なら使用人が全くいないからです。面倒くさい王太子が突撃してきて、そこにワカナが突撃したせいでソノーザ公爵家を見捨てた人が大半でしたからね。


「……、……、……!」


「……、……、……!」


そんな静まり返った雰囲気は皆さんにとって不気味さを感じさせるようです。かえって緊張しすぎてあまりしゃべりません。まあ、特にライト・サイクロスにとっては落ち着いてはいられないでしょうね。


ライト・サイクロス。レフトン殿下の側近である彼は平民の出自だけど、その父親はソノーザ家出身。父親が出て行ったソノーザ公爵家について思うところがあるのは当然のことでしょう。ゲームの設定ではそういうことになっていましたが、どうやらこちらでも同様のようですね。


無意識なのか、こぶしを握り締めて考え込んでいる様子がよく分かりますから。


「落ち着きなよライト」


「え!?」


おや? レフトン殿下はライトさんにちょっかいをかけてきました。いや、これはもしや……。


「な、何!?」


「ふっ、ライトよ。お前が感傷を感じるのも、ソノーザ公爵家に怒りを覚えるのも分かる。感情的なライトも俺的には見てみたいって気持ちはあるが、親父さんのためにもその気持ちのせいで取り乱さないでくれ」


「! レフトン……」


「親父さんのことを思う気持ちは大事だ。家族だもんな。ただ、その気持ちを重んじるなら、感情を押し殺せとは言わないが最悪のタイミングで取り乱して今までの苦労をダメにしないでほしいんだ。お前もそう思うだろ、エンジ?」


「え? あ、ああ、そうだな。その通りだ……はっ!」


流石はレフトン殿下ですね。思い詰めるライトさんの心をほぐすのが目的ですね。普段はアレですけど、やはり仮にも王族なのですね。カーズにこれくらいの気配りができていればよかったのですが。


「……そうだね。二人の言うとおりだ。ありがとう心配してくれて」


「おう」


お互いに笑みを浮かべる二人。そんな彼らをエンジ様も微笑む。三人の絆の深さが伝わります。私とサエナリアお嬢様の関係に近いですね。


「皆さん、お待たせしました。こちらがサエナリアお嬢様のお部屋でございます」


そんなやり取りをしているうちに、私達は目的の場所に着いた。


「「「………………」」」


今、行方不明になっているサエナリア・ヴァン・ソノーザお嬢様の私室に。


……やはり皆さんは度肝を抜かれたようです。当然でしょうね。


「ま、マジかよ? 兄貴の言ってたことだから覚悟はしていたが、こんなことって……」


「これは、ちょっと……」


「し、信じられん……!」


「「…………」」


三人とも事前に知っていたはずですが、目に見えて驚愕していますね。ここまで雑にされているとなると驚かずにはいられないということでしょう。流石のレフトン殿下っも衝撃が大きかったようですしね。


「……貴族じゃない僕でも、流石にこの扱いはひどすぎると思うよ。ソノーザ公爵家はかなり歪んでいる」


「こ、こんな部屋を自分の娘に与えるとは、どういう神経しているんだ………!」


「………………」


お二人のご意見は御尤もです。あいつらソノーザ家は悪徳貴族そのものです! そんな二人に比べて、レフトン殿下は静かに部屋を真っ直ぐ凝視しておられますが、放心状態と言うわけではないですね?


「………レフトン殿下? どうかされ……!」


ちょっと気になって声を掛けてみましたが、顔を見て気づかされる。レフトン殿下は深くそれでいて静かな怒りを燃やしていたのでした。やはりこういうのもゲーム通り……いや、それ以上?


「……ここがサエナリアさんの部屋か。ここで過ごしてきたんだな」


「……はい。そうです。ここがサエナリアお嬢様のお部屋として与えられました。……お嬢様に拒否権はありませんでした」


お嬢様の優しい心につけ込んで……。


「実の親に強要されて、こんな場所にか……」


「正確には実の妹君に要求されて、ですね。ワカナお嬢様が我儘を言ったせいでこのようなことに……」


あの馬鹿な妹のせいでお嬢様の人生がおかしくなったのです。


「愚妹の我儘を愚かな親が聞き入れた、だろ? 結局親が悪い。違うか?」


「……はい、その通りです。奥様が笑顔でお決めになりました」


あの母親も悪い。姉妹格差なんかしやがって。思い出しただけで怒りが込みあがる。


そんな私の思いをくみ取ったのか、レフトン殿下は少し声を荒げて宣言する。


「見るべきものは見た。これで王族の中で二人になったわけだ。……サエナリアさんがどういう扱いを受けたのか、どんな部屋で過ごしてきたのか、サエナリアさんがソノーザ家で虐待に等しい扱いを受けたことを証明できる王子がな!」


「「「「…………」」」」


その通りです。これで計画は大きく進んだのです。先日、レフトン殿下が遠回しに誘導してくださったおかげでカーズが来ました。そして今日、レフトン殿下が来ました。そして、二人とも王族としてサエナリアお嬢様の不遇を知りました。


ソノーザ公爵家を断罪するのに、王族の発言は大きな武器となります。そのためにもこういう行動が必要だったのです。見るべきものを見る、と言う行動が!


「これで最低限の目的は果たしてくださったようですが、もう少しサエナリア様のお部屋をご覧になりますか?」


「いや、これ以上はいい。こんな物置でも女性が過ごした部屋だ。男が本人の許可もなく見て回るなんて無粋なまねはしない。お前らもそう思うだろ?」


無粋なまねはしない、か。こういう所はカーズとは違いますね。やはり支持される王族はこういう人が望ましいですね。


「……そうだな。これ以上はいいだろう」


「ソノーザ家の罪を暴く証拠はもう十分王家に渡っているし、同意するよ」


王家に渡っている。その言葉を聞いて私は確信した。あの日記が国王陛下たちに渡ったのだと。良かった、これで王家が大きく動いてくれます。


二人から確認を取ったレフトン殿下はニヤリと笑って、次の行動に移ることにした。


「そうか、なら後はソノーザ公爵に会うだけだな」


「……わざわざ会う必要があるのかい?」


「……俺は殺してやりたい気分なんだがな」


殺してやりたい、か。それは私も同じ気持ちですが、正しく裁かれるべきだと思います。


「宣戦布告ってやつさ」


「「…………!」」


「「…………」」


宣戦布告、その言葉に深い思いが感じられます。何しろ怒りながら笑っているのですから。その顔を見た瞬間に私は今更ながら緊張してきました。もうゲームとか前世と関係なく。


……これが王族、なのでしょうね。


「せっかくだ。一言挨拶してやるだけさ。爺さんにミルナさん、それくらいいいだろ?」


「「…………」」


一言挨拶? こういう人が? いいえ、多分絶対一発殴るの間違いです。というか比喩表現かな?


「それぐらい構いませんが……?」


「……挨拶とは?」


ああ、聞いちゃったよ。それでレフトン殿下の答えは。


「さあな。こんな家の主にふさわしい挨拶ってだけさ」


「そうですか」


これ絶対に殴る展開だ。しかも何気に公爵家を『こんな家』呼ばわり。やっぱり王族ってすごい。






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