第25話 オールド ―幼馴染み―
屋敷にやって来たレフトン殿下の隣には側近の少年エンジ・リュー・アクセイルがいます。彼は私の幼馴染であり、元婚約者でもありました。私の家が没落してからは、その関係は自然消滅しました。
その彼が、ここに来ている!
「…………それにしてもミルナは貴方のような騎士様に想われていたのですな。これならミルナの今後のことは安心できそうです。エンジ様が味方になってくださるなら大丈夫でしょう」
ウオッチさんが先に私のことを細かく説明してくださいました。もうすでに感謝してもしきれません。私の口から言うには心の準備ができていませんでしたから。
「……もちろん、彼女の身は俺が、俺の家が預かる。俺の両親も賛成してくれるはずだ。だが貴方の話を聞く限りミルナは、行方不明のサエナリア様の使用人となっているようだが、無事なのか? 一緒にいなくなっているのではないのか?」
エンジ君……。平民になった私の身を案じてくれるのですね。その言葉を聞いただけで嬉しい……胸が熱くなる。あの頃の、婚約者だったころの思いが溢れそうになります。
「はい、無事ですよ。今も屋敷の中にいます。彼女はサエナリアお嬢様を誰よりも気にかけて力になってくださいました。あれほど侍女としても人としても有能な者は私は知りません。他の者も彼女を見習ってほしかったものですな。もっとも次女のワカナお嬢様が選んだ使用人にそういう気概のある者はいませんでしたが………」
「「「…………」」」
ウォッチさんは寂しそうに笑っている。ソノーザ公爵家は許せませんが、執事としては思うところがあるのでしょう。この家に対して怒りと憎しみを抱く私と違って……。
そうでした。私はサエナリアお嬢様の自由のため、私自身の復讐のために動いているのでした。今は、エンジ君のことで感傷に浸っている場合じゃない。ここで余裕たっぷりの自信家のように現れてやらないとこちらのペースに引き込めません。なので、
「仕方ありませんよ。彼らはワカナお嬢様に顔で雇われた者たちなのですから。期待するだけ無駄です」
「「「っ!?」」」
このタイミングで彼らの前に出てきます。
「……ふっ、そうですね。貴女の言う通りでしょうね」
流石はウオッチさん。私のアドリブに会わせてくれました。ナイスフォロー!
「そ、その声は……ミルナ、ミルナなのか!?」
エンジが傍まで寄ってきました。彼の前では素顔を晒すべきですね。眼鏡をはずしてそばかすも拭きましょう。するとあら不思議、美人のミルナさんの登場です。なんちゃって。
「ええ、久しぶりですねエンジ君。いえ、エンジ様。もう貴族ではなくなった、ただのミルナです」
「ミ、ミルナ!」
「きゃっ!」
ふわっ!? わ、私今抱きしめられてる! お、男の子に抱き着かれるなんて、流石に初めて……。
「まさかこんなところで再会できるなんて! 今までどうしていたんだ!? コキア子爵はどうなったんだ!? ソノーザ公爵家で侍女をしていたなんて、サエナリア様の事件にも関係しているのか!?」
「え、え~と、エンジ様。質問が多すぎますから、一度落ち着いてくださいませ。一度にたくさん聞かれても困ります。後、苦しいです」
「あっ、そ、そうか。そうだな……」
私に言われてエンジ君は離してくれた。その顔は少し赤くなっている。私と同じですね。
「だから最初に知りたいことを教えて差し上げます。とりあえず今の私は元気にしていますよ。両親を失ったりしてつらいことも多かったですが、それらを乗り越えて今を生きています。心配しなくても大丈夫ですよエンジ様」
「! ……そうか、よかった。本当に良かった……!」
大雑把に私が無事だと説明したらエンジ君……エンジ様は薄っすら泣きそうな顔になりました。私も涙腺が緩んできましたが決して泣くわけにはいきません。私の涙はもう十分流れました。幼馴染と会えたのだからもうしばらく見つめ合うだけでいいのです。
……それなのに、レフトンが笑って声を掛けてきた。
「あ~……え~と、うん。二人とも今ここで口を挟むのは無粋なことだと分かっているし、空気読めない男っていわれると思うが言わせてくれ。いつまでもここで立ち話している場合じゃないんだ。二人の関係のことは後で聞かせてもらう方針にしてほしいんだ。今は、」
無粋、あまりにも無粋。言った本人も言われた私達も分かりますが、確かに立ち話している場合じゃありません。
「サエナリアお嬢様に関する情報収集でしょう? 分かっていますよ。サエナリアお嬢様が使っていたお部屋までご案内しますよ。使用人が9割ほどいなくなったおかげで手付かずですから証拠なら残ってますよ」
「何!?」
「やはり、そういうことか」
「…………」
使用人の激減。これはワカナが問題起こしたおかげ。あの件でソノーザ公爵家を多くの使用人が見限ったのです。
……ん? 何やらレフトン殿下の視線が鋭くなりましたね。ああ、私とエンジ様の関係を知らなかったからですね。
「レフトン殿下。あまりお屋敷を睨まれても証拠は逃げないことを保証いたしますゆえ落ち着いてもらえないでしょうか?」
「……俺はそういうことを……いや、今はいいか。大事なことを黙ってたことについてはもう少し後で聞かせてもらうとするよ。今は目的を果たそう」
「はい。お願いします」
にっこり笑い返して差し上げますと、レフトン殿下はやや引きつった笑みを浮かべました。心情的意には複雑でしょうかね?
「おいレフトン、いつからミルナと面識があったんだ? 詳しいことを聞かせてくれ」
「お前が気にするのは分かるが、今はそれどころじゃない。今俺が言えるのは、お前と彼女が幼馴染だということは本当に知らなかった。俺の中で彼女はこの件の協力者の一人に過ぎなかったんだ。悪い言い方だが執事の爺さんの仲間ぐらいにしか思っていなかった。……俺の側近のお前が幼馴染だと明かさなかったことにちょっと怒ってるけどな」
「…………」
これは間違いなく本音でしょうね。私のことはウオッチさんの小間使いくらいだとお考えだったのでしょう。まさか、計画の発案者が私であり、中心人物も私だと思いもよらないでしょうね。
「エンジ、ここは目的を果たそうじゃないか。彼女の話はその後でも遅くはない。本人がこちら側にいるんだからいつでも話ができるじゃないか。違う?」
「……そうだな、分かった」
「お話は終わりましたね? では皆さん、サエナリアお嬢様の部屋までご案内しますが、いいですか?」
ウォッチが確認すると、その場にいる全員が頷きました。
「ああ、頼んますよ執事の爺さん」
レフトン殿下が皆の総意を答えるとウォッチも笑顔で返した。
「それでは、私、ウォッチ・オッチャーが皆様をご案内します」
「私、ミルナ・ウィン・コキアも同じく」
こうして、私達はサエナリアお嬢様のお部屋を目指すことになりました。
もちろん、今度もまた、この屋敷の主、ベーリュ・ヴァン・ソノーザに何も言わずに。
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