第24話 サイクロン ―嵐―
王太子が去った後、私はベーリュから大目玉を食らった。
「貴様! 何ということをしてくれたのだ! あの王太子にサエナリアのあんな私室を見せるとは! おかげで我が家の印象はさらに悪くなったではないか!」
すでに十分悪いでしょ? とは言えない。代わりに正論を口にしましょう。
「殿下がそう命じられたのです。随分と思い込みの激しい王子であるカーズ殿下のことなので、そこで断れば怪しまれて勝手に乗り込んでくるでしょう。お嬢様に随分酷い仕打ちをしたと聞きましたから」
「む……。確かにそうだが、馬鹿正直にサエナリアの部屋を教えることもないだろう!」
「では、誰の部屋を見せるのですか? ワカナお嬢様とは趣味が正反対なので論外です。私達使用人も同じ。奥様のお部屋では大人びいていますが?」
「う……、そ、それは、そうだが……」
言葉に詰まるご様子ですね。反論の余地もないでしょう。
「旦那様、その娘の言う通りではないですか。あの王太子が見たいと思って行動に移そうとした時点でサエナリアお嬢様の部屋を見られるのは決まってしまっていたのです」
「ウオッチ……」
おお、ウオッチさんもフォローに入ってくれました。流石私の後ろ盾!
「こうなったのはワカナ様の教育方針が偏りすぎたせいです。それに使用人ごときに王子の頼みを断れるはずがないではないですか。今はサエナリアお嬢様の捜索の方が大事です」
「……そうだな。今はサエナリアの行方が先だ。こんな奴に構うより捜索隊を編成しなければな」
こんなやつとは失礼な……とは顔に出せない。ちっ。
「いくぞウオッチ。……くそっ、ネフーミにワカナめ。面倒なことを起こしおって」
ベーリュは屋敷の外に向かった。サエナリアお嬢様の捜索に向かうのだろうけど、もう会えませんよ。
◇
カーズ襲来から二日後、今日はレフトン殿下が側近二人を連れてこのソノーザ公爵家の屋敷を訪れる予定です。目的はもちろん、サエナリアお嬢様の部屋を王族としてご覧に入れること。そうすることでお嬢様の不遇を王子として発言していただく。裁判が決まる日に。
そんな大事な日に屋敷の中で嵐が起こった。
「娘二人をあんなことにしおって! お前の馬鹿な教育のせいで我が家は落ち目に戻るんだぞ! どうしてくれるんだ!?」
「何よ! 娘の教育を私に押しつけて自分は出世のためにしかやってこなかったくせに! 偉そうなこと言わないでよ!」
夫婦喧嘩の嵐だ。
「何をいうか! 貴族として出世のために働いて何が悪い! お前も貴族なら出世がどれ程の意味を持つか分かっているだろうが!」
「ええ、分かっていますとも! それ以上に娘を愛することが私にとって一番大事だったのよ!」
きっかけは娘の教育方針のことによる責任の押し付け合い。最初はソノーザ家の今後の方針を話し合うことだったのだけど、肝心の二人は捜索の進展がないことによるストレス、使用人が大幅に減ったことによるストレス、後はその他もろもろの理由で醜い言い争いに発展した。
「娘を愛するだと!? はんっ! ならサエナリアはどうなんだ!? 愛情など注いだ様子などなかったではないか! ワカナしか見ていなかったくせに、愛などとほざくな!」
「貴方こそ愛情なんて抱いたことないくせに分かったようなこと言わないで! ワカナが一番可愛かったし、それにサエナリアが私に似なかったせいよ!」
奥様……この無能女は無茶苦茶言い出しました。似なかったせいってなんだ? 馬鹿じゃないの?
「お前が生んだ娘だぞ! この私に似たのがそんなに悪いのか!」
「一番可愛い子を一番愛しただけよ! 貴方だってワカナを一番可愛いって言ってたくせに!」
おい、サエナリアお嬢様は可愛くないのか? ふざけんな!
「だからといってサエナリアを蔑ろにしろとは言っていない! 娘を、長女を切り捨てるな!」
「切り捨ててない! むしろ切り捨ててきたのは貴方の方じゃない! 自分の御両親に弟に取り巻きの家に、」
「両親は田舎暮らしがしたかっただけだ! 弟は勝手に出て行ったんだ! 取り巻きの家は仕方がなかったんだ!」
「コキア子爵でしょ! 借金と罪をなすりつけておいて仕方がない? あなたの不手際じゃない!」
……っ! そうだった、この男のせいで私達は……!
「うるさい! そのおかげで今、公爵にまで上り詰めたんだ! 文句を言うな! 馬鹿女!」
「何よ! この欲深男!」
「何だ! 育児放棄女!」
「育児放棄は貴方の方でしょ!」
「お前に言われたくないわ!」
……責任の押し付け合いを続けるソノーザ夫婦。こんな奴らのせいで私達家族は……。こいつらの醜い言い争いを聞くだけで怒りと憎しみが込みあがる。
……ここに居るのはもういいでしょう。今日はレフトン殿下と側近の『彼』が来てくれるのです。せっかくなので彼らに私の正体を明かしましょう。ウオッチさんにも言ってありますしね。
そう思って窓の外を見ていたら、ちょうどレフトン殿下たちが屋敷の前まで来ていました。そして、私の幼馴染の『彼』も目に留まる。懐かしいその姿は逞しく凛々しくなっていました。そんな彼が私の過去を知ったら、嵐が起こるのでしょうかね……。
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