第27話 ホッパー ―害虫―

「あっ! やっと見つけた!」


私達はサエナリアの部屋から出た後、走ってくる影を見る。しかも、よく見ると貴族令嬢の格好をしている。それでいて小汚く見える。


……思い当たる人物がいるけどできれば予想が外れてほしいと思いました。でも、当たってしまう。サエナリアお嬢様のいない今、この屋敷で貴族の若い令嬢は一人しかいないはずだから。地下に閉じ込められているはずなのに。


「ちょっと、そこのあんたたち! ねえ、何で私の使用人がいないのよ!? ほとんど誰もいないんだけど、どうなってんのよ! ホンット最悪っ!」


あ、やっぱりこの女、ワカナでした。何故彼女がここにっ!? そう思わずにはいられませんでした。この時私は、『この期に親んで親バカが働いた奥様が解放したのか!?』と思いました。


突然のワカナの登場に動揺するレフトン殿下たちは、不快感を見せます。当然ですね。ウオッチさんは同様の方が大きいですけど。


「ワ、ワカナお嬢様、もう解放されたのですか?」


「旦那様から何も聞いておりませんが? 一体いつ、」


「はあ!? あんなとこ、自力で出てやったわよ! 鍵を叩いてぶっ壊してね! それよりも私の使用人はどこ行っちゃったの!?」


「こ、壊した!?」


ワカナの告白にその場にいる全員が目を丸くします……壊したって、マジか? そういえば地下牢は全く手入れされてなかったようですから錆びていてもろくなっていたのかも。だからって壊そうって発想するか普通?


「あ、あの、彼らは、」


「もうこの際だから、あんたたちでいいからさっさと私のためにドレスとお菓子を持って来なさい!」


「「「「「…………」」」」」


うわ~、地下牢から出た後すぐにそんなこと言うのか。そんな小汚い姿になったのなら、お菓子よりもお風呂に入って奇麗になりたいでしょうに。どういう頭してんだろ? エンジ様や殿下もそう思っている。


噛みつくように怒鳴るワカナ、もはや小汚くなっていることもあって害虫を連想してしまいます。食べることばかり考える様子からして、稲を貪るイナゴが妥当でしょうか?


そんなことを考えていると、近くにいたレフトン殿下たちに気付いて笑顔になりました。え?


「あら? あらら~? 何かいい顔した男たちが三人もいるじゃない。顔つきからして騎士っぽいし……。ねえ、そこのあなたたち?」


ま、まさか……この笑顔でそれでいて相手を見下すような目は、新しい使用人を見るような目だ。う、嘘でしょう?


「……俺らに何か用か?」


「ふっふっふ、光栄に思いなさい。今からあなたたちをこの私の使用人に雇ってあげるわ。偉大なソノーザ公爵令嬢であるこの私に泣いて感謝なさい」


「「「「「はあっ!?」」」」」


やっぱりか! うわあ、やりやがったよこの女、王子相手になんてことを言ってんだ! ……ここに居る全員が呆れて何も言えません。目の前にいるのが異常者だというのが共通認識になりました。


……ああもう、やはりこの女は。無理やり出てくるなんて、思ったより恐ろしい方でしたね。ですがこれはレフトン殿下がソノーザ公爵家に対する悪感情が強くなるチャンスと見るべきでしょうか。それにここで不敬を働いてくだされば、この女個人が罰せられることでしょうね。いや、今ので十分かもしれません。王家の方を使用人として雇うなど……。


私が思案している間にも、ワカナはあまりにも身勝手なことばかり口にする。まるで自分が世界の中心でいるかのように。


「そんじゃ、早速雇ってあげるからお菓子を用意しなさいね。それから、」


「ワカナお嬢様! これ以上何も言わないで下さい!」


「はあ? 何でよ! 執事の分際で口答えするわけ!? 後でお母様に言いつけてやる!」


ウォッチさん無駄ですよ。はこれ以上は見ていられないと思って彼女をなだめようとしても。ワカナの暴言を見過ごせないのは分かりますが、この女は異常者です。


「奥様に言いつけて構いませんが、このお方のお顔をよくご覧になってください! この方は我が王国の第二王子殿下ですぞ! 無礼は許されぬお方なのです!」


「えっ、第二王子!? あっ、本当だ! 貴族らしくない放蕩王子と呼ばれたレフトン王子だわ。何でここに!?」


ほ、放蕩王子? 確かに貴族らしくない王子だけど、そんな言い方はないでしょう。しかも、本人の目の前で。


「な~んだ。王太子になれなかったハズレ王子じゃない。王族の男だから使用人にもできないじゃないの! ガッカリ~」


「「「……!」」」


「お、お嬢様……」


「はあ……」


……無礼な態度を崩さない。その頭に一体何が詰まっているのでしょう? 公爵令嬢とはいえ、こんな態度は普通許されるはずがないのですよ? そもそも貴女の方がハズレを通り越して害虫かなんかでしょうに。


「ふっ、放蕩だのハズレだの……そういう評価をする人もいることは分かってたが、直に言われるときついもんだな。厳しい評価をありがたくもらうぜ、ワカナ嬢」


「ええ、喜んで受け取りなさい馬鹿王子」


「……」


何て女……。レフトン殿下は笑って受け止めたというのに馬鹿王子呼ばわりだなんて! しかも何でそこまで偉そうにできるのです! 教育のレベルが低いとは思ってたけどここまでとは!


「貴様、レフトンは仮にも第二王子だぞ? 王族を相手にその態度は何だ」


「態度ぉ? 何言ってるの? 側近の貴方たちだってそこまで敬語何て使ってないじゃない? 私はダメなのはおかしいわよ」


「な、何!?」


エンジ様が遂に怒りをぶつける。よくぞ言ってくれたと思ったらこの女反論しやがった。くそっ。


「僕たちは信頼しあってる仲だからいいのです。だけど貴女は違うでしょう。ろくにかかわりのない公爵家の次女に過ぎません。もう少し立場をわきまえるべきでは?」


「立場ですって? 何よ平民ごときが私に指図するわけ!?」


ライトさんもワカナに苦言を口にする。ワカナは文句を言うがライトさんは怯まない。


「これは僕のことではなくレフトンのことを言っているのですよ。地位の違いを考えれば貴方のレフトンに対する態度は不敬罪と言われても過言ではありませんよ。罰せられたいのなら構いませんがね」


「なっ、罰せられる!? 嘘、そんな、こんな第二王子ごときに!? じょ、冗談じゃないわよ! 何でそういう話になるのよ!?」


罰せられると聞いてワカナは青ざめた。おお、今度こそよくぞ言ってくれました! 今すぐにでも不敬罪で罰してほしいですね。やってしまいましょうよ! ……とは流石に顔にも口にも出せませんね。私のイメージがじゃないし。


「第二王子ということはこの国の最高権力者の次男だということです。貴女に分かりやすく言うなら、一番偉い人の子供ということですよ。つまり、貴女がレフトンに無礼な態度をとるということは国王陛下にも無礼だということですよ」


「あ、あの、その、わ、私は、そんなつもりじゃ……失礼しましたーっ!」




ざまあ!




あのワカナが背を向けて逃げるように走り去っていきました! いいえ、本当に逃げ出したのです! しかも、「もう牢屋は嫌!」と聞こえました! あのワカナの惨めで情けない姿を見ることができたなんて、ざまあ!


「……ふん、今頃身の程をわきまえたのか。愚か者め」


「とんでもない貴族令嬢もいたものだね」


ワカナが見えなくなっても、エンジ様とライトさんは侮蔑の眼を中々変えませんでした。ワカナが逃げた先を睨み続ける。


「……王太子殿下の時とは違いますね。よほど地下牢に閉じ込められたことがトラウマになったのでしょうか。無能なワカナお嬢様にしては学習しましたね」


もっと問題起こしてくれればよかったのに、と口にしそうでしたが止めました。私のイメージが崩れます。


「違うぜ、ミルナさん。『元』王太子だ」


「……カーズ殿下は王太子を降ろされましたか。失礼しました」


やはり、そうなりましたか。まあ当然ですね。お嬢様にした仕打ちを考えると、国を預ける男にしてはふさわしくありませんしね。


「仕方ねえさ。自分の婚約者を蔑ろにしたんだ。それも、きわめて有能な人物をな。親父たちがすごく嘆いていたよ」


「……ですね」


この人分かってるなぁ。レフトン殿下が王太子、ゆくゆくは国王になればいいのに。と思っても、彼の性格からすれば支える側になるのでしょうね。ゲームでレフトン殿下が国王になるには、ヒロインの攻略相手になる条件がありました。こちらではマリナ様とレフトン殿下の接点はあまりないようです。少し残念です。


「ソノーザ公爵に挨拶かましたら王都に戻ろう。裁判の準備しなくちゃなんねえ」


「そうだな」


「うん」


この後、そんなレフトン殿下の思い切った行動を見ることになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る