第22話 アイズ ―見る―

ワカナの絶望ぶりは実によかったです。やっと報いを受けてくれました。ざまあ。


しかし、私の仕事はまだ終わっていません。今度はあのクズ王子にサエナリアお嬢様の部屋を見ていただかないと。それとあの日記も見てもらわないと、計画に支障をきたします。


そう思っていると、同僚の使用人たちがこんなことを口にしていました。


「王太子殿下にサエナリアお嬢様が家出したって知られたみたいわよ。それで殿下はすぐに探しに行くって」


え? 今なんて?


「そうみたいね。急ぎ足で屋敷から出て行こうとしていたわ。自分でサエナリアお嬢様を傷つけたくせに」


ええー!? もう王宮に戻るつもり? マズイ! 早くしないと間に合わない!


あの馬鹿な王太子がお帰りだと聞いて私は全力で走っていきました。






間に合った! 屋敷から出る直前だ!


「急がなくては! 待っていてくれ、サエナリア!」


ちっ。ふざけんな! 待つのはそっちだ!


「お待ちください! 王太子殿下!」


「! 君は……?」


……何不思議な顔してるんですか。やはり、私の顔なんか知らないでしょうね。お嬢様の侍女として何度かお目に掛かったはずなのに。


「はあはあ………お初におめにかかります王太子殿下。私はサエナリアお嬢様の唯一の侍女ミルナと申すものです」


「サエナリアの、侍女? そういえば一人だけサエナリアに侍女がいると聞いたな。君がそうか。サエナリアのことは世話になっ、」


「王太子殿下! サエナリアお嬢様の捜索にご協力してくださるという話は真でしょうか!?」


真であれ。そうでないと私は許さない。


「!? あ、ああ………真も何も、これから父上、国王陛下に直接願い出るつもりだ。願わくば私が先導したいくらいだと思っている」


国王陛下に直接か。これならばうまく乗ってくれそうですね。


「それならば、無礼を承知でお頼み申し上げますが、今すぐにでもサエナリアお嬢様の部屋を殿下ご自身の目で見ていただけないでしょうか?」


「何! サエナリアの部屋を? ………私が入っていいのか?」


正直、嫌ですよ? 貴方のような女性の害にしかならない男を私のサエナリアお嬢様の部屋にいれるなんて。でも、そうしないと計画が進まないんですよ! 本当に腹が立つ!


「王太子ともあろう者が、謝罪する前に許可なく彼女の部屋に入るなど、」


「今は非常事態なので仕方ありません。是非、お願いします。私達のような者の視点ではなく、第三者の目から見ればサエナリアお嬢様の手掛かりが見つかるかもしれません。そのお時間をいただけないでしょうか?」


こう言ったら断れないでしょう? 本心ではお嬢様の部屋に入って見たいという下心だってあるでしょうから。


「な、なるほど、それもそうだな。そういうことなら受け入れよう」


「ありがとうございます! 可能なら護衛の方とご一緒にお願いします」


「護衛も? 何故、護衛が必要になる? 公爵は大きな権力を持っているが、王家の者に対して危害を加えるようなことはしないと思うのだが?」


この屋敷にいるでしょう。危害を加えそうな獣以下の馬鹿が。


「それは旦那様ならです。ワカナお嬢様は違います」


「!」


気づきましたよね。さっき、絡まれたばかりですしね。


「ワカナお嬢様はそういう教育がなっておりません。それゆえにでございます」


「あ、ああ……そうだな。彼女なら何をしてきてもおかしくはないな。む? だが、彼女は今地下室にいるのでは?」


「奥様が娘可愛さに出してしまう可能性もなくはありません」


「なっ、ありえ、そうなのか?」


目を丸くして驚かれるのも無理はありまあせんね。さっきも、奥様のせいであの馬鹿は解放されましたから。


「奥様がサエナリアお嬢様を蔑ろにしてワカナお嬢様を可愛がる様を見てきてまいりましたゆえ、可能性は高いと存じます」


「娘可愛さ、か……」


不快感が顔に出てますよ無能な王子様。まあ、ソノーザ公爵家の家庭の歪みを見聞きしましたからねえ。娘可愛さと聞いて顔をしかめるのも無理はないですよね。


「分かった、待っててくれ。すぐに呼んでくるよ」


カーズは屋敷の外に待機している二人の護衛を連れてきました。二人ともガタイはよくて鍛えられた騎士、この王子にはもったいないです。さぞかし苦労されているでしょうね。


「これで護衛は十分だ。二人とも私が信頼できる騎士だからな。では、案内してくれ」


「かしこまりました。私についてきてください」


私はサエナリアお嬢様の部屋に三人を案内します。ソノーザ公爵家の許可も無しに。





私の案内で、カーズと護衛二人はサエナリアお嬢様の部屋に来た。ソノーザ公爵家の物置……倉庫にされているこの部屋を見るために。


「「…………?」


「じ、侍女よ、ここが……」


「はい?」


「ここが、そうなのか? ここが、サエナリアの……」


「はい、間違いなく。この倉庫がお嬢様の部屋として与えられたのです」


「「「…………っ!」」」


カーズと護衛二人の反応は、数時間前にやってきたソノーザ公爵夫妻と同じような反応です。いえ、カーズの場合は怒り心頭のようですね。


「…………何ということを! これが実の娘に倉庫で過ごさせるなど、何という非道なる仕打ちか! 虐待と同じではないか!」


「その通りです、殿下。これも奥様とワカナ様のお決めになったことです。旦那様がこの状況を知ったのは、今日でございます」


「今日だと!? ああ、確かにそう言ってたな! 何と馬鹿な奴だ!」


馬鹿? それは貴方も同じでしょう? お嬢様のことを何も知らないくせに。


「信じられません……貴族令嬢ですよ……?」


「ソノーザ公爵の頭は鳥頭ですか?」


鳥頭か。いい線いってますね。あの次女と夫人のほうがふさわしいですけどね。


「今日までこんな仕打ちを受けていたことを知らなかっただと!? ここまでサエナリアに関心がないとは! あんな立派な娘を自慢もせずにか! ソノーザ公爵家はやはり断罪すべきだ!」


ソノーザ公爵家の断罪は賛成です。だからこそ、今は私にうまく利用されてもらいますね。


「殿下、落ち着いてください」


「ここに来たのはそんな目的ではないはずです」


「だが! いくらなんでもこれは酷いだろうが! 大体何だ、次女の方が可愛いから蔑ろにしてきたって! 同じ両親を持ったのだから同じだけ愛情を注げばいいだろう! お前たちも見ているだろ、挙句にはこの部屋だぞ? 貴族が行うべき仕打ちではないわ! 公爵家が聞いて呆れる所業だ、決して許さん!」


……この人も決して許されはしないけど、もっと言ってやってくださいな!


「……私は、少しでもソノーザ公爵家を断罪できる証拠を求めてサエナリアの部屋を案内してもらったが、これだけでもう十分だ。我々三人の証言があれば公爵夫人の非道を訴えることができる。これで、少しでもサエナリアの心が晴れるなら……」


んん? 何かこいつ、もう目的がずれてますね。

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