第4話『新しい日常を、受け入れられるかしら』

「……あれ、私……」


 見慣れない場所で目を覚ます。

 痛みのない体を起こし、右手の違和感に気づく。

 視線を移すと、そこにはラナの姿が。


 抜けた布団から、一部状況を理解した。

 だからこそ、まずは取り乱すのではなく、ラナの頭に手を。


 すると、二撫でしたところでラナが目を覚ます。


「――あ、ああ! 隊長、目を覚ましたんですね!」


 ラナはやはり泣き出してしまう。

 その声を聞きつけ、慌てた様子で入室してきたのはクディア。


「無事で何よりだよ」


 記憶の最後が蘇る。

 疲れ果てた私は、クディアの腕の中で……。


「アイナ、急に顔を真っ赤にしてどうしたんだい!? まさか、気分が――」

「い、いいや! なななななんでもないわ!」

「どうしたんだ、らしくないじゃないか」


 そう、私らしくない。こんなに取り乱して。

 頬が熱い、まるで頭から湯気でも出てしまっているかのように。


 だけど、それは次第に冷めていった。クディアの口から語られる内容によって。




「……そう、なのね」

「ああ。でも、キミは本当によくやった。だから、自分を誇ってほしいんだ」

「そうです。隊長は、みんなのために戦ってくれました」


 戦いが、長い戦いが、終わった。

 勇者クディアは、見事に魔王を討伐し、それをキッカケに全ての魔王軍は塵と化したらしい。

 だが、嬉しい話だけではなかった。

 私が目の前で見た、仲間の犠牲。あれは、夢でも幻覚でもなく現実。

 隊の半分が戦死となってしまった。


 クディアの配慮も、ラナの言葉も意味を理解している。

 私は、仲間の死の責任を一身に背負おうとしているのだから。

 毎日言葉を交わし、共に戦ってきた仲間をそう易々と忘れられるはずがない。

 だから、気負い過ぎるな、か。


「ラナ、ちょっとだけ二人だけにさせてくれないかな」

「……わかりました」


 クディアのその言葉で、ラナは退室していった。

 少しだけの静寂後、クディアが口を開く。


「終わったのね……」

「ああ。全部、終わったんだ」


 もう、戦わなくていい、ということ。

 部隊などはそのままだとしても、日常が、非日常に。

 今までの非日常が、日常になる。


「私、どうしたらいいのかな」

「不安かい?」

「そりゃあそうよ」


 戦いの最中、気を引き締めて、自分の心に嘘を吐いていたのが、今は必要ない。

 じゃあ今、私はどうすれば。


「そういえば、アイナの部隊が名誉受賞することになったんだよ」

「凄いじゃない」

「ははっ、他人事みたいに言うじゃないか。ちなみに、エイナは特進どころの話じゃないんだよ」

「え?」

「国衛聖騎士長に任命されるって、王様から耳打ちされた」

「そう――え、えぇ!? そんな役職聞いたことないんだけど!」


 私は、両目を見開いて顎が外れそうなぐらい開いてしまった。


「新しく作るらしいよ。話によると、権力的には王様の次、場合によってはそれ以上になるらしい」

「な、なにそれ!?」

「それぐらい、エイナの活躍は称えられているってことだね。――それもそうだ。聖騎士団とは名ばかりの連中なんかより、国のため世界のために戦ったんだから」

「……」


 そんな大それたものじゃない。

 守りたい場所があった、守りたい人達が居た、一緒に戦ってくれる人達が居た、力になりたい"人"が居た。

 だから、私は戦えた。

 

「アイナ……」


 気づけば、涙が頬を伝っていた。


 今まで、感謝は伝えられど、褒められたことは一度もなかった。

 それが今……やっと。


 抑えていた感情が、堪えてきた痛みが、溢れ始めた。


「医院長も大変だね」

「……え?」

「だって、今頃はというか今の今までずっと、駆けこもうとしている国民を制止させてるんだよ」

「……」

「ちゃんと、国民も活躍を理解しているってことさ」


 もう、感情は止まらなくなっていた、感情の蓋が外れたように。

 両手で顔を覆い、前に屈む。クディアにこの姿を見られないように。


 ――――――。


「ごめんなさい、変なところを見せちゃったわね」


 少しの間、私は泣き続けた。

 こんなの、子供の時もなかったのに。


「なんだか僕も、今、初めて安心したよ。キミにもちゃんとそういう感情があるんだね」

「何よそれ」


 じゃあ私は、自分の気持ちに、感情に、素直になってもいいって……こと?


「こほん」


 急に、クディアは咳払いをして、髪の毛を整え始めた。


「本来、こういうのはもっと順序立てて、場所を選んでって必要かなって思うんだけど。僕は、キミと同じぐらいに不器用なんで許してほしい」

「え? 私、喧嘩売られてる?」


 そんなにかしこまって、本当に私と同じく、らしくない。

 しかも、今までの売り文句に買い文句もない。


 もしかして、ご家族に不幸が……。


「もしも、もしもエイナが良かったらでいいんだけど。あー、その、えーっと……」


 本当にらしくない、どうしたの。


「ぼ、僕と付き合ってください!」


 そんなに顔を真っ赤にして。


 ――え?


「え?」

「だめ……かな」

「急にどうして……」


 そんなに真剣な眼差しで。


「急、じゃないんだ。結構前から、アイナのことが好きだった」

「だって、そんな素振りなんて一つも――」

「だから言ったでしょ、僕は不器用・・・なんだって」


 クディアは自分の気持ちを正直に伝えてくれた。真っ直ぐに、真摯に。


 だったら、だったら私もちゃんとそれに応えなくちゃ、ね。


「嬉しいわ。――でも、ごめんなさい」

「…………そうか」

「――どうか、どうか私をクディアのお嫁さんにしてください」

「――っ!」

「だめ、かな……?」


 クディアは目元を腕で拭う。


「一生、アイナを大切にするよ。未来永劫、絶対に」

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