第7話 すべては計画された恋心

「お、覚えてますよね? あ、あの……先生のクラスの……職員室の前に飾られている絵の……」


 私は必死だった。


 あの時、一緒に話していた志木先生ならわかるかもしれないと思った。


「だ、誰も覚えてないとか、ありえない」


 答えを待つ前に、思わず心の声が口から出ていた。


「桃倉さん……」


 そんな覚えはない。


 またそう言われるのだと思った。でも、


「悪いことは言わない。もう二度と、その名前を口にしないで」


 やっぱりこの人は知っていた。


「ど、どうして……」


 ぞくっとした。


 先生を見ていると、視界がぐらんと揺らいだように思えた。


 あれ、この人、誰だったっけ?


 加えて不思議な感情に取りつかれる。


「いい? 彼が大切なら、もう……」


 忘れなさい、と彼女は言った。


「み、みんなもそうやって知らないふりをしてるってことですか?」


 忘れるために。


「違うわ。みんなは本当に忘れてしまったの。でも、でもあなたは……」


麻子あさこ、もう遅い」


 後ろから突然聞こえた声に、先生の表情が変わる。そこには背の高い、日本人離れした整った面持ちの男性が立っていた。


「ろ、ロイ!」


「何だよ、おまえ。この学校の生徒は任せとけって言ってたくせに、ひとり見逃す気だったのか? しかもわざと」


「お、覚えているはずないのよ、この子だって」


 普段とは別人のように取り乱す、そんな先生に目を見張る。


 それでも状況がわからないため、私は整理できない頭を抱えたままただ茫然とふたりの会話を聞き入っていた。


 ロイと呼ばれた男は私に瞳だけ向け、簡単に言った。


「おまえがちゃんとあいつを忘れてやらないと、あいつは生きたまますべての能力を奪われることになる」


「は?」


 な、なにを言っているの?


 突然の状況に混乱しきって私の脳は正常に機能していない。


「つまり、人でなくなる」


 冷静に言い放たれた言葉はなぜかそれはすんなり入り込んできて体が硬直した。


「ひ、人で……」


「ろ、ロイ!」


 言われている意味を理解しようと必死に頭を働かせたけど頭の中はただ真っ白なまま。


 そんな時、また先生が大声をあげた。


「いい加減にして。これ以上は……」


「麻子、こんな嘘、すぐにばれる。おまえだってわかってるんだろ」


 な、なに、言ってるの?


 の、能力を奪う?


 つかいものにならなくなった頭を必死に働かせようとする。


 それを構わず、またロイが続けた。


「あいつは、ここの時代の人間じゃねぇ」


「え……」


「もっと先の時代から、タイムマシンを不正利用して、この時代に逃げてきやがった犯罪者だ」


「……は?」


 た、タイムマシン?


「で、俺らが時空を守ってる。まぁここで言う警察ってわけ。あいつを捕まえにここまで来たんだ」


 淡々と語るロイという男は、頭がおかしいのではないかと思えた。


「そっ……」


 信じられなかった。


「そんなわけないじゃない! 白ちゃんを中学校の時から知ってるって子もいるのよ!」


 気づいたら声を荒げていた。


 だって、白ちゃんと同じ中学で過ごした子の話を聞くたびに羨ましくなっていたことはまぎれもない事実だ。


 でも、ロイは首を振る。


「あいつの時代では、簡単に人の心を支配することだって可能なんだ。実際、おまえのその感情もあいつに操られてるだけだろうし……」


「や、やめて、ロイ!」


 先生の金切り声が響く。


 何も考えられなくなった私は、ただ呆然とその様子を眺める。


 周りの音が徐々に消え行き、スローモーションにさえ感じられる。


 それでもロイの指が私の額に触れた時、突然動けなくなっていた。


(あ、操られている……)


 その言葉が、心に勢いよく突き刺さった。

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