火蓋

三人で乱れた翌日の朝、私たちは招集を受けた。民らが戦の気配に気づいているように我が国の兵がここに集っていることから開戦が近いことは分かっていた。

「ルブラム将軍。そなたには重要な任に就いてもらう、心して聞け」と威厳のあるペドーネ軍団長の声。将軍、とは言っても一万の兵を率いる権限を持っている訳ではなく百人の魔術士を率いる立場である、ただ魔術師でない軍人で言う千人隊長から将軍の間に値する地位にあるというだけだ。魔術師は兵役人口千に対して一と言われている。古くは魔術師が将軍とその脇を固める近衛となり、彼らが兵卒を率いた。しかしながら今日では両者は分けて運用されることが普通となっている―――少なくとも旧西帝国と東帝国の間では。この傾向は銃と砲の発明以降顕著となった、これによって戦から詩が失われた、という者もいる。「明日からベルニ峠でルファラシアとの戦闘が始まる、将軍は十の魔術師で敵地に入り込み二つのことを行ってもらう、一つは火薬庫の破壊、次いで高級将校の暗殺である。北側の想定される地点は別の将軍に任せてある、其方は南側を探れ」と軍団長は巻かれた地図を机の上に置いた。歯切れよく返事をし胸に拳を当てると、その地図を受け取り私は軍団長の部屋を後にした。

自室に戻るとすぐさま八人の名を挙げイルマに集めるように伝えると地図を広げる、火薬庫と兵糧庫が置かれるとみられるいくつかの地点に印がつけられれ、後方の陣営が置かれると予想される点も示されている。一千年以上前から精確な測量が為されるようになり、西帝国が統一されていた時に行われた測量を基にした地図は西大陸中に広まっている。加えて、三国に分かれて以来途切れることなく生間を出し続けているため、少なくとも国境付近の細かい地形は粗方調べられている―――これはおそらく向こうも同じだろう。民らは要害で守られた我が国の勝ちを信じているようであるが、ルファラシアは西大陸の中で最も広い平地を中心とした国で、兵数は三倍以上はあると考えられる。こちらが狙うような局所での優勢を取るための後方襲撃を狙うよりは北のトルネテレ方面からの陽動に魔術師を使ってくるだろう、したがって私たちは少数でこれを成し遂げなくてはならないのだ。

「ルブラム将軍、集めてまいりました」と、イルマが八人の魔術師を連れて部屋に入ってきた。まずはロザリナ、彼女は生まれの良さからその魔術の才能は抜けている、頭もよく切れるし実戦の経験は薄いが訓練で相手をしている限りでは観察眼もよく女であることによる身体の大きさの欠如を魔術と冷静さでよく補っている。それから腕っぷしの強い男の魔術師、孤児院では先輩にあたり、剣の腕だけでは私にも並ぶブルーノ。それからこの辺りの山の哨戒を普段から行っている男二人に、輜重隊無しの任務を支えるための身体が丈夫で大量の物資を運ぶのに困らない男四人。彼らに地図を見せながら「遂にルファラシアとの戦が始まる、我々に課せられた任は非常に厳しいものとなっている。明日より両国の開戦が行われるであろうベルニ峠の南方から抜けて、まずルファラシアの火薬庫を見つけ出しこれを破壊する」と伝えた後にロザリナのほうを見る、「ジョフレ君、君はこれに成功した際には来た道を戻りこれを報告するように」と告げる。彼女は通常シエナ伯爵令嬢と呼ばれるが軍では家の氏で呼ぶのが普通である。「それからさらに奥地に入り込み指揮所に夜襲をかける。知っての通り、我が方は数で大幅に負けている。しかしながら、物資と指揮官を叩けば趨勢は変わる。君たちの献身と奮戦に期待している」と激励すると彼らは胸に拳を当て高らかにこれに答えた。

宿舎に戻り胸甲をつけ、薄い戦衣を纏う。魔術師は男も女も羅衣で戦う、全身の肌を以てして魔術を操るためにできる限り身に纏うものは薄くする必要がある、そして鉄に頼らず魔素を纏うことで刃や弾を受け止めるからだ。その上に外套を着こむ、魔術で寒さをしのぐことはできない、とっさの対応で後れを取るかもしれないが秋に入り始めた山を長時間歩くのは体力を食われるためしかたがない。遥か東は嵐の戦士たちの国ヤファムから齎された愛刀を手にすると集合場所へと向かう。すでに皆は集まっており、大男の胴回りを超えて糧食などの物資が詰められた四つの背嚢を囲んでいた。日は高くそしてよく晴れている、夜が寒そうだ。

「ルファラシアの軍は愚かにも我らの地へと踏みいらんとしている。かつて、西帝国が腐敗し内乱があった。戦士と魔術師たちの闘いであった過去の戦は消え、民が銃を持つようになった、矢の雨や魔術の嵐は誰彼問わず襲う鉄弾の雨に置き換わった。封土の独立を保とうとする者、帝国の威光を取り戻そうとするもの、覇を唱えんとする者、乱に乗じて私腹を肥やさんとする者、乱れた時代に誰もが傷ついた。その時ヴァルターンでは我らの太祖ニコラが立ち上がった。太祖は正しい政治を行い、ヴァルターンの民を安んじ国を豊かにした。時を同じくして立ち上がった三人の英雄、即ち皇族であるルファラシアのフィリップ、そしてポルテーの将軍ロドリゴ、彼らもまたそれぞれの道でそれぞれの地方を纏めた。三国の間で諍いが無かった訳ではない、三人ははじめは、誰もが帝国の統一を考えた。だが、最後には民を慈しみ争いを辞めたのだ、彼らは気づいたのだ、帝国は大きすぎたと。それから百五十年余、かつての西帝国の三国は互いによく結びつき、平和な時が流れ、民は豊かな暮らしを送ってきた。今のルファラシアの王は、それを壊そうとしている。これは明確な侵略であり、過去の三人の賢王に対する冒涜である。ヴァルターンはルファラシアに比べて小国であるが、今世の平和を守る矜持がすべての兵の胸にある、そして優れた知勇を皆が兼ね備えている、彼らはベルニ峠の要塞を何時までも守り切るだろう、降り注ぐ鉄の雨に彼らの心は屈することは決してない。我々魔術師も負けてはいられない、何故なら、この国の尖兵であるからだ、日夜訓練に励み皆に期待されそれに見合う力を持つ誇り高き精鋭だ。我らはこれから少数で敵地に潜り込み、ルファラシアの後方を破壊し、奴らの牙を抜く。侵攻する力を失ったルファラシアの軍勢は己の愚かさを恥じ、逃げ帰ることになるだろう」と私は檄を飛ばす。私たちは山に向かって歩み始めた。前線で数多の撃鉄が落ち火蓋が開かれるその前から戦は始まっている。

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