8月31日 夏の終わり

「見事だ、と言っておこう」


 イセリナを斬りつけようとした黒いプレートアーマーに対し、一か八かで飛び込み天星十字剣を鳩尾に突き刺した。それで倒れてくれと思ったが甘く、頭を掴まれ顔面を殴られる。だがまだだ、まだ倒れるわけにはいかない。ここで倒れてしまえばイセリナが殺されてしまう。この子だけは護らなければ!


「なぜ邪魔をする?」

「父親に殺された子なんて辛すぎる。それなら父を殺した俺を恨んで貰う方がマシだ!」


「その覚悟がお前にあるのか?」

「覚悟することで救えるならしてやらぁ!」


 そう叫んだ瞬間、天星十字剣が輝きだし黒いプレートアーマーの体のあちこちから光が漏れ始めた。もう力は全て放出したはずなのに……。唖然としながらも俺も歯を食いしばり柄を握る手に力を籠める。俺の全てをくれてやるからコイツを倒すために力を貸してくれ、相棒!


「そうか……乗り越えるかこの私を」


 相棒に全てを注ぎ込むように力を込めていると、黒いプレートアーマーはそう優しい声で言った。驚き顔を見上げると兜にヒビが入って崩れていく。


「康矩、さっきの言葉を忘れるなよ?」


 聞き覚えのある声でそう呟いた。やがて兜は全て崩れその顔が露になる。俺は涙が溢れながらも何度も頷く。それはいつか見た覚えがある優しい笑顔だった。ああ、俺がこの世界に来て帰れるとしたら、あなたの御蔭なんだ。


天星十字剣が周囲を光で飲み込んで行く。最後には俺一人だけとなり意識を失い始める。頭の中でここに来る直前のことを思い出す。夏休みにどうしても海に行こうと言われて仕方なく来たんだ。ずっと海には来たくなかった。


それは他の家からこの家に来て初めての夏、俺は海で溺れ助けられた。代わりに動かなくなった人がいる。その人のことを思うと足が竦んでこれまで一度も海には入ってこなかったのに。


自分から家族がまた居なくなってしまう悲しみに耐えられず、ずっと苦しんで来た。この夢はあの人が気に病んで見せたものかもしれない。SF好きだったし。


だらしないよな……俺はあの人の代わりに動く時の中にいられるというのにふさぎ込んで。だけど大丈夫、もう自分で歩けるよ心配しないで。本当にありがとう。



                ・



「康矩、いつまで寝てるの!?」

「起きてるよ」


 とっくに目は開いていて天井を見ていた。その視界の中に生意気そうな目をした少女が映り小さく笑う。それに対して鼻で笑いながら人差し指を伸ばしたり起こしたりしている。指じゃなくて言葉で言えばいいのにと思いつつ、からかってやろうと寝返りを打つと肩をつかまれ乱暴にベッドの下に落とされる。


「どうしたの? 怒ればいいのに」

「今日は許してやるよ」


「なに? 隠しごと?」

「お前に隠しごとなんて山ほどありすぎて見当がつかない」


 そう言うと手を引っ張られ起こされた挙句ヘッドロックを決められる。タップしているのに無視して攻撃を続けられ、このままだとまたあの世界へ行く羽目になると冷や汗が出た。


「理奈! 康矩! なにしてるのいつまでも!」


 強めのウェーブが掛かった女性がエプロンにお玉を持って大声を上げながら入ってくる。少女の力が緩んだので首を抜き立ち上がる。


「なんかじゃれついてきてさ」

「いい加減にしなさいよ! 今日はなんの日だかわかってる!?」


「もちろん。一日だって忘れたことはないさ」

「嘘つけ」


 少女の非難の声を無視していると前に回り込んで睨み付けて来る。掌で優しく顔を覆ってやると素晴らしい太さの足で蹴りを急所に入れやがった。声を発することも出来ず悶絶する。ドスドスと音を立てながら下の階へ去って行った。


「ホント飽きないのねアンタたち」

「俺は飽きてるよ。でもまぁ明日からはまた通常営業だし」


「頑張りなさい。アンタたちは未来へ向かってちゃんと時間が流れているんだから」


 そう言って部屋を去って行った。俺たちは否が応でも時間は流れていく。あの時経験した悲しさや辛さを糧に強くあろうともがいている。夢とは言え乗り越えたのだから、家族を支えるためにもっと強くなってやろう。そう心で強く改めて想いながら命の、人生の恩人がいる場所へ向かうための準備を始めた。


          


                完

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のんびり異世界日記 田島久護 @kyugo

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