日暮カナエは溺れてく


 気が付くとベッドの上で、お互い裸になっていた。

「あ、あれ、私、いつの間に……」

「和樹……いえ、カナエさん、大胆……」

「ち、ちょっと待って。ここどこ?」

 先ほどまで、和樹の殺風景の部屋にいたはずだ。

 それが、今では、大きなベッドに薄明るい電気、丸見えの風呂場。

 ここは明らかに。

「ラブホ!?」

「もう、カナエさんったら、自分で連れてきておいて何を言ってるんですかあ?」 

 ――記憶がない……。

 カナエはさすがに頭を抱えた。

「さっきまで、やる気ギンギンでシャワー浴びてたじゃないですか」

「確かに、肌が濡れている……」

「ほらほら、アソコも準備万端じゃない。……ふふっ」

「だ、だから私は女の子を抱くとか抱かないとか、そういうアレは……」

  その途端。カナエの脳裏に電気的な刺激が走り、凍結されていた記憶の一部が瞬時に解凍されて、前後のプロセスがない経験の確証だけが蘇った。

 ――アレ? 女の子を抱いたことがある……?

「私は女の子を抱いたことがある……」

「カナエさん?」

 カナエはスイッチが入ったように、ユイに覆いかぶさった。

「カナエさん、本当に大胆……」

 ユイの花弁はすでにカナエを受け入れようとしている。

 カナエはユイに受け入れてもらえるのが心のどこかで嬉しかった。 

「入れるよ……」

 ユイはコクリと頷いた。

 花弁に和樹の、いや、カナエのモノが入っていく。

「う、ああ……」

 思わず声が漏れる。

 カナエは今までに感じた事のない快楽を感じる。 

 それは、指でも、道具でも味わうことのない……。

 ユイの花弁を開いていく。

 和樹としてユイを抱いているのか。カナエとしてユイを抱いているのか。

 カナエはもうどうだってよかった。

 今は目の前の彼女を自分の物にしたい。

 ひとつになりたい。

 彼女の最も柔らかい部分を突きくだく。

 それはまるで、吸血鬼の胸を貫く木の杭のように。

 だが、今、私の物を染め上げているのは、毒々しい血潮ではなく、蜜のように、あるいは、液化したガラスのように透き通った、愛液という名のユイの蜜。

「ゆい……ユイ……!」

 ずっと前から愛を育んでいたかのように名前を叫んだ。

 尿意に酷似した快感に下半身が痺れる。

 もちろん、初めての経験だけれど、それが何かは知っている。

 したことはないが、された事なら何度もある。

 だからカナエは、いつも、その瞬間に、一瞬、躊躇いながら自分が相手の耳元に囁くひと言がユイの唇を割って発せられるのを期待の中で待った。

 そう。その言葉を聞いたときが快楽の頂点を迎えるに相応しい瞬間。

 はたして、その声は、ハッキリと要求した。

「……中に……中でだして……! 精子、ちょうだい!」 

 どくん……と音が聴こえるような激しい快感と一緒に和樹自身は溶けて熱い真珠を

ユイの中いっぱいに放った。

 「ウッ……あっ、ああ!」

 脳髄が砕けるような悦楽に呻くような声が喉の奥を鳴らす。

 カナエの心は満たされていく。満足感。達成感。極上の快感。

 しかし、瞬時にして興奮状態から解放された思考回路が「何かがひとつ足りない」……と、そうカナエの心に不満を呟く。

 足りない。……いや、そうじゃない。何か『余計』なのだ。

 そう……それは和樹の……。

 ――快感は良い。でも、コレは私には必要ない……。

 ――私は日暮 カナエ……。

  

「カナエ」

 突然、耳元で名前を呼ばれたので、「はい!」と出席を取るような返事をしてしまった。

 すると、いつ変わったのか、カナエとユイの体位が逆さまになっていた。

 そして、先ほどとは違った快楽がカナエの下半身を刺激した。

「ひ、ああ……!」

 ユイの細く、長い指がカナエの中を乱しているではないか。

「な、なんで……?」 

 カナエに先ほどまであったものが無くなっていた。

 あるのは女の花弁。

 その花弁からは蜜がとめどもなく溢れていた。

 しかし、カナエの頭の中は快楽と混乱の波が押し寄せていた。

 ――私はさっきまで和樹だったはず……。

 ユイを抱いていた。

 それが、今では、ユイに抱かれている。

 女として女に抱かれている。

 天井の鏡が満月のように輝き、カナエたちを映す。

 その行為は、他人事のように見えた。

「私は……今まで……」

 カナエの瞳から涙が流れる。

「カナエ? どうしたの」

「わ、私、今まで……ユイに抱かれていた?」

「……そうだよ」

 カナエはユイに抱かれながら夢を見ていたのか。

 だが、全て肌で感じ、見てきたものだ。

「ねえ。ユイの前の恋人の名前って何だっけ」

「え? 和樹だけど……」

 カナエの顔から血の気が引いた。

 ユイの元恋人に嫉妬して、あんな夢を見たのか。 

「ねえ。私って前の恋人と比べてどう? やっぱり、アレがあった方が良い?」

 カナエは聞かずにはおれなかった。

「そうだなあ……そうねえ……」

 ユイはわざと考え込む振りをした。

 カナエは我慢できずにユイに抱き着いた。

「ユイ……私だけを見て」

「今日のカナエ、変だよ」

「怖い夢を見ていた気がするの」

「そう。夢を見るほど、気持ちよかったのね」

 ユイは起き上がると大きく伸びをした。

 その姿はまるでアルテミスの弓矢のようだ。

 ユイはまた何事もなかったかのようにカナエを抱いた。

 カナエは再び快楽の沼に溺れていった。

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日暮カナエは溺れてく シイカ @shiita

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