和樹
身体に違和感はない。
カナエは昨夜見た夢に大きくため息をついた。
起き上がって、洗面所へと向かい顔を洗おうとすると……。
――ひ……?!
顔を洗おうとしたカナエは鏡にうつった自分を見て悲鳴をあげた。
鏡の中には見知らぬ若い男がいたからだ。
振り返ってみるも、誰もいない。
それが自分の顔であると気づくのに時間はかからなかった。
自分の顔を触り、髭の感触を感じた。
やはり、男の顔だ。
自分の身体を触る。
長かったはずの髪は短く、腕には筋肉がつき、背も伸びていた。
しかし、不思議なことに服も男物に変わっていたのだ。
カナエは明かりをつけ、部屋を見渡した。
間取りはカナエの部屋と同じだが、インテリアが変わっている。
モノクロ調の家具がならんで、さっぱりとした部屋になっていた。
ハンガーにかかっていたスーツから財布を取り出し、運転免許証を確認した。
写っているのは、さっき鏡で見た顔と同じだ。
名前は日暮 和樹(かずき)。
和樹という名前に覚えがあった。
カナエが男の子だったら和樹って名前にしようと思っていたと母親から聞かされていたからだ。
カナエはどういうわけか、もうひとりの自分になってしまっていたようだ。
どういう理屈でそうなったのか、全く分からない。
たぶん、考えたところでSF的あるいは漫画的な推測ぐらいしか出てこなくて、それらは、今、直面している現実を「ふざけるな!」と論破する力を持たぬだろう。
そうだ。こうなってしまった現実がある以上、何とかうまくやっていくしかない。
「日暮 和樹……」
声に出して確認した。その声も男の物だった。
――日暮 和樹という人物。つまり、別世界の私は、いったいどんな人生を歩んできたのだろう?
カナエは自身の人生が物凄く駄目だった分だけ、和樹の人生は幸せのものであってほしいと願った。
部屋を探索し始めるも、最低限の服。最低限の家電。最低限の家具しかなかった。
スマホには履歴も連絡先も残っていなかったが写真が一枚だけあった。
それは満月を写したものだった。
――なんで月の写真?
日暮和樹という人物に関することは何一つわからなかった。
カナエはスマホをベッドの上にポンっと放り投げた。
――和樹。アナタはどういう人なの?
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