第6章 剣の記憶 ⑤
ルチアの導き――彼女が生み出した浮遊する淡い光を追って街を進む二人。シスターフットの中で新たな魔物に襲われることこそなかったが、街は廃都と呼ぶに躊躇いがないほどの廃墟と化していた。
まともな形で残っている家屋はなく、また魔物の残り香とでも言うべき瘴気が漂っている。オークやオークキングが居着いていたのだ、それも仕方ない――二人が望んだ食料などは望めないだろうと思えた。
そんな不気味な廃都と化したシスターフットを光はゆらゆらと進んでいく。
「ロッテ、一応警戒はしとけよ。魔物がいてもおかしくなさそうだ」
「う、うん――」
シャルロットは頷いて――
「なんだか悲しいよ。魔王が復活する前に一度、お父様やお母様とこの街に来たことがあるんだ。ルチア聖殿が近いせいかどこか静謐な空気があってね。すごく穏やかで綺麗な街だったんだよ。それが……」
魔物に滅ぼされてしまった街――その無惨な光景に嘆く。
「……ああ、惨いな」
それからしばらく二人は黙り込んだまま、ただひたすらに前を行く光を追う。ルチアが生み出した光は瓦礫の山となった廃墟を進み、進み――
「あれ?」
ふと、シャルロットが気付く。
「どうした?」
「……もしかしたら、アネット家に向かってるのかも」
「アネット家――勇者の分家だったな」
ジェイクが尋ねると、シャルロットはうんと頷いて、
「うん。この街に来たのは小さい頃だったからうろ覚えだし、町並みもこれだからちょっと自信ないけど――でも方角は合ってると思う。お屋敷が街の中心にあって」
「勇者の末裔が治めていた街で、勇者を導くっていうルチアの先導だ。そうなのかもな」
街の凄惨な光景にあてられたのか、それきり二人の間に会話はなく黙々と光を追う。
――そして、ルチアが生み出した光は街のある一点に辿り着くとその場に留まった。そこはまさしく街の中央で――
「……やっぱり、アネット家があった場所だ」
「とは言え何もないぞ。瓦礫があるだけだ。ここにあるものを手にしろって言われてもな」
魔物に破壊され、風化したアネット家跡は屋敷の残骸が野ざらしになっているだけで、家と呼べそうな形のものは残っていなかった。
「……これじゃあ食料どころか、屋根の下で寝るってのも難しそうだ。街中探せば屋根の形を保っている廃墟もあるかもしれないけど」
ジェイクがぼやく。シャルロットの方は口元をきゅっと引き締めると、膝をついて地面を覆う瓦礫に手をかけた。
「――おい、危ないぞ」
「でも、ルチア様がここにあるものを手にしろって――瓦礫を見せるために私たちをここまで連れてきたとは思えないよ。瓦礫の下に埋まってるのかもしれない」
そう言うシャルロットにジェイクは肩を落とした。ルチアに対してシャルロットほどの信心を持てなくなったジェイクも、ルチアがそこまで意味のないことをするとは思っていかない。
「……じゃあ、この辺りの瓦礫を少しどかしてみるか」
「うん!」
協力的なジェイクにシャルロットは微笑んで――そして二人で瓦礫を撤去する。
そしてしばらく――
「……ルチアが連れてきたかったのはここか」
二人は地下へ続く入り口を見つけた!
◇ ◇ ◇
瓦礫に埋もれたせいで魔物たちには見つからなかったのだろう。瓦礫の下で腐りかけた床材の中、形を保っている鉄の痛を見つけた二人はそれが隠し通路の入り口だと気付いた。通路を蓋していたそれをどかすと地下へ続く階段が現れ、ルチアが生み出した光がすうっと地下に下りていく。
地下は当然日の光は届かない――ルチアの光だけでは心許ないとジェイクは瓦礫で松明を作り、光を追って地下へ進む。
そこは、たまたまそこにあった地下ダンジョンなどではなかった。明らかに人の手によって作られた地下室。
「……アネット家にこんな地下室があったなんて」
薄暗い中階段を下りつつシャルロットが呟く。その時地下から風が流れ、松明の火が揺れた。
「風……? 地下なのに」
「……多分、奥の方が外と繋がってるんだ。地下なのに空気が淀んでない。換気の為か、他に出入り口があるのか――まあ、換気の為だろうな」
「出入り口かも知れないじゃん。アネット家だって勇者の末裔だもん、王家ほどじゃないにしても要人と言えるし、万が一の時に備えて隠し通路があってもおかしくないよ」
「……なんでそんな発想――もしかして王城にはあるのか」
「あるよ。謁見の間から王都の外壁近くまで繋がってる地下通路が」
「あるのか……っていうかそれ俺に話していいのか」
「ジェイクだもん。別に――そうだ! 魔将軍倒して凱旋するとき、それ使ってお父様びっくりさせようか?」
「そんなこっそり凱旋せんでも――……まあここはそういう通路じゃないんじゃないかな」
「なんでそう思うの?」
シャルロットが尋ねると、ジェイクは多少口ごもって、
「……勇者の末裔だって、子供は可愛いだろ。お前の親父さんもお前が俺に着いてくって言った時渋ったろ? こんな逃げ道があるなら、アネット家の当主も子供くらいは逃がそうとしたんじゃないか? 奥さんとか、屋敷ってぐらいだし女中とか下男とかも……生き残りがいたんなら王家を頼ってくるだろ」
「……そっか」
「……まあ、だとするとここはなんなんだって話なんだけど」
話しているうちに階段が終わり、平坦な通路になる。しばらく進むと通路は大きな部屋にぶつかり――そしてそこが目的地のようだった。光は部屋の中央で留まり、そしていくらか明るさを増した。
光が室内を照らしてくれたことで部屋の様子が窺えた。そこは小さな畑一枚ほどの部屋だった。天井も高い――普通の家屋なら二階分くらいはありそうだ。
ジェイクは手にしていた松明を石畳の床に置き、室内を見回す。ただ、四角い部屋――その奥に棚や木箱が並んでいるのが見える。
「――ジェイク! あれ、食料だよ!」
シャルロットがそれに駆け寄る。棚に並んでいるもの、木箱に詰められていたもの――それは小麦粉や乾物など、長期保存に耐えうる食料だった。
「……避難所ってわけか」
それにしては避難民の姿が見えない。かつて避難民だったもの――つまり、死体もだ。
「ねえジェイク、いっぱいあるよ!」
「やめとけ。十年前のもんだぞ。小麦粉だって一年もすりゃあ痛む。乾物も。十年も経ってればどう考えてもダメだろ」
「でも、ジェイクが食料を探すって――」
「俺は野生化した農作物や家畜を想定してたの」
棚や木箱の食料を嬉しそうに物色するシャルロットにジェイクは半眼で言う。
しかし――その時再び二人にルチアの声が届いた!
(……その食料は口にできるでしょう。ここは聖水で清められ、長い間私への祈りが捧げられた部屋――私の力が届きやすいのです。この日のために、十年前とほぼ同じ状態が保たれています)
「ああ、ルチア様――主のお恵みに感謝いたします」
急に聞こえてきたその声に、シャルロットはその場で跪いて祈りを捧げる。
「……なんだよ、これを手にしろってことか? いや、助かったけど」
ジェイクはもう慣れた様子だ。胡散臭そうにそう呟くと、当のルチアがそれを否定する。
(――いえ、ジェイク。これは副産物。本題はあちら――)
二人の脳内でそんな声が響くと、部屋の中央に留まっていた光球から一筋の光が伸びて部屋の片隅を照らした。二人が視線を送ると、そこにあったのは一振りの剣――
「剣? ――まさか、《
シャルロットが思わず口走るが、ルチアはまたも否と告げる。
(……《
「……また何か妙なものを見せるつもりじゃないだろうな」
「妙なもの?」
「いや、こっちの話だ」
思わず口をついた憎まれ口にシャルロットが反応する。ジェイクは慌てて誤魔化して、そしてルチアの光が照らすその剣の前に立った。
床に金属製の台座が置かれ、その上に石を削り出して創ったらしい剣立て――そこに立てかけられた一振りロングソード。相当な年代ものなのだろう――鞘の皮や意匠は酷く痛んでいて、グリップに巻かれた革は指の形にすり減っている。
一見して大した価値がなさそうに見えたが、その剣が放つオーラにジェイクは手を伸ばすのを躊躇った。
ルチアの声が二人の頭の中で響く。
(……その剣はいにしえの勇者の娘、シェルパが嫁入りの際に父ジェイク・アストラから与えられた剣――)
「勇者が娘に与えた剣か……こういうのは息子向きだと思うけどな」
(……シェルパが望んだことです。ジェイクの息子――シェルパの兄ジャックがジェイクの後を継いで国と人を守る盾となるのなら、私は剣になろうと。そしてこのシスターフットを興したシェルパは死の際まで再びこの地が魔の者の手によって危機に晒されたとき、魔を断つ刃になるべく剣の腕を磨きました。その想いは子、孫へと受け継がれ――アネット家は剣を究める一族となったのです。さあ、抜きなさいジェイク――勇者の剣を)
ルチアに促され、ジェイクは勇者の剣を手に取った! 鞘から引き抜くと、刀身がルチアの光を反射して濡れたように鈍色に光る。
――そして、ジェイクは不思議な感覚に囚われた!
「なんだ、これは――!」
全身の毛穴が開くような感覚――そして剣を握る手から圧倒的な何かが伝わり、それが脳内でバチバチと火花を散らす。
(それは剣の記憶――アネット家の当主たちがアストラ家の刃たらんとその剣を振ってきた記憶です。シェルパの、その子の、孫の――最後の当主であるロイ・アネットの――アネット家当主たちの想い――それが剣の記憶としてあなたに伝わっているのです)
ルチアの声――しかしジェイクはそれが脳内で響いてはいても聞いてはいなかった。それほど剣から伝わる何かは圧倒的で――
――それは一瞬か、刹那か――不意に勇者の剣がボロボロと砂のように崩れてジェイクの手から落ちる。同時にジェイクを圧倒していた気配、感覚も消え失せた。
「――ジェイク、剣が……!」
「ああ――剣は役目を終えたんだ」
心配そうに声を上げるシャルロットにジェイクはそう答えた。ジェイクはおぼろげながら自分の身に起きたことを理解していた!
「役目……一体何があったの? ルチア様が剣の記憶って……」
「剣の記憶を視た」
きっぱりと言い放つジェイク。そしてルチアの声が二人に響く。
(……ジェイク、シャルロット――私の気配を察したのか、街に残っていた魔物たちが地上に集まっています。ジェイク、シャルロットを安心させてあげなさい)
「ああ」
ジェイクが頷くと、ルチアが満足げに頷く気配が二人に伝わった。そして、
(勇者ジェイクよ。あなたはいずれ魔王と相見えることでしょう。ですが、まずこのアストラを救いなさい。聖殿に陣を敷く魔将軍・魔人ゲイルを打ち倒し、《運命を切り拓く剣(イアリクス)》を手にするのです――……)
そんな言葉とともにルチアの気配が消えていく。光球も消え失せ、石畳の床に置いた松明だけがゆらゆらと部屋を照らす。
「ジェイク、私には何が起きたか全然分からないんだけど! それにルチア様、魔物が集まってるって――」
「……多分、大丈夫だ」
シャルロットの言葉にそう返してジェイクは床の松明を拾うと――ルチアに言われたからではないだろうが――彼女を安心させるように笑いかける。
「連中が中に這入ってきたら面倒だ。一旦外に出て魔物を倒そう。飯と夜営はそれからだ」
「う、うん――私、頑張るから!」
「いや――」
胸の前で拳を作り自分を鼓舞するシャルロットに、ジェイクは――
「――魔法力、まだあんまり回復してないだろ? ここは俺に任せとけよ」
そしてジェイクとシャルロットは地上に戻る。アネット家跡には取り囲むように十数匹のハイオークの群れがいた。
しかしジェイクはシャルロットを背に守りながらその群れを全て剣で斬り伏せて見せた。
それは刹那の時間に視た剣の記憶――アネット家の当主たちが勇者の剣で鍛錬を重ね、磨いた剣筋――それをルチアの力を借りて体感することで得た力によるものだった。
――ジェイクは剣の記憶を視た! 剣術に覚醒し、剣の才能が開花した!
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