第6章 剣の記憶 ④

 ジェイクは瞬時に理解した。これはあいつだ――


(……イク、ジェイク。それにシャルロット。二人とも聞こえますか?)


 脳内に響いたルチアの声に、ジェイクは衝撃を受けた!


「頭の中で声が聞こえる――ねえジェイク、もしかしてこれが……」


「――ロッテにも聞こえてる?」


 どうやらシャルロットにもルチアの声が聞こえているようだった。


(ジェイク、それに勇者の子孫シャルロット――よくぞこの地まで辿り着きました)


「ああ、ルチア様……」


 ルチアの敬虔な信徒であるシャルロットは胸の前で手を組んでルチアに祈りを捧げる。しかしジェイクはルチアのお告げに戦々恐々としていた。なにしろ最初のお告げで見せられた運命の片鱗――そのイメージが悪すぎる。


 咄嗟に身構えてしまったジェイクだったが、ルチアはそんなジェイクに気をかける様子は見せずに滔々と語る。


(ジェイクよ――勇者の生まれ変わりであるあなたは、今ここで勇者となりました)


「――あ?」


 言葉を口にせずとも念じればルチアと会話が成り立つ――それはわかっていたジェイクだったが、思いがけないルチアの言葉に思わず声を出す。


(勇者とは、勇気ある者のこと――あなたは今、勇気ある決意をしたことで、真の意味で勇者となりました)


「お待ちください、ルチア様――ジェイクは突然勇者の生まれ変わりであることを知らされ、それでも気持ちよくそれを受け入れ、魔将軍討伐の旅に故郷を後にしました! それは勇敢な選択ではないのですか? ジェイクの選択が勇者足りえなかったと仰るのですか?」


(気持ちよく? 結構なごね方を見せたように思いますが)


 ルチアの正論! しかしシャルロットは反論する!


「剣も握ったことがない少年が命を賭けろと一国の王に告げられてあの程度! ルチア様――なぜ勇者の末裔である父や私を勇者の生まれ変わりにしていただけなかったのですか? 王家の者が生まれ変わりであれば、一人の少年に国の未来という重責を背負わせることはなかったのに!」


「ロッテ……」


 普段のルチアを敬愛するシャルロットとは思えない彼女の訴えに、ジェイクは思わず声をかける。


(……シャルロット。それは私があずかり知る所ではありません。私は勇者を導くことはできても、勇者を選ぶことはできないのです――そして、ジェイクの旅立ちに起因する感情は勇気


とは別のものでした。言葉にすれば自己犠牲、といったところでしょう)


「!!」


 ルチアの衝撃の言葉に、シャルロットはジェイクを覗う! ジェイクは気まずそうに目を逸らした!


「ジェイク……あんたねえ! そんなこと――」


(落ち着きなさい、シャルロット――彼にもうそんな気持ちはありません。魔将軍を討って、自分も生きて帰る――ジェイクは真に勇気ある決意をしたのです。それはあなたが共にいて初めてできた決意でしょう……ジェイクは今日ここで真の勇者となったのです)


 ルチアの言葉と共に、ジェイクとシャルロット――二人の前に小さく淡い光が生まれた。それはゆらゆらと揺れ、シスターフットへと向かって行く。


「これは――」


(ジェイク――あなたが勇者となったことで、あなたを導くことができます。光を追って、そこにあるものを手にするのです)


 言葉とともに、二人を包む不思議な感覚が薄れていく。ルチアの気配が薄れたことで、シャルロットは慌てて胸の前で十字を切り、再び手を組んで祈った。


「ああ、ルチア様――どうかご無礼をお許しください。主の導きに感謝します」


(――シャルロット。人は全て私の子のようなもの――その中でもあなたは特に私に似ているように思います。努力を惜しまなければきっとそれは魔法の才として実ることでしょう。ジェイクを――勇者を支えるのです――)


「……主の御心のままに」


 そう言い残し、ルチアの気配が消える。シャルロットは瞼を閉じて祈りを捧げるとジェイクの手を借りて立ち上がった。


 しかしシャルロットは心ここにあらずといった様子だ! 目をぱちくりとさせ、呟くようにジェイクに言う。


「……私にもルチア様のお告げがおりた……」


「そうな」


「私、ルチア様に似てるって!」


「言われてたな」


「つまり私の可愛さは精霊級?」


「そういうことじゃないと思うが。っていうかルチアに結構な勢いで食い下がったな? あんな勢いで食ってかかったくせに今更そんなびっくりされても」


「だって! ……だってジェイクは決死の覚悟で旅立ったのに、その気持ちをないがしろにするみたいなことをルチア様が言うから、思わず……ってジェイク、自己犠牲ってなに!?」


 シャルロットの怒声! ジェイクは怯んだ!


「……そんな綺麗なもんじゃないよ。ただ、生きて帰れないだろうなって思ってただけだ」


「魔将軍と差し違えるつもりだったわけ? 私の目の前でそんなこと絶対させないんだからね!」


「わかってる、わかってるよ」


 額がつきそうなほど詰め寄ってくるシャルロットに、ジェイクは降参するように両手を挙げて――


「お前みたいなぽんこつでも、一応お姫様だからな。無事にお前を城に帰してやらにゃならん。そのために生きて帰るよ」


「一応じゃない! ちゃんとお姫様だよ!」


 ジェイクのもの言いにぷんすかと怒るシャルロットだが、はたと気付く。


「――私を無事に帰すために生きて帰る決意をしたの? それでルチア様に真の勇者って認められたの?」


「――……まあ、そういうことなんだろうな」


 苦虫を噛み潰したような表情でジェイクがそう言うと、シャルロットは怒り顔からゆっくりと笑顔に変わる。


 そしてジェイクの腕を取り、彼を見上げて――


「ちゃんとエスコートしてね?」


「知るか。そんな作法知らねえよ」


「ジェイク流でいいから!」


「……手足を縛って担ぎ棒に吊ったらいいか?」


「それ鹿とか猪獲ったときに運ぶやつじゃん!」


「馬鹿なこと言ってないでルチアの光を追おうぜ。見失ったら面倒だ」


「なんでいつも私に嬉しいままでいさせてくれないかなー」


 彼女を引き剥がしてすたすたと歩き出すジェイク。シャルロットは口を尖らながら小走りで後を追った。



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