第6章 剣の記憶 ③

「……予想していなかったわけじゃないけど、魔物が強くなっている。さっきのオークはまだしも、オークキング――昨日のハイオークだって強かった」


「うん」


 シャルロットはジェイクに同調した!


「その上数も多い」


「そうだねー」


 再びシャルロットはジェイクに同調した!


「それで?」


「それでって……お前も見たろ? 俺の弓が活かせないんだ。数が多くて、最初と最後くらいしか使えない」


 ジェイクの弓はこの北部でも冴え渡っていた。狙い通りに眼窩から頭部を撃ち抜き、致命の一撃で強敵を葬る。


 しかしその腕を発揮する機会は明らかに減っていた。魔物の数が多いこと、そして一匹一匹の魔物が強くなったことで数で押され、あるいは矢を防がれ、接近戦に持ち込まれることが増えた。


 そして、それは弓よりも腕が劣る剣で戦わなければならないことを意味する。


「でも、ジェイク戦えてるよ? そりゃあ私を庇ってくれるから、前よりジェイクの負担は大きいけど」


「それは違う。順序が逆だよ――シャルロットの魔法が頼りになるから、それを活かすために俺が体を張るのは当然だ」


「!」


 シャルロットはジェイクの言葉にきゅんとした! 「シャルロットが頼りになる」――都合のいいところだけクローズアップし、脳内でリフレインさせる!


「お姉ちゃん、頼りになる?」


「誠に遺憾ではありますが、頼りになると認めざるを得ません」


「歯ぎしりしながら敬語で!! そこまで認めたくないの!?」


「冗談だ、半分は」


「半分は本気なんだ……」


 ぐすんと涙目のシャルロット! さすがのジェイクも胸が痛んだ!


「お前の魔法があるから戦えてるのは確かだよ」


「……ほんと?」


「ああ」


 ジェイクが頷くとシャルロットは機嫌を直し――


「でも、さっきも言ったけどジェイクも戦えてるよ? っていうかジェイクがいてこそだよ? 私の魔法だけじゃ魔法力足りないし、ジェイクが数減らしてくれてるから……今日のオークなんてほとんどは一撃で倒してたじゃん」


「まあ、オーク程度なら当たれば・・・・な」


 ジェイクが含みを保たせて言う。勇者の資質か、家業で鍛えた農筋か――ジェイクは細身の体からは想像できない膂力を誇っていた。そして父ルーカスが残した業物――それらから繰り出されるジェイクの一撃は歴戦の戦士のそれにも劣らぬ精強なものだった。


 しかし――


「けど剣筋がなまくらだ。大雑把にぶん回して――当たればいいけど外すこともあるし、そんなだから攻撃のテンポも悪い。筋力が足りないとは思わないし、剣も業物――もっと上手く使えればロッテに危ない目に遭わせなくても戦えるはずなんだ」


 それも仕方のないことだ! ジェイクには旅に出るまで勇者の生まれ変わりである自覚はなかったし、農業と狩りに精を出す少年期を過ごしてきた! 旅路でも弓に頼る機会が多く、実戦の経験も乏しい。力と得物に技術が追いついていないのだ!


「俺が焦ってるように見えるなら、そういう気持ちが顔に出てるのかもな」


「私を気遣ってくれるのは嬉しいけど」


 そんな風に気持ちを吐露するジェイクにシャルロットは自分の思いを伝える。


「私は一緒に戦えるの、嬉しいよ。守られるために着いて来たわけじゃないもん」


「……お前、国の存亡がかかってるってわかってるか?」


 まっすぐといえばまっすぐだが、ストレートに自分の気持ちを口にするシャルロットにジェイクはそう尋ねる。


 しかし、ジェイクの言葉にシャルロットは口を尖らせた!


「ジェイクは憶えてる? 私、そもそもジェイクが魔将軍討伐の旅に出るの反対してたんだけど?」


「……そういやそうだったな」


 出立の際の彼女の言動を思い返す。敬虔なルチアの信徒である彼女が、「ルチア様が他の『ジェイク』と間違えたのかも」とまで言って自分の旅立ちを止めようとしたのだ。


 挙げ句、逃げ出そうとまで。


 そしてシャルロットは言葉を続ける。


「もし、だよ?」


「ああ」


「もし、ジェイクが魔将軍と戦うのが怖いんなら、一度王都に帰っておばさまと三人で逃げてもいいんだよ?」


「まだそんなこと言うのか――」


 自分が魔将軍に立ち向かわなければシャルロットがどんな未来を辿るのか――ルチアに見せられた未来のビジョンを忘れた日はない。ジェイクがそう言うとシャルロットが反論する。


「あの時とは状況が違うでしょ?」


「そりゃそうかも知れないけど」


「今のジェイクと私がいれば大抵の魔物はどうにかできるんじゃない? リドルさんに頼んで他の大陸に行って、魔物が弱い地方でこっそりしてればきっとなんとかなるよ。三人で食べてけるぐらいの畑拓いてさ、ジェイクが狩りして私とおばさまで畑のお世話して。手広くは無理でも、家畜だって鶏ぐらいならなんとかなるかも」


 それは魅力的な誘いだった。しかし未来を垣間見たジェイクはそれが叶わぬ夢だとわかる。たとえこのアストラ大陸から逃げ出しても、ルチアに見せられた運命の大筋は変わらないだろう。舞台が変わるだけだ。


「王家はどうすんだよ。お前一人っ子だろ。そんなことしたらお家騒動になるんじゃないか?」


 当代のアストラ家――その次期後継者はシャルロット一人である。その彼女が国を出るようなことがあれば、後継者問題が発生――場合によってはジェイクの言う通りの事態につながりかねない。


 だがシャルロットは気にしている様子はない!


「そうなんだよねぇ。王族だからもっと子供いても良かったのにねー。お母様まだ若いし、弟か妹を頑張ってもらおう」


「仮にも嫁入り前の王女があけすけにそんなこと言うな」


「仮じゃないし!」


「じゃあ国がどうでもいいみたいにとられかねない発言をするな」


「どうでもよくはないよ?」


「それは知ってるけど」


 王女としてのシャルロットの高潔さは誰よりジェイクが知っている。


 しかしシャルロットはまたしてもあっけらかんと言った。


「でも、国よりジェイクの方が大事かな。こんなこと言ったら甘やかしすぎでお姉ちゃん失格かも知れないけど、あんたが本当に嫌なことから逃げ出したいっていうなら私はそれを本気で手伝うよ。絶対なんとかしてあげる」


 シャルロットの告白にも聞こえる宣言! しかし当のシャルロットはそうと気付いていない!


 そして――ジェイクも気付いていない!


「誰がお姉ちゃんだ、年が上ってだけの妹のくせに」


「年上の妹とは」


「気にすんなよ、面倒くせえ」


「ジェイクの方が面倒くさいよ!」


「実は俺、昔から妹が欲しかった」


「!?」


「可愛い妹にお兄ちゃんと呼ばれたい」


「っ! ……………………」


 ジェイクの質の悪いジョーク! シャルロットは真に受けて顎に指を添えて考え込んだ!


 そんな残念な幼馴染みを眺めつつ、ジェイクはシャルロットの先の言葉を振り返る。考えるまでもない。本当に嫌なこと――それは、シャルロットがルチアに見せられた惨い未来を辿ることだ。


 ――考え込んでいたシャルロットは葛藤の末、覚悟を決めた! 恥ずかしさに頬を赤らめた決死の一撃!


「お、お、お兄ちゃん……」


「お前は駄目を返上したばかりのぽんこつ妹だから。可愛い妹じゃないから。そもそも年上のくせに年下の俺をお兄ちゃん呼びとかなに考えてんだ」


 ジェイクはそれをばっさりと斬り捨てた!


「酷すぎる!!」


「もうちょっと生き方をちゃんと考えろ。な?」


「元気づけてあげたかっただけなのにこの仕打ち……」


 よよよと泣き崩れるシャルロットに、ジェイクは――


「……お前が言いたいことはわかったけど。でも逃げ出す訳にはいかない。魔将軍を倒すなり追い出すなりしないと」


 そして、シャルロットお前を無事に王都へ帰す――言葉にはせずとも、ジェイクは胸の内でそう強く誓った。


 ――シャルロットの甘い誘いをNOと断った!


「ジェイク……」


 そしてジェイクはシャルロットの肩に手を置き、


「俺一人じゃ難しいかもしれないから、お前にも頑張ってもらわなきゃいけないと思うけど。頼むぞ」


「ジェイク……! うん、お姉ちゃんが助けてあげるからね!」


「姉アピールは控えてください」


「また敬語だ! ジェイクはもうちょっと私に甘えるぐらいが可愛げあっていいと思う!!」


「知るか」


「知ってよぉ」


 いつもの調子に戻る二人――そして。


「そろそろシスターフットの探索をするか。日が暮れるまで食料を探して、なければ野営して引き返そう」


「う、うん――体はもう大丈夫なの?」


「ああ、それなりに休めたからな」


 そう言ってジェイクは立ち上がり、座ったままのシャルロットに手を伸ばす。


 シャルロットがその手を取った瞬間――ジェイクは不思議に感覚に包まれた!




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