第6章 剣の記憶 ①
「ロッテ、頼む――」
ハイオークの腹から剣を引き抜き、更に退き際に牽制の斬撃を見舞いながらジェイクが短く叫ぶ。
「任せて――アイスランス!」
シャルロットの中級魔法! 発現した巨大な氷の槍がハイオークの巨体を貫く! 断末魔とともに倒れるハイオーク――ハイオークを倒した!
「ごめんジェイク、今ので魔法力が――」
「わかった! 最後の一匹は俺がなんとかする! どうにもヤバそうなら香水を使ってくれ!」
シャルロットに答え、ジェイクはハイオークの群れ――その最後の一匹と向き合う。
ハイオークの攻撃! 石斧を振り回す!
「ぐっ……!」
掲げた盾で受け止めるジェイク。強力な一撃だが、《
この数日の魔物たちとの連戦で、ジェイクは盾の力を把握していた。初陣のシーサーペント戦の時から薄々気付いていたが、この《
ハイオークと戦って盾が発動したのは無防備なシャルロットが狙われ、それを無理な体勢で庇ったときの一度だけ――強敵に違いはないが、手を間違えなければ抗えない相手ではない。
――ジェイクの反撃! 渾身の一撃が命中、石斧を握るハイオークの右腕を切り落す!
「ギャアアアッ!」
傷口から大量の血を流して悲鳴を上げるハイオーク。勝機とばかりにジェイクが二の太刀を浴びせんと剣を振り上げた。
「もらった!」
――しかし! ハイオークの悪あがきに追撃を阻まれる! 攻撃に気をとられ無防備になったところにハイオークが振り回した腕が命中――その膂力にジェイクは弾き飛ばされた!
「――ジェイク!」
「大丈夫だ、魔女の香水はまだ使わなくていい!」
咄嗟に受け身をとったジェイクは直ぐさま立ち上がる。ハイオークは怒りに顔を歪め追撃しようと足を踏み出すが、大量の失血で力を失ったのかそのまま地面に膝をつく。
その隙を逃すジェイクではなかった。剣を地面に突き立てると、担いでいた弓入れから素早く弓を取り出し、矢をつがえる。
――ジェイクの早射ち! 必殺の矢がハイオークの眼窩を貫く! そのままハイークの巨体は地面に倒れ、動かなくなる。
――ハイオークの群れを倒した!
◇ ◇ ◇
辺りの魔物を一掃した二人は野営の準備をしていた。もうじき日が暮れる――無人のレミナンドを出てから二人は早めの野営を心がけるようにしていた。侵攻隊の本陣に近づいているせいか、現れる魔物も力を増している。昼間の内に付近の安全を確保し、夜は危険に備える――二人はそうして着実にルチア聖堂への道程を進めていた。
しかし、そうすることで二人の旅に別の問題が浮上していた。
「はい、できたよ」
パチパチと燃える焚き火の上に吊された鍋。シャルロットはそこからシチューを皿によそい、ジェイクに渡す。具なしのシチューだ。
「……ありがとうな」
礼を言って皿を受け取るジェイク。しかしその顔はげんなりしている。
「……そんな顔しないでよ。具がないのは仕方ないでしょ。今日は獲物も穫れなかったし」
「……防衛隊にわけて貰った野菜も尽きたしな」
「そうだよ。まだスパイス類に小麦粉と酪があるからシチューは作れるけど」
「……というかシチューしか作れないな」
そう、二人の旅に新たに浮上した問題は食糧事情だ。
レミナンド以北は魔王軍の手先か、人間がいないせいで繁殖したはぐれの魔物か――とにかく魔物の数が多く、慎重に旅をしたせいで当面の目的地である街・シスターフットを目前にして食料が尽きかけているのである。
ウサギや鳥――鹿や猪でもいい。川があれば魚でも。そうした獲物を穫れれば問題なく食事にありつけたが、今日のようにボウズの日は二人が口にできるのはこの具なしシチューだ。
ないよりはよほどいい。しかし――
「どう、ジェイク。美味しい?」
「……ああ、味はな」
「最近失敗してないでしょ?」
「や、粉にした酪と小麦粉を水でといて煮るだけで失敗しようがな――や、それをするのがお前だったな。うん、成長してる」
「褒め方! もっと頑張って!」
「具なしシチューでどう褒めろと……まあ腹にはたまるし、悪くないけど」
「……うん。けど、だよねぇ」
言葉を濁すジェイクにシャルロットが同調する。
「最悪酪はなくなってももう少し小麦粉は保つよ。けどこのまま行軍してルチア聖殿に行っても……っていうか、このままじゃ魔将軍を倒しても帰りの食料がなくて飢えて死ぬ、かも」
そのくらい今の二人の食料事情は切迫している。
「一度戻ってフォレドで食料調達しよう?」
「……それでまたここまでくるのか。どの道食料は足りなくなると思うけど」
「馬は? 私たちが乗るんじゃなくて、馬車を引いて食料を運ぶの!」
「馬が一日どれくらい食うか知ってるか? 水はお前に頼れるとして、馬自身のエサを運ぶだけで手一杯になると思うぞ。見ろよ」
言ってジェイクは周囲を示す。乾いた土地に、狩れて果てた木々。防衛線を境に緑を目にすることが極端に減った。この痩せてしまった大地が獲物を穫れない原因でもあった。
「……魔物の影響かな」
「かもな。瘴気に毒されたのかも。ともかく馬に食わせる草もないこんなとこじゃ馬は連れてこれないよ。自分たちで倍食料背負って来た方がなんぼかマシだ」
「……だからって、食料が残ってるうちに戻らなきゃ私たちだってどうにかなっちゃうよ」
「そうだな……」
シャルロットの言葉にジェイクは頷き、
「――シスターフットって昔は栄えていたんだよな?」
そう問うと、シャルロットは即座に頷く。
「うん。アストラ北部では一番大きな――っていうか王都と同じくらいって聞いたよ。シスターフットは世界で二つしかない勇者の街だからね。アストラ家が勇者本家なら、シスターフットを代々治めてきたアネット家は分家――勇者の娘の末裔だもの」
「ロッテの親戚みたいなものか」
「近代では縁組みがなかったはずだから、そんなに近い親戚ではないけどね――それが?」
シャルロットが小首を傾げて尋ねると、
「それだけ大きな街だったんなら、保存食とか残ってないかな?」
「ええ―……どうかなぁ。十年前に最初に魔物に滅ぼされた街だからね」
シスターフットは大陸で最も北に位置する街で、その北にはルチア聖殿がある山岳地帯があるのみ。ルチア聖殿に最も近いというその立地から、魔将軍がこの大陸に現れた際、最初に魔物たちに襲われた街だ。
「魔物たちに掠奪され尽くしてるんじゃないかなぁ」
「……隠し部屋とか地下の貯蔵庫とかないかな?」
「……なくはないかもしれないけど」
「このまま北に進むとしたら、明日の昼過ぎにはシスターフットに着くだろ? 少し探索して、食料が見つからなければ一旦フォレドまで戻ろう。十分な食料が見つかったらそのまま行軍ってことでどうだ?」
「……ん、ジェイクがそう言うならそれでいいよ」
「もしかしたら野生化した家畜とか残ってるかも知れないし」
「それこそ魔物に食べられてると思うけど。っていうか魔物に占領されてたらどうする?」
尋ねると、ジェイクはそれだと頷いて、
「実はそれも見ておきたい。もし占領されてるようなら即撤退かな。下手に倒して、食料が見つからずに戻ったら俺たちの行動を教えるようなもんだ。フォレドに追っ手を放たれても敵わないしな。逆に魔物たちが巣くってなきゃ次回もそういう前提で来れるだろ」
ジェイクの言葉にシャルロットは「わかった」と頷いた。それを見てジェイクが続ける。
「食べ終わったら、後片付けは俺がやるから早めに休めよ。魔法力ほとんど空にしただろ。明日魔物たちが現れたらまた戦ってもらわないといけないからな」
北部に入り強力になった魔物の群れにジェイク一人で立ち向かうのは無理がでてきていた。今やシャルロットはなくてはならない相棒だ――頼られたシャルロットは嬉しそうに頷き、鼻歌交じりで食事を進める。
「おい、行儀悪いぞぽんこつ姫」
「辛気くさい顔して食べるよりいいでしょ! 人前じゃしないわよ!」
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