第5章 対魔王軍防衛線 ⑥
ハーハペスを倒した後は、圧倒的な戦だった。
統率者を、そして空からの援護を失った魔物の群れは、愚鈍に防柵を乗り越えようとしていたずらに数を減らし――そして戦況不利と気付いて退却しようとしたところで、ジェイクと弓兵にただ後ろから射られるだけ。
長らく魔王軍の侵攻遅滞を作戦目標にアストラ大陸南部を命がけで守ってきた対魔王軍防衛隊はこの日、初めての
兵たちは大いに笑い、喜びを分かち合った。侵攻隊の襲撃に怯えることもなく、昼間新たに狩った獲物で豪勢な食事を用意し、宴を開いた。
活躍を見せたシャルロットが兵たちを一人一人ねぎらったことで、宴は更に盛り上がった。一時とは言え魔王軍に対する勝利を喜ぶ宴会は夜中まで続き――
――そして夜が明けた。
夜中まで続いた宴のせいで朝というより昼に近かったが、ともかくジェイクとシャルロットは出立の準備を終え、キースと別れの言葉を交わしていた。
「――じゃあ、先に出ます」
「はい。おそらくレミナンドにはもう魔物はいないと思われます。ですが我らの目の届かぬ所で昨日の戦から逃げおおせた魔物が戻っているかもしれません。十分にお気をつけください。我らも撤収の準備が整い次第レミナンドに向かい、新たな魔物が現れる前にレミナンドに陣を敷くつもりです――勇者様と王女殿下に斥候のようなことをしていただくのは申し訳ないのですが、ご覧の通り大所帯です。何をするにも準備に時間がかかってしまい――」
「構いませんよ。もしレミナンドに魔物が残っていたら逃げ帰ってきます」
「その時は我らが支援します。改めて共にレミナンドを取り戻しましょう」
二人はそれぞれキースと握手を交わし、野営地を後にする。
防柵周辺――昨日の戦闘の処理をする兵たちに見送られ、二人は北へ向かう。二人を壮行する声がその背に届かなくなった頃、ジェイクが隣を歩くシャルロットに声をかけた。
「……返上したな」
唐突に切り出したジェイクのその言葉にシャルロットは小首を傾げる。
「なにを?」
「
彼が口にした言葉にシャルロットは反射的に文句を言いかけ、そしていや待てよと口ごもって考え込み、最後に「ああ」と得心がいったとばかりに胸の前で手を合せる。
「私、ちゃんとできた?」
「なにその肯定しずらい反応の仕方……鈍いよ。すぱっと反応しろよ」
シャルロットの美貌の補正がなければかなり間抜けに見える反応に辟易しつつ、それでもジェイクは応と頷く。
「凄かったな」
「? 何が?」
「何がじゃねえよ。魔法――ロッテ、中級魔法を使ったろ」
「…………?」
「なんで不思議そうな顔すんだよ」
ジェイクの言葉に、シャルロットは昨日の戦いを思い出す。中級魔法――今まで使えず、課題にしていた魔法だ。
「――ああ!」
ジェイクの危機に無我夢中で唱えたものだ。激しい戦闘の中の流れでのことだったせいもある。はっきりとした自覚はなかったが、ジェイクに改めて言われたことでシャルロットは自分が中級魔法を操ったことを思い出す。
――シャルロットは中級魔法を覚えた!
「そうだね、使えた!」
「お勉強の成果か? すげえ魔法だったな」
「……敵、倒せなかったけどね」
「奴はあの一撃で死に体だった。ロッテが倒したようなものさ。助かったよ。お陰で楽に止めを刺せた」
ジェイクの感謝の言葉に、シャルロットは自然と表情が緩んでしまう。ここで得意になって「お姉ちゃん凄いでしょ!」と調子づいてしまうのが自分の悪癖だ。頼もしさ、そしてあのイールギットのような年長の色気を醸し出すためには、それらしい余裕を見せるのが効果的に違いない――シャルロットはそう考えた。お勉強の効果が出ている!
「そんなことないあるよ」
残念! シャルロットは我慢しきれなかった!
「謙虚にしたいのかアピールしたいのかはっきりしろ……混ざって異国の人みたいになってるぞ……」
ジェイクは一つ溜息をつき、
「褒めてんだから素直に喜べよ」
「! 私頑張ったんだよ! できそうだとは思ってたんだけど、ほんとはちょっと不安で……でもジェイクが危ないと思って夢中で! そしたら――もしかして私、魔法の才能あるかも!」
「そりゃあ魔法の名手でもあった勇者の末裔だし、なくはないだろ」
「やっぱ私、頼りになるね!」
「そうだな。いずれ覚えるんだろうなと思ってたけど、こんなに早く覚えるとは思わなかった」
「!!」
本来なら楽しい旅路ではない。国の存亡がかかった決死の行軍――しかし珍しくNOと言わずに素直に自分を褒めるジェイクに、シャルロットは歓喜する。
「これからはもっとお姉ちゃんに頼ってもいいからね! なんだったら甘えてもいいよ!」
「いや、お前がぽんこつなのには変わらないし今まで通りで行こうと思う」
「なんで!?」
「たった今明確に理由を言ったろ……」
変わらぬジェイクの塩対応に頬を膨らませるシャルロットだったが、それでも幸せな気持ちは変わらない。これからは今まで以上にジェイクの役に立てる――そんな期待で胸を膨らませる彼女はこの国で誰よりも健気で可憐だった。
「他の中級魔法は使えるのか?」
「多分ね! なにか獲物を見つけたらファイアランスとか試してみようか? お料理の手間が省けるかも!」
満面の笑顔を見せるシャルロット。
「……やめとけ。そんなもんで焼いたら炭になっちま――いや、ロッテがダークマターに換えちまう可能性を考えたらそれもアリか?」
「酷い! いいよ、練習は別にするもん! 鳥獲ってよ鳥! シチューにするから! 隊長さんにわけて貰ったお野菜あるし丁度いいでしょ!」
「……俺が作ろうか?」
「私がやるよ!」
そう申し出るジェイクにシャルロットが食い気味に返す。魔王軍の支配化にある大陸北部に足を踏み入れても相変わらずの二人だった。
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