第5章 対魔王軍防衛線 ⑤
既に底は戦場だった。防柵には
そこだけ見れば策通りの防戦だが、上空では何頭かの
弓兵は
駆けつけたジェイクとシャルロットの姿を見つけたキースが、声を出さず目立たぬように駆け寄ってくる。
「勇者様! おいでくださったのですね!」
「当然です。
「はい――ですがお気をつけください。侵攻隊隊長のハーハペスが来ています。奴は他の
そう言ってキースは上空を旋回する
「わかりました――ロッテ、こっちだ」
キースに頷き、ジェイクはシャルロットの手を引いて木陰に隠れる。
「俺が今から狙撃する。あれだけ動き回っていたら頭を狙うのは難しい。翼を狙って射るけど、もし外しちまったらその矢が兵士の上に落ちてくる――ロッテ、初級魔法は一通り使えるよな?」
「う、うん――」
「落ちてくる矢をウインドボルトで兵士たちに当たらないように弾き飛ばして欲しいんだ。暗くなってきて見づらいかもしれないけど、できるか?」
問われて、シャルロットは辺りの空を見る。夕暮れで空は赤いが、まだ視界が利かないほどではない。
「しばらくならできるよ! 完全に陽が落ちちゃったら難しいかも」
「そこまで時間をかけたら兵士たちが保たない――頼むぜロッテ、
「返上! それ挽回したら駄目なやつだよ!!」
「よし、冷静だな。安心した――ロッテが狙われたらまずい、ここから頼む」
そう告げると、ジェイクは矢筒から矢を数本引き抜いて、その一つをつがえながら木陰から飛び出した。
――ジェイクの狙い撃ち! 一匹の
「ギャアッ!」
「何っ!?」
悲鳴、そして叫声。翼を射られた
「おい、兵士どもの頭上に移れ――」
「させるかっ!」
部下に指示を出すハーハペス。そうはさせまいとジェイクは二の矢、三の矢を放つ。
――ジェイクの早射ち! 矢は狙いを外さない――どちらも
「貴様ぁあああっ!」
射手――ジェイクを発見したハーハペスが上空から怒号を上げるが、ジェイクは取り合わない。見つかった以上翼を狙うのは難しいかもしれないと考えたジェイクは、ハーハペスを無視して今まさに地面に墜落した一体目の
再び矢を二本抜き、構える――次々に墜落した二、三体目の
「貴様ぁっ! 良くも俺様の部下を――!」
上空のハーハペスは怒りに震え、力を溜めている!
「焼き尽くして灰にしてくれるっ! 喰らえ、ファイアランス!」
ハーハペスの中魔法! 炎が渦を巻き、落雷の如くジェイクに襲いかかる!
ジェイクは戦慄した。間近で見たことがある魔法はシャルロットの初級魔法だけ。上空の
自分をまるごと呑み込んでしまいそうな巨大な炎が渦を巻き、まるでサイクロプスが投げる巨大な手槍の如き勢いで自身に迫る光景をただ目に映すことしかできない。
「――勇者様っ!」
兵士の叫声! ジェイクは我に返った!
「ジェイク、避けて!」
シャルロットの声も聞こえる――しかしジェイクは一瞬戦き竦んでしまったせいでもうその猶予がないことを直感した。今から回避しようとしても、あの巨大な炎から逃れることはできまいと。
――しかし、ジェイクには盾がある。ジェイクは《
「なんだとっ!? 俺様の魔法が――その盾、貴様まさか!」
盾の力にハーハペスは目を剥いて驚いた! しかしジェイクは取り合わない!
「――はぁっ!」
ジェイクの剛射! 有無を言わせず放った矢がハーハペスを穿たんと空を昇る!
――ハーハペスの羽ばたき! 風が激しく吹き荒れる! ジェイクが放った矢は風に打たれ、弾き飛ばされた!
「な――」
「……その盾の力、魔将軍様から聞いているぞ……貴様が勇者だな?」
「……くっ!」
――ジェイクの二の矢! しかしハーハペスの羽ばたきで矢は打ち落とされた!
「効くか、そんなもの! ……待っていたぞ、勇者よ――その首を落とし魔将軍様に捧げる日を今か今かと待っていた――だが、それも今は二の次よ」
ハーハペスは腰に提げていた剣を抜き、ジェイクに向かって一直線に急降下した!
「俺様の部下を殺してくれた恨み! 貴様を殺して晴らしてくれる!」
ハーハペスの強襲! ジェイクは弓を捨ててハーハペスと同じく腰の剣を抜き――
「――てめえらこそレミナンドを滅ぼしただろう!? それより北の町や村も――ここの兵士だって! これ以上好き勝手はさせないっ!」
「ほざけっ! 貴様ら人間どもと我ら魔王軍とでは命の重みが違うわ!」
ハーハペスの渾身の一撃! ジェイクはかろうじて剣で受け止めたものの、その力に抗い切れずに弾き飛ばされる! 大きく体勢を崩したところに――
「ファイアランス!」
「っ――!」
咄嗟に盾を構えるジェイク――再び《
「ちっ――分不相応なものを持って英雄気取りか、大した力も持たぬ人間が!」
ハーハペスが地を這うように翔け、体勢を崩したままのジェイクに斬りかかる! かろうじて受けるジェイク! しかしジェイクはその一合で剣を取り落とした!
「しまっ――」
「終わりだ、勇者! 首を落とした後は体を細切れにして雛鳥たちのエサにしてやる!」
剣を振りかぶるハーハペス。ジェイクは体勢を崩したまま、盾で防ぐこともできそうにない。
「――ジェイク!」
叫ぶシャルロット。彼女はなんとなく心のどこかで疑っていた。ジェイクが――陸では狙いを外さないとまで言うジェイクが弓に絶対の自信を持っていること、矢を外すつもりなんてなく、自分を兵士たちへの保険にしたのは口実で、自分を木陰に避難させたのではないか――
思えばシーサーペントの時もそうだ。フォグナーの船に乗ったジェイクは一人で戦おうとしていた。
自分は守られている――共に戦う為に着いて来たはずなのに。
結果として海でも洞穴でもジェイクの役に立った。なら、ここでは? いつジェイクの役に立てばいい?
それは、今だ――シャルロットは自分を奮い立たせた!
「――ぁぁぁああああっ!」
――私がジェイクを助けるんだ! シャルロットは手にした杖を天に掲げ、強い想いのもと、その杖をハーハペスへ向ける。
「サンダーバースト!」
シャルロットの中魔法! 杖の先から迸る巨大な稲妻が迸る!
「なに――」
大気を切り裂く稲妻にハーハペスが目を剥くが、避ける暇などない――雷撃はハーハペスを貫いた!
「ギャアアアアアアアッ!」
雷に撃たれるハーハペスの悲鳴! しかし――
「――っ、女ぁ……この俺様によくも……」
――ハーハペスは持ちこたえた! 高熱に焼かれなお倒れなかったハーハペスは、激しい怒りに身を任せジェイクに背を向けシャルロットに歩み寄る!
「……効いて、ない……?」
激しい威力に反動で尻餅をついていたシャルロットは、怒りの形相を浮かべる
「効いたぞ、女……この俺様が死を覚悟するほどにな……人間にここまで虚仮にされるとは思わなかったぞ。貴様には死すら生ぬるい。生きたままそのはらわたを食ってやる!」
その怒声とともにハーハペスは地を蹴った! 怒りに我を失っている!
シャルロットに躍りかかるハーハペス――しかしシャルロットは動じない。その背後に、誰よりも信頼する彼がいる。
……そしてハーハペスはシャルロットを間合いに捉えるその前に自身の異変に気付いた。気がつくと己の腹から矢が生えている。
「……何だ、これは」
呟き――そして衝撃で揺れる。そしてそれがハーハペスの最期の言葉になった。腹と、頭から矢を生やして倒れるハーハペス。シャルロットが倒れたハーハペスの向こうに見たのは、弓を構えた幼馴染みの姿だった。
――ジェイクの早射ち! ハーハペスを倒した!
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