第5章 対魔王軍防衛線 ④
見張りの隊を残し、ジェイクとシャルロットはキースに野営地に案内された。森を拓いた場所に丸太で建築された長屋が並び、その奥には少し大きめの小屋――どうやら隊長専用の個室らしい――があった。
小屋の傍には屋根をつけただけの石組みの竈と井戸。広場にはテーブルを作る手間を省いたのか、はたまたこういうものなのか――小さな竈を囲うように椅子代わりの丸太を置いたダイニングが無数に並んでいた。
こんなところで寝起きし、十年もの間魔物の侵攻を食い止めていたのか――ジェイクはそんな風に胸中で呟く。彼らの先の喜びも得心がいく。こんな生活で一方的な防戦を強いられていた鳥人(ガルーダ)を撃退したのだ、兵士たちも胸が空く思いだっただろう。
――防衛隊の隊長、キースが声を張り上げた!
「兵糧担当――今日は特別食だ、加工前の肉があればあるだけ配給しろ――見張りの奴らにも持って行ってやれよ!」
キースの言葉に、兵士たちがわぁと湧く。
「勇者様、王女殿下、大したものは振る舞えませんが部下たちと一緒に食べてやってください。連中にはなにより励みになることでしょう」
「そんな、いただけません。兵士の皆さんの食料でしょう? 私たちも一応準備がありますから――」
シャルロットが王女の顔でそう言うが、
「遠慮なさらないでください、王女殿下――旅の食料では保存食がほとんどでしょう。我らは王都からの支援物資に頼っているものもありますが、輸送の負担を軽減する目的で試験的に作物を育てていますし、手の空いている部隊が狩りをしていて蓄えがあります。旅路では満足に食事を採ることも難しいでしょう。それにお恥ずかしながら鳥人(ガルーダ)の群れを討伐したのは久しぶりなのです。言わば祝勝会――参加していただければ、兵の士気も上がります」
ここまで言われてはさすがのジェイクもNOとは言わない!
「俺たちなんかでいいんですかね」
「ご謙遜を。たった一人であれだけの
キースの言葉にジェイクは辺りを見回した! 兵士たちは浮かれている! やっぱりなし、は可哀想だ!
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「ありがとうございます。兵たちもさぞ喜ぶことでしょう」
「……そしたら私、食事作るの手伝ってこようかな? 食べさせてもらうばっかりじゃ悪いし」
シャルロットの言葉に、キースの顔が喜びで綻ぶ! しかし彼が謝辞を口にする前にジェイクが待ったをかけた!
「それだけはやめてください」
「また敬語だ!! なんで!?」
「大事な兵士さんたちにダークマターを食わせてたまるか」
ジェイクの言葉にシャルロットは涙目で返す。
「最近は失敗してないじゃん! もうずっとジェイクだって文句言わずに食べてくれるし!」
「や、言っても無意味だから言わないだけだ」
「!?」
「つうか同じもん食っててお前は何故自分で気付かないか不思議でしょうがない。まあ王都にいた頃と違って三回に一回から五、六回に一回ぐらいに頻度は減ってる。ここ二、三日調子よかったからそろそろ危ないはずだ。だからやめとけ、な? ――というわけでキースさん、食事はそちらで用意してくれると非常に助かります」
「は、はあ……」
キースはジェイクの言葉に頷く。しかしシャルロットは不満げだ。
ジェイクはそんな彼女に、
「……見張りの人の食事を用意するって言ってたろ? 俺と一緒にそれ配り行こうぜ。お前に飯持ってきてもらった兵士はきっと喜ぶぞ」
「……ほんと? 喜んでもらえるかな?」
多少顔が明るくなるシャルロット。ジェイクはそんな彼女に頷く。
「勿論だ。お前はシャルロット・アストラだぜ」
「そうです、王女殿下――もし私が殿下に配膳していただけたなら一生の思い出になります!」
ジェイクと、調子を合わせるキースの言葉にシャルロットの顔がぱぁっと明るくなる。
「この国でお前に飯を手渡されて喜ばないのは俺くらいだ」
――そして再び肩を落とした!
「なんでそう上げて落とすかなー」
「時々ダークマターなんだぞ。ハズレを引かないか毎回戦々恐々だ」
「失敗したときも文句言わないで食べてくれるのは嬉しいけどさ―、美味しくないときはそう言ってよ」
「いいのか?」
「うん。多分言われる度に泣くけど」
「駄目じゃねえか――まあ頻度減ってんだしその内失敗しなくなる。今回は配膳で我慢しとけ、な?」
その言葉に頷くシャルロット。釈然としないものの納得はしたようだった。
◇ ◇ ◇
ジェイクが鍋を持ち、シャルロットが配膳して回る――シャルロットは料理を手伝うことができないならせめてと見張りの兵だけでなく野営地の兵全てにも一人ずつ声をかけて回った。
結果それは大いに時間がかかり、兵たちが食事にありつくまで普段の何倍もの時間を要したが――たとえどれだけジェイクにいじられようとも、シャルロットが絶世の美姫であることに変わりはない。兵たちはシャルロットの激励に大いに喜んだ。
効果は絶大だ! 兵士たちの士気は高い!
――そして日は傾き、空は茜色に染まった!
ジェイクは兵たちに請われ、弓の扱いを彼らに教えていた。実践がてら彼らとともに獲物を探して森に入り、鹿や水牛を狩って野営地に戻ってシャルロットの姿を探す。
「――またお勉強してるのか」
人前では――というか自分と関わって素の表情を出さない彼女は立派な王女だ。てっきり兵をねぎらうか、でなければ針仕事などなにか細かい作業でも手伝っているのかと思いきや、彼女は野営地の隅で魔道書を読み耽っていた。
「あ、お帰りジェイク。狩りはどうだった?」
「食わせてもらった分は返せたんじゃねえかな」
ジェイクが言いながら広場を示すので、シャルロットはその先を視線で追う。そこでは幾人もの兵が鹿や水牛を囲んで解体していた。
「大漁!」
「家にいた頃じゃ一人で狩れない大物を狙えて楽しかったよ。こんなに獲っても一人じゃ運べないからな」
目を丸くするシャルロットにジェイクが言う。
「根詰めるのもいいけど、そろそろ暗くなる。目悪くするぞ、続きはまたにしとけば?」
「……そうね」
シャルロットはジェイクの言葉に従った! 魔道書を閉じて立ち上がる!
ジェイクは戸惑っている!
「なに?」
「……昼間あれだけ言っても歩きながら読んでたのに、今回やけにあっさりしてんなって」
「ん――……まあ覚えたいことは覚えられた。後は実践あるのみって感じかな」
シャルロットの賢さが少しだけ上がったようだ! 気のせいじゃないといいが!
「……んん?」
「どうした急に」
「なんか唐突に世界に不愉快なこと言われた気がした」
「お前は何を言ってるんだ……ともかく、骨休めにはなったろ。ちょっとキースさんと話をしに行かないか? 聞いたら今櫓の方にいるって聞いたからさ」
「隊長さんと? いいけど何を話すの?」
「そりゃあ北に向かう為にここをどうするかって話だ。魔将軍がいるルチア聖殿に行くにはレミナンドを通らなきゃならないだろ? それにあのガキとの約束もある。レミナンドに居座ってる敵の隊長ってやつをどうしてやるか話さないとな」
「ふぅん。っていうかレミナンドを取り返すんだから、殲滅以外になにかあるの?」
ジェイクの言葉に、さも当然のようにシャルロットが答える。
「いや、そりゃそうなんだけど……お前ってシンプルって言うか、時々無駄に王道っていうか」
「? 私王女なんだけど?」
「それ俺以外に言うなよ? 洒落の通じない相手だとこれ以上ないパワハラだからな?」
二人がそんなやり取りをしている時――
「――敵襲、敵襲!」
野営地に伝令兵が駆け込んできた。その兵はジェイクとシャルロットの姿を確認すると、息をするのも忘れて二人に向かって駆けてくる。
「――勇者様、王女殿下!」
「
ならば自分が行かねばならないと尋ねるジェイク。兵は青い顔で――
「――いえ。
是非を問う伝令兵! 今回はシャルロットに不安はなかった。ジェイクとは気心が知れた間柄――この状況でなら彼がどう答えるかわかっていた!
「わかった! ロッテ、行くぞ――飯の礼がたっぷりできそうだ!」
「うん!」
すかさず駆け出すジェイクに誇らしい気持ちで頷き、追従するシャルロット。
しかし、ジェイクは肩越しに振り返るとその場で立ち止まった!
「ふぎゃ!」
ジェイクの背中に激突するシャルロット!
「なんで止まるのよ!」
「や、お前杖の代わりに本振り回すつもりか? 早く杖とってこい」
狩りの帰りで万全の装備であるジェイクと違い、シャルロットはあてがわれた隊長小屋の一室に杖やアイテムを置きっぱなしだ!
「そうだった!」
「傷薬と香水も忘れんなよ」
ジェイクの声を背に、シャルロットは小屋へ駆け込んだ!
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