第5章 対魔王軍防衛線 ③

 キースの案内で最前線へ向かった二人は、急ぎ目を巡らせて戦場を把握する。


 森を切り拓いて作ったと思われる丸太の防柵が並び、その内側に櫓が等間隔に並ぶ。


 これで相手が人狼のような魔物であれば、櫓から射かけ、策の内側から槍で突く――そう言った戦法で戦いを有利に進めることができたかもしれない。


 しかし――


「来たぞ、鳥人ガルーダだ!」


 上空から迫る魔物相手では、地上に設置した防柵は意味を成さない。ジェイクとシャルロットが空の向こうに見たのは、背中に両翼を生やし、鶏冠と嘴の生えた頭部をもつ魔物たち――十匹ほどの鳥人ガルーダの群れだった。


「盾隊、前へ出ろ!」


 キースの指揮の下、大盾を掲げた兵士たちが前へ出る。そして――


 ――鳥人ガルーダたちの連続魔法! 火の雨が兵士たちに降り注ぐ!


 兵士たちはそのファイアボルトの雨を掲げた大盾で防いだ!


「弓隊、てぇっ!」


 兵士たちの攻撃! 矢をつがえて放つ――しかし、矢は上空の鳥人(ガルーダ)たちに届かない!


「……キースさん、これじゃあ――」


「――わかっています、王女殿下。しかし射るのを止めると、連中は降りて来て直接攻撃してくるのです。こうしていれば、奴らは魔法力が尽きれば帰って行きますから」


「でも……」


 シャルロットは辺りを見回した! 防柵に燃え広がった炎で、あるいは防ぎ損ねた魔法で火傷を追った兵たちが苦しんでいる!


「――ジェイク!」


「わかってる――」


 ジェイクはシャルロットの声に応え、弓を手に櫓を駆け上がる。矢をつがえ、狙うは鳥人ガルーダの群れ――


 ――ジェイクの遠射! 勢いよく放たれた矢は轟音をあげ宙を斬り裂き、群れの先頭にいた鳥人ガルーダの片翼を穿つ!


「ギャアアッ!」


 翼を貫かれた鳥人ガルーダは飛行を続けられない! 悲鳴を上げて墜落した!


「――勇者様が鳥人ガルーダを堕としたぞ!」


「やった! ジェイク偉い!」


 歓声を上げるキースとシャルロット――しかしジェイクの顔は不満げだ!


「どうしたの? どこか痛くした?」


 シャルロットの問いに、ジェイクは淡々と答える。


「いや、狙いを外した――頭を狙ったんだよ。くそ、おかじゃ狙いを外さない自信があったんだけどな、まだまだだ」


 キースはそう言いながら二の矢をつがえるジェイクの姿にいにしえの勇者の雄姿を見た!


「……頭蓋骨は固いから正面から狙わないんじゃなかったの? さすがにこの距離じゃジェイクだって目を狙うなんてできないでしょ?」


「ああ。確かに目を狙うのは難しい。けど頭蓋骨の方はこいつらに限って話は別だ。鳥の骨は軽いんだよ――じゃないと飛びにくいからな」


 ――ジェイクの追撃! 二の矢は墜落した鳥人ガルーダの頭部を貫き、地面に縫い止めた!


「軽いってことは人狼ワーウルフなんかと比べて脆いってわけさ」


 鳥人ガルーダを倒した!


「うおおおおおおっ!」


 今まで好き放題されてきた魔物が倒れたことで、兵士たちから大きな歓声が上がる。


 そして――


「キシャアアアアアアッ!」


 仲間を倒されたことで鳥人ガルーダは怒り、猛っている! 鳥人ガルーダたちの連続魔法! ジェイクが立つ櫓を狙い撃つ!


 ジェイクは自分に迫る流星群の様なファイアボルトを目に、盾で防ぐことは諦めた。一発一発がファイアボルトでは《運命に抗う盾リジステレ》が発動しないかも知れない。発動しなければタダで済まないのはそれこそ火を見るより明らかだ。


「ロッテ、離れろ! キースさんも!」


 櫓の下にいる二人に叫ぶジェイク。


「わかった! ジェイクは?」


「――鴨撃ちだ!」


 ジェイクは答え、ファイアボルトの雨が櫓を撃つその前にそれから逃れる為に櫓から飛び降りた。


 ――防柵の向こう側に。


「ジェイク!」


「大丈夫だ、この距離なら躱せる!」


 着地と同時に駆け出すジェイクにシャルロットが叫ぶ。しかしジェイクは振り返りもせずにそう答え矢筒に手を伸ばす。


「キシャアアアッ!」


 迫るジェイクに狙いを変え、魔法を繰り返す鳥人ガルーダたち。しかしその弾速よりも、ジェイクの矢速の方が数段早い――ジェイクの連続早射ち! 放たれた矢は鳥人ガルーダたちの翼に次々と命中し、鳥人ガルーダを墜落させる!


 ――……その後はジェイクにとってたわいもないことだった。墜落して地面に叩きつけられた鳥人ガルーダたちに、順に止めを刺していく。


 鳥人ガルーダの群れを倒した!


「……勝った。勇者様が鳥人ガルーダの群れを倒したぞ」


 兵士の誰かが呟くと、次々に喜びの声は伝搬し、やがてそれが勝ち鬨に変わる。


 自分を称える声を聞きながら仲間たちの元へ戻ろうと歩き始めたジェイクを迎えたのは、防柵を越えてこちらに駆けてくるシャルロットだった。


「もう、バカ! なんで一人で行っちゃうのよ――怪我してない? 大丈夫?」


「心配性の母親か。大丈夫だ――あの距離じゃ向こうの魔法を避けられるように、お前の魔法も避けられるだろうから――弓兵の矢も届かないんだから、俺がやるしかなかったろ」


「そうかもしれないけど! ……でも、こんな戦い方じゃ、私が一緒にいる意味ないじゃん」


「――……ロッテ?」


 どこか様子がおかしい彼女に気付いたジェイクだったが、それ以上の追及はできなかった。シャルロットに遅れ、キースと幾人もの兵士たちがジェイクの元に駆け寄ってくる。


「さすが勇者様――我らの矢が届かないこの距離で鳥人ガルーダたちをいとも簡単に射貫いてしまわれるとは!」


「勇者様がいれば魔王軍も怖くない! アストラを取り戻せるぞ!」


「勇者様万歳! 王女殿下万歳!」


 喜びの声を上げる兵士たち――そして隊長であるキースがジェイクとシャルロットに声をかける。


「――勇者様、王女殿下。これで魔物たちはしばらく動きがないはずです。今のうちに一度退きましょう。旅と戦いの疲れを癒やしてください」


「あ、ああ――シャルロット、行こう」


「うん……」


 シャルロットの様子が気にかかったジェイクだったが、ここを取り仕切るキースにそう言われてシャルロットと共に一旦彼らの本陣へ移動することにした。


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