第5章 対魔王軍防衛線 ②
「……どうしてお前はそう極端なんだ」
「え?」
翌日、痺れをきらしたジェイクがそう言うと、シャルロットははっと顔を上げた。
「何か言った?」
「なんか昨夜は様子変だったけど、今日はますます変だぞ。歩きながら魔道書読むの止めろよ。危ないし、頭に入らねえだろ」
シャルロットは目覚めてジェイクと番を交代すると、早速魔道書を読みふけった。ジェイクが目覚め、そして出発しても目を離さずに黙々と読み進めている。
「意外とそうでもないよ?」
「そら中級魔法が使えるようになればありがたいとは言ったよ。けどな、無理しろとは言ってないよ」
「んー、でもさ、これから防衛線に行くわけでしょ? 魔物の群れと戦うことになるじゃない。少しでも強い魔法が使えれば、ジェイクだけじゃなくて兵士さんたちの力にもなれるし」
「……お前、ぽんこつのくせに根っこんとこが英雄気質だよな」
ジェイクがしみじみと言う。リドルの船ではジェイクが水を向けると彼の商売道具を守ることに全力を尽くしたし、テッドが食い詰めて盗賊に身を堕としたことに心を痛めていた。
「? 王族として民に尽くすのは当然でしょ?」
「ナチュラルにそう言えるのは普通に尊敬できる」
「……あ、ぽんこつじゃないもん!」
「反応の仕方に説得力がねえよ――って、ロッテ、あれ」
ジェイクがそう言って前方を指し示す。言われてシャルロットも目を凝らすと、地平に何か建物らしきものが見えた。
魔物に襲われ、占拠された街レミナンドはまだ先だ。つまり――
「あれは櫓(やぐら)か? ってことは――」
「物見櫓? じゃああの先に防衛線が――」
「だな。少し急ごう。魔道書はしまっとけ」
「うん」
頷いてシャルロットは荷物の中に魔道書をしまう。
そして二人は少しだけ行軍のペースを上げた。
◇ ◇ ◇
櫓に近づくと、向こうから武装した兵が二人、ジェイクたちに近づいてきた。
「――そこの旅人、止まりなさい!」
「この先は対魔王軍の防衛線を敷いている――戦場だ! 一般人の立ち入りは禁じている!」
兵士二人がジェイクとシャルロットが歩くその道を阻む形で立ち塞がる。
ジェイクが口を開こうとしたその前に、気を利かせたシャルロットが一歩前に出た。その顔を見て兵士たちの顔色が変わる。
「王女殿下――!」
「っ! これは失礼しました、王女殿下」
慌てて敬礼をする二人に、シャルロットは柔和は居住まいを正して言った。
「ご苦労様です。あなたたちのように任務に忠実な兵がいれば民も安心でしょう。ここより南で目立った魔物の被害がないのはあなたたちの尽力によるもの――民に代わり感謝します」
「はっ、もったいなきお言葉、身に余る光栄であります!」
前線の兵士であれば直接王族から言葉をかけられる機会も少ないだろう――感激して返礼する兵士にシャルロットは微笑みかける。ますます感激する兵士たち。
「……お前のそれって知らない奴にはほとんど詐欺だよな」
「ジェイクうるさい! ――えー、こほん。この辺りを率いている方はどちらに?」
「隊長なら前線近くの櫓で魔物の襲撃に備えているはずです――あの、失礼ながら王女殿下、殿下が今ここにいらっしゃるということは、そちらの方が――」
どうやらここにもジェイクとシャルロットが魔将軍討伐の旅に出たというお触れは伝わっているらしい。シャルロットは頷いて、
「ええ、こちらが勇者ジェイク。いにしえの勇者の生まれ変わりです」
そうシャルロットが伝えると、二人の兵士は喜びを露わにする。
「うおおっ! とうとう勇者様が俺たちのところへ!」
「ああ! お触れがあって一ヶ月――なかなかお見えにならないからどこかで戦死されてしまったかと心配だったが――勇者様、王女殿下、よくぞご無事で!」
「……あー、それは……」
「……いろいろありまして。遅くなってゴメンナサイ」
ジェイクとシャルロットは言葉を濁すより他ない! 特にシャルロットは目が泳いでいる!
しかし兵士たちはそんな二人の様子を気にする様子もなく、
「勇者様、王女殿下、どうぞ本陣へ――」
「隊長がお待ちです。他の者もお二人のお姿を見れば士気が高まりましょう!」
そう言って、小走りに先へ向かう。
「よし、行くぞロッテ!」
「うん、行こう!」
罪悪感を誤魔化すため、二人はさわやかなテンションでその後に続いた!
◇ ◇ ◇
「勇者様、王女殿下、よくぞご無事で――自分は防衛隊を率いているキースと申します。お二方にお目通りが叶い光栄であります」
ジェイクとシャルロットにそう名乗った青年兵士は、格好こそ他の兵士とそう変わらないもののその体躯は一際大きく、歴戦の戦士を思わせる風貌だった。直立で敬礼する彼にジェイクとシャルロットが手を伸ばすと、特にシャルロット相手には緊張気味にその手を握り返す。
「キースさん、俺たちはここから更に北上して魔将軍が陣を敷くルチア聖殿を目指すつもりです。けどその為にはこの先にある、魔物たちに占拠されたレミナンドを通らなきゃならない。ここはその連中の侵攻を防ぐ防衛戦――戦況はどんな様子ですか?」
ジェイクが尋ねると、キースは苦虫を噛み潰したような顔で――
「……芳しくはありません。数はこちらが圧倒しているのですが……」
「というと?」
「普通の魔物が相手の時は防柵を使って有利に戦えます。比較的少ない被害で防戦、撃退できるのですが――
「……こっちの兵力を削りにきているってことか」
「っていうか、相手は飛べるんだよね? こっちが思うように反撃できないのはもうわかってるだろうし、どうしてここを削ってるのかな? 跳び越えて南下したらいいのに」
シャルロットが当たり前の疑問を口にすると、キースは「私見ですが」と口を開く。
「おそらく、侵攻よりお二人――いえ、勇者の抹殺が連中の優先目的なのかと」
「俺の?」
「ええ。大陸の東側は山脈が、西側は森が広がり、北へ向かう旅には向きません。勇者が北へ向かうならこの辺りを通るはずだと予測しているのでしょう。レミナンドを占拠しているのもそのためでしょう。下手に侵攻して勇者にどこかへ逃げられるより、立ち上がった勇者を待ち構える方が確実だと考えているのではないでしょうか」
「……そんなことのために魔物たちはレミナンドを占拠して、ここで十年も兵士たちを傷つけているの……?」
シャルロットが悲痛な面持ちで呟く。
「それだけ勇者の存在は魔王軍にとって脅威なのでしょう。自分はこの任に就いて二年になりますが、民を――そしてなにより人類の希望たる勇者を守る栄誉ある任務と誇りに思っています。そして勇者様をこうして迎えられたことを心から嬉しく思います。前任者たちも、任務に殉じていった者たちも皆今日の日を喜んでいることでしょう」
キースがそう言うと、周囲にいた兵士たちがわぁっと声を上げる。
――ジェイクの心に、ほんの少し――勇者としての自覚が湧いた!
その時――
「敵襲、敵襲――!」
魔物の襲撃を報せる声が響く。兵士たちに緊張が走る!
「皆、配置に着けっ! ――勇者様、王女殿下、おそらくいつもの襲撃です。お二方は旅でお疲れのことでしょう。今回は下がって休んでいてください。ここは我々が」
「いや――」
二人を気遣うキースの言葉に、ジェイクは先んじてNOと告げる。
「連中は空を飛び――そしてあんたたちは思うように反撃ができないんだろう? あんたたちが待っていた、この十年守ってくれた
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