第5章 対魔王軍防衛線 ①

 地平の彼方まで連なる魔物の群れ。しかしそれだけではない。上空には空を埋め尽くすほどの魔物の群れが隊列を成している。


 そんな大群を前に、ジェイクは全く怯まない。手にした剣を魔物たちに向けると声高に叫ぶ。


「リィンフォース・ファイアボルト!」


 ジェイクの極大魔法! 渦巻く業火が地を這う魔物の群れを焼き尽くす!


「リィンフォース・サンダーボルト!」


 ジェイクの連続魔法! 空飛ぶ魔物の群れに天空から稲妻が降り注ぐ!


 ――魔物の大群を倒した!


「ジェイク、凄い!」


 そんなジェイクに歓声を上げるシャルロット。そして――


「おや、初級魔法しか使えないシャルロットさん。いたんですか」


「んんっ……!」


 ジェイクの冷ややかな眼差し! シャルロットは胸が痛んだ!


「……お疲れ様、ジェイク。魔物は倒したし、少し休憩にしよっか?」


「魔法をちょっと使っただけだ。疲れてなんかねえよ」


「……じゃあ魔法力回復しよっか? ほら、魔女の香水あるよ!」


「や、それは初級魔法しか使えないお前が持っておけよ」


「んんっ……!」


 ジェイクの嫌味! シャルロットは言い返せない!


「っていうか俺が極大魔法を覚えた今、お前がいる意味ってあるか? ないよな? 城へ戻った方がいいんじゃないか?」


「! でも、ほら、何かあった時の為に一人より二人で居た方が――」


「でしたらこの私が」


「!?」


 ――イールギットが現れた!


「おお、回復魔法が使えるイールギットさん!」


「勇者様、これからは初級魔法しか使えない王女様に代わり、回復魔法を使えるこの私が旅のお供を務めますわ」


「それは有り難い」


 露出の高い衣服を身に纏ったイールギットがジェイクを誘う! ジェイクはめろめろだ!


「というわけだ、ロッテ。俺はこれから美人で回復魔法が使えるイールギットさんと旅をする。お前は王城へ帰れ。な?」


「今までお疲れ様でした、初級魔法しか使えない王女様。勇者様の今後はこのイールギットにお任せください」


「――待ってよ、ジェイク! 私に帰れって言うの?」


「そう言ってるだろ。なんたって回復魔法が使える美人のイールギットさんがいる。俺の極大魔法もある。お前にできることはない。そうだろ?」


「そりゃあイールギットさんは美人だよ? でも私だって……自分でこんなこと言いたくないけど、国一番の美女って評判だよ? 可愛いでしょ?」


「ああ、まあな……二番目だけど」


「!?」


「さあ参りましょう勇者様。一番の私が宿の手配をしてあります。戦いでお疲れでしょう。どうぞごゆっくり休憩してくださいませ」


「そう? じゃあそうしようかな」


「はい。僭越ながら私がご相手いたします」


 二人はシャルロットに背を向け、仲睦まじく歩き出した!


「待って! ジェイク、待ってよ! それ多分休憩じゃないよ!」


「いやあ、楽しみだなぁ」


「うふふ」


「ジェイクってば! 待ってよぉ! 私を置いてかないで!」




   ◇ ◇ ◇




「――ッテ、おい、ロッテ。起きろ」


 はっと目を覚ますと、シャルロットは寝袋の中でジェイクに肩を揺すられていた。


「ジェイク……」


 シャルロットの目に、高い月――そして心配そうに自分の顔を覗き込むジェイクの姿が映る。


「……あれ?」


「大丈夫か? うなされてたぞ」


「夢……?」


 シャルロットは辺りを見回した。草原を北に伸びる街道、満月が浮かぶ夜空、心配そうに自分を見るジェイクの顔――そして、明日には対魔王軍防衛線に着くだろうというところで日が暮れて、ここで野宿をすることになったことを思い出す。


「夢か……」


 激しい動悸を感じながら寝袋から這い出て寝汗で額に張り付いた前髪を指で梳くと、安心したせいかぽろりと涙が零れた。


「――ったく、どんな夢見たんだよ。ガキじゃあるまいし夢見が悪いくらいで泣きやがって」


 ジェイクが言ってシャルロットの頬を伝う涙を拭ってやると、まさか捨てられる夢を見たなどとは言えない彼女ははにかんで誤魔化した。


「……わかんない。忘れちゃった」


「ま、悪夢なんてそんなもんかもな。ほら、飲めよ」


 そう言って水筒を渡されるシャルロット。受け取ったそれに口をつけると、シャルロットははたと気付いた


「あれ? 焚き火、消えてる……」


 そう呟くと、ジェイクは少し困ったように――


「……悪い、うっかりしてたら消えちまってさ。悪いけど火を点けてくれないか?」


 ――旅に火打ち石の携帯は必須である。しかし二人にはシャルロットの魔法があるためこれを持っていなかった。シャルロットの睡眠中に火を消してしまったジェイクには再点火の術がなかったのである。


「うん、全然構わないよ――ファイアボルト」


 シャルロットが手をかざし呪文を唱えると、小さな火の塊が発射されて薪に火が点く。


「ありがとう、助かった」


「……消えちゃったら起こしてくれていいんだよ?」


「俺のミスで消しちまったからな。わざわざ起こすのもどうかと思って……まあお前がうなされ始めたから結果として起こしたんだけど」


 バツが悪そうにジェイクが言う。そんな彼にシャルロットは微笑んで言った。


「二人で旅してるんだもん、助け合おうよ」


「ああ、そうだな――っていうか随分しおらしいな? いつもなら『ほらね、お姉ちゃん頼りりになるでしょ!』とか言い出しそうなもんだが」


「ソ、ソンナコトナイヨ? ――ええと、ジェイクの魔法は? 時々練習してたでしょ?」


 鋭い指摘に戸惑ったシャルロットは話題を変える。


「ああ、それな……いにしえの勇者が魔法の名手でもあったから、生まれ変わりの俺も才能がありそうなんだけどなぁ」


 ぼやきながらジェイクは虚空に向かって手を伸ばした。口の中で小さく呪文を唱える。


 ――魔法は発動しなかった!


「……こんな感じだ」


「そっか……でもジェイクは弓があるし! 魔法は私が頑張るよ。中級魔法覚えて、大魔法も、そのあとは極大魔法だって!」


「お、おう……」


 思いの外勢いよく言うシャルロットにジェイクは戸惑うが、


「まあ、ロッテが中級魔法を覚えてくれたらありがたいよ。シーサーペントや人狼(ワーウルフ)と戦ったときは大活躍だったもんな? 強い魔法が使えるようになれば、もっと頼れるようになる」


「ほんと? 私頼りになる?」


「あ? ああ――実際シーサーペントも人狼(ワーウルフ)も、ロッテがいなきゃ勝てなかったかもしれないだろ?」


 それに――とジェイクがつけ加える。


「火起こしはロッテの役目だもんな?」


「もう、たまにはちゃんと褒めてくれてもいいのに!」


「大きい声を出すな。興奮すると寝直せなくなるぞ」


「ジェイクは? せっかく起きたし火の番交代しよっか?」


 シャルロットがそう申し出る。これまでの旅の中で、二人の間では時間をずらして眠ることがルールになっていた。魔物や動物の危険が高い深夜帯がジェイク、日が昇る少し前にシャルロットと交代――その分シャルロットは早めに寝て、ジェイクは遅めに起きると言った具合だ。


「まだいいよ。ロッテはもう少し寝とけ――あんだけうなされたら疲れなんてとれてないだろうし」


「ん、わかった。ありがとうジェイク」


 礼を告げてシャルロットは寝袋に入り直す。


 そして――小さく呟く。


「私が魔法を頑張ったら、置いてかないでずっと一緒にいてくれる?」


「聞こえないよ、大きい声を出すなとは言ったけど聞き取れないほど小さい声で言うことないだろ」


「おやすみって言ったの!」


「ボリューム壊れてんのか、叫ばなくていいんだよ――おやすみ、ロッテ」


 ジェイクの声を聞いて、シャルロットは目を閉じる。


 いずれ極大魔法――まずは中級魔法を頑張ろうと強く誓いながら。

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