第4章 囚われの娘 ⑤

 人狼ワーウルフたち――魔王軍の尖兵隊を倒した後、シャルロットの身だしなみを整えて更に洞穴の奥を探索すると、すぐに囚われの村娘は見つかった。轡を噛まされ、手足を固く縛られ無造作に地面に転がされていた彼女を二人は縄をほどいて解放する。


「――あなたがイールギットさんね?」


 松明で彼女を照らしたシャルロットが尋ねると、彼女は懸命に頷いた。


 美しい娘だった。陶器のように白い肌。艶やかな黒髪。すっと通った鼻梁に薄い唇。長い睫毛――少し垂れ気味の瞳は見る者を虜にするだろう。


 ジェイクが唐突に口を開く。


「美少女で評判のシャルロットさん」


「! はい!」


 不意に褒められたシャルロットは元気よく返事する。


「今日から国一番の美女って称号はイールギットさんのものだ」


「!?」


「お前も言われるだけあって相当な美少女だよ。でもイールギットさんに比べると……」


「!!?」


 ジェイクは語尾を濁した! しかし意味はほとんどない!


 イールギットは意味がわからずに目を白黒させている!


「どんまい」


「どんまいじゃないよ! なんでいきなりそんなこと言われなきゃいけないの!?」


「や、俺は客観的事実を」


「ほら、すべすべ! 手すべすべだよ!!」


 シャルロットのさすりさすり! ジェイクは鬱陶しそうにシャルロットの手を払いのけた!


「それは見た目の美しさに関係無いだろ……仮にそれで取り返せるとして、国民全員の顔を撫でるつもりか?」


「ジェイクにしかしないよ!!」


「俺も別にして欲しいわけじゃないが」


「!?」


「あと将来の旦那にもしてやれよ」


「ぐっ……」


 シャルロットはジェイクと結婚したいとは言い出せない! いじらしくて可愛い!


「!?」


「? どうした?」


「なんか世界に褒められた気がした」


「お前は何を言ってるんだ……や、お前が一番じゃないってことが証明されたことはどうでもいいんだ。イールギットさんの無事を確認しないと」


「ジェイクが言い出したんだけど……あとどうでも良くないし」


 しかしもうジェイクはシャルロットの言葉を聞いていなかった。縛られていたイールギットを起こしてやると、


「怪我はないか? どこか痛い所は?」


 ジェイクに尋ねられ、イールギットは困惑しながら答える。


「縛られていたところ以外は――あの、そちらはシャルロット王女殿下? 本物ですか?」


「ああ、実はこんな残念な奴なんだ」


「ということは……あなたが勇者様! 助けに来てくれたのですか?」


「まあ、そういうことだ――怪我がないみたいで良かった。あんたを攫った魔物は倒した。村まで送っていくよ」


 そう言ってイールギットを立たせるジェイク。しかしイールギットはどこか懐疑的な目をジェイクに向ける。


 ――魔物に攫われたのだ、恐怖が抜けないのかも知れない――そう思ったジェイクはさりげなくイールギットから離れた。シャルロットから松明を受け取り彼女にイールギットの相手を頼もうと目配せする。こういう時は同性の方が安心できるかも知れない


 それに頷くシャルロット。噛み合いさえすれば以心伝心の二人である。噛み合いさえすれば。


「イールギットさん、歩ける? 手足がまだ痛むようなら村に帰るのは少し休んでからでも」


「いえ、大丈夫です王女様。ですが――」


 そう言って、窺うようにチラリとジェイクに視線を送るイールギット。ジェイクとしてもここまであからさまにされてはさりげなく気を遣うのは難しい。


「……俺が怖いなら別行動でもいいけど?」


 自身を攫った魔物――それを倒したというジェイク自分を怖がっているのかもしれない。そう考えたジェイクは提案するが、シャルロットがそれを否定する。


「それは私が不安だよ……魔物とか怖い動物とか出たらどうするの」


「ここまでくるのに動物には出くわさなかったし、獣道もなかった。どっかにはいるだろうが、来た道を戻れば大丈夫じゃないかな」


 そんなやり取りをする二人を見て、イールギットは目をぱちくりさせる。

「あの……なんともないのですか?」


 おずおずとそう言ったイールギットに、ジェイクとシャルロットは互いを見合って――


「「何が?」」


「……いえ、こういうことを言うと自意識過剰と思われるでしょうが――その、私は男の人に随分と好かれる体質みたいで、若い男の人は私の前だと少し自制が効かなくなってしまうことがあって――」


「――ああ」


 彼女の言葉にジェイクは頷く。


「イールギットさん、あんた随分モテるみたいだな? お陰で魔物に攫われたあんたを助けるためだって村長や若い男たちに寝込みを襲われたぞ」


「ああ、ごめんなさい、ごめんなさい!」


「でもそれも納得って感じよね。悔しいけど……悔しいけど! 私から見てもイールギットさんってとても綺麗だもの」


「そんな、王女様――私なんか、王女様の美貌にはとても敵いません」


「や、それやめて? 私が悪いお姫様で無理矢理言わせてるみたいに聞こえる……」


「そうだぞイールギットさん。遠慮すんな。今日から国一番の美女の称号はあんたのもんだ」


 ――シャルロットの睨みつけ! ジェイクは口を噤んだ!


「勇者様は、本当に私を見てなんともないのですか?」


 困惑、期待――複雑な表情で視線を向けるイールギットに、ジェイクはシャルロットの目を気にしながらも正直に答えた。


「……あんたが一番でロッテが二番ってのは冗談だけど、どっちが上かって争えるほどの美人だと思うよ。けどそれだけだな。それで村の連中みたいにあんたに夢中になれるかってのは別の話だ。村の若い連中はあんたと結婚したがってたけど、今現在俺はあんたにプロポーズしてないだろ?」


 ジェイクがそう言うと、イールギットの顔が明るくなる。


「ああ、勇者様――お願いです。どうか私を勇者様の魔将軍討伐の旅へ連れて行ってください」


 イールギットの懇願!


「お願いします! 私、初級の回復魔法を使えます。家事も――旅の女中を雇うと思っていただければ結構です。勿論お代などいりません。どうか、どうか――」


 シャルロットに衝撃が走る! 自分がうらやむほどの美女が、ジェイクに旅の帯同を願い出ている! さっきはああ言ったジェイクだが、共に旅をして絆が深まればどうなるかわからない――ジェイクを想うシャルロットにとって強敵だ!


 しかし、同時にシャルロットには希望があった! 勝算とも言える――ジェイクはこの手の話に首を縦にしない!


 固唾を飲んでジェイクの答えを待つ。そして――


「……まあ、どうしてもって言うなら」


 ――ジェイクはNOと言わなかった!



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