第4章 囚われの娘 ③

「ジェイク、あそこ」


 痕跡の追跡を始めてしばし――森の中でふいに明かりが見えた。松明だ――その松明を手に暇そうに立つ人狼ワーウルフの姿が見える。


「ああ、見張りがいるな。まるっきり無警戒ってわけでもなかったのかな?」


 声を潜め、ひそひそと話す。遠くに見える明かりの近くの地面にぽっかりと穴が空いているのが見えた。あれが連中の拠点――話に聞いた洞穴だろうとジェイクはあたりをつける。


「なんか、もっと洞窟っぽいのかと思ってた」


「縦穴なんだろ。地下に下ってく構造なんだろうな」


「見張りに気付かれないかな? 狼って鼻が利くよね? 人狼ワーウルフはどうなんだろう?」


「ある程度は利くんじゃないか?」


「ある程度?」


 尋ねるシャルロットに淡々と答えるジェイク。


「松明――明かりを用意してるってことは、狼ほど夜目も鼻も利かないんだろう。どっちも狼並みなら必要無いだろうから。でもあの姿だ、人間と同程度ってことはないんじゃないかな。だから、ある程度だよ――で、ロッテの心配事の返事は大丈夫、だ。嘆きの森には西から風が吹くからこっちは風下だよ。鼻が良くても匂いじゃ気付かれないはず」


 シャルロットに答えながらジェイクは矢筒から矢を二本引き抜いた。そのうち一本の矢を薬指と小指で握り、もう一本をつがえる。


「――え? もう射るの? ここから? 木や枝葉が邪魔じゃない?」


「邪魔だけど、これ以上近づいたら匂いはともかく気配で気付かれる。それに見えてるってことは視線が通ってるってことだ。視線が通ってるなら射線も通る」


 ジェイクは言って矢を放つ。放たれた矢は人狼ワーウルフを逸れて後ろの樹木に突き刺さった。小気味いい刺突音に気付いた人狼ワーウルフが何事かと振り返る。


「外れた! 『陸じゃ狙いを外さない』とか言ってたのに!」


「やかましい」


 しかしジェイクに動揺はない。シャルロットにそう言いながら二の矢を素早くつがえ、放つ。


 ジェイクの狙い撃ち! 矢は人狼ワーウルフの後頭部に突き刺さった! 会心の一撃だ!


 ――人狼ワーウルフは断末魔をあげる間もなくその場に倒れた!


「よし。これであと三、四人か」


「やった! ――どんまいジェイク! この距離だもん、二射目で命中なら大したもんだよ!」


「お前どこ目線でそれ言ってんだ……一射目を外したのはわざとだよ。最初から二射目の準備をしてただろう?」


「わざと? なんでわざわざそんなことするの?」


人狼ワーウルフって、頭はまんま狼じゃんか」


「そうだね」


 人狼(ワーウルフ)は一言で言えば人型の狼である。骨格は人に近く、体の特徴は狼のもの――頭部は鼻と顎が伸びた狼に近い形だ。


「頭蓋骨の構造が狼と似た感じだとすれば、額より後頭部の方が断然脆い。まあ大抵の生き物はそうだろうけど。で、正面は固い。万が一射抜けなかったら面倒なことになる。でもこの距離じゃ必殺の目――眼窩を狙う自信がなかったから後ろを向かせたんだ」


「……頭に当てる自信はあったんだ?」


「まあな。船の上に比べればリラックスして射れるし」


 あっさりと言ってのけるジェイクに、シャルロットは――


「痕跡見つけた時も思ったけど。ジェイクのハンターとしてのレベルが思ってたより全然高いんだけど。なんで農家してたの?」


「……お前の親父さんが父さんの見舞いで農地をくれたからだよ。王様から農地を下賜されて狩りの方が得意なんで農業しません、なんて言えないだろ」


「それはごめん……」


「いや、感謝はしてるんだけどな。本当に。逆に弓矢でももらってハンター一本で食っていけ、なんて言われた方がキツかっただろうし。農業の合間にする狩りが楽しくて上達したって面もあると思う」


 いくらか見敵の緊張が解けた二人は話ながら洞穴に向かう。一応、倒れた人狼ワーウルフを観察するが、人狼ワーウルフは物言わぬ屍になっていた。


 洞穴の方はジェイクの予想通り下り坂が地下に伸びていた。斥候隊と人質はこの中だろう。


「よし、じゃあ潜入する。お前はここで待ってろ」


「え? なんで? 私も行くよ」


「勘弁してください」


「出た、敬語の拒否! 本気の奴!!」


「だってお前ポカやらかすだろ? 寝てる相手が起きるだろ? 人質と俺が大ピンチになるだろ? 着いてこられたら迷惑だ」


 洞穴に背を向けて、ジェイクはさめざめと語る。シャルロットは傷ついた!


「やらかす前提!? 私、シーサーペントの時も役に立ったでしょ!」


「最後にな。最初は何してたか覚えてるか?」


「……船酔いして吐いてた」


「な? ここで待ってろゲロ魔法使い」


「洞穴じゃ酔わないよー。その不名誉な称号を置き去りたい!」


「ってかここでこうして問答してるだけで足引っ張ってんだよ。時間は永遠じゃないんだぞ?」


「無駄にかっこいい言葉で諭された……」


「だからここで待ってろ。連中が寝てりゃあそう時間はかからない。すぐに戻――」


「――ジェイク!」


 シャルロットが囁き声で短く叫び、ジェイクの言葉を遮って手を引く。雑談モードから真剣な表情に切り替わった彼女の様子にジェイクは逆らわず洞穴から離れる。


「どうした!?」


「洞穴の奥の方で少し明るくなった気がして――」


「――松明を持った奴がこっちに来ているのか? 見回りか見張りの交代か――ちょっと様子を見よう。隠れるぞ」


「うん――」


 二人はうなずき合って洞穴の反対側に回る。人狼ワーウルフが坂を上がってくれば背後をとれる位置取りだ。


 樹木の陰に隠れて息を潜めてしばし――足跡が聞こえ、松明を持った人狼ワーウルフが現れた。


「おい、何騒いでるんだ。何か――」


 ――ジェイクのバックアタック! 放たれた矢が人狼ワーウルフの後頭部に命中する!


 残心――ジェイクは二の矢をつがえて様子を窺う。しかし、人狼ワーウルフはその一撃で事切れていた。


 人狼ワーウルフを倒した!


 それを見届けたシャルロットが誇らしげに言う。


「……私、ジェイクが気付かなかった敵に気付いたよ! 役に立った! これは連れてくべきじゃないかな!」


「馬鹿野郎! 騒がしいっつってたろ、お前のせいで気付かれたんだよ! 様子を見に来たこいつが戻らなけりゃ他の奴が騒ぎ出す。くそ、もう強行しかねえじゃねえか」


「……どっちにしても私たちに気付いたんなら寝てなかったのかも。寝込みは襲えなかったんじゃない? それならやっぱり私も居た方がいいよ、絶対」


 ジェイクの叱責にそう返すシャルロット。


「……ロッテのくせにまともな反論しやがって。いいか、絶対に大声を出すなよ。静かに着いてこい。忘れんなよ、相手はあと二、三人だろうがこっちは人質をとられてんだからな」


「う、うん」


 改めて告げるジェイクにシャルロットは気を引き締めて頷く。


 そして二人は人狼ワーウルフたちが潜む洞穴に足を踏み入れた!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る