第4章 囚われの娘 ②
二人はフォレドから西にある嘆きの森を訪れていた。村長が言うには斥候隊はこの森にある洞穴を拠点にしているらしいと聞いての強襲だ。
嘆きの森――さほど大きい森ではないし、どちらかと言えば雑木林に近い。しかし西側の海岸から吹く潮風に常緑広葉樹の葉が揺られこすり合い、夜になると女性のすすり泣くような音を奏でることからそう呼ばれるようになったその嘆きの森は、不気味がられて人々が近づくことは滅多にない。魔物が潜むにはうってつけの場所である。
ジェイクが魔物の痕跡を探しながら下草を踏み分けて進み、その後をシャルロットが着いていく。
ふと、夜闇の中目を凝らして進むジェイクの耳にさめざめとすすり泣くような音が届いた。
怪談の類いを怖れないジェイクだが、その音に体温が下がった気がして後ろのシャルロットに声をかける。
「! ――これが噂の森の嘆きか……なあロッテ、聞こえたか?」
「しくしくしく。暗いよぉ。怖いよぉ」
「お前の泣き声かよ……」
げんなりして足を止めて振り返るジェイクに、めそめそとしたシャルロットが弱音をこぼす。
「だって暗くて怖いんだもん」
「情報量増えてねえな……だから村で待ってろって言ったろ? それを無理矢理着いて来たくせに文句言うなよ……寝てるところを射かけて一方的に退治するだけだぞ? 人手なんかいらないんだから」
「……魔物たちが起きてたら?」
「闇に乗じて遠間から射かける」
「……それは勇者の戦い方としてどうなんだろ」
即答するジェイクに眉をハの字にしたシャルロットがそう言うと、
「あのな――ジェイク・アストラはそりゃあ勇敢な勇者だったかもしれない。でも俺はジェイク・アストラ――いにしえの勇者の生まれ変わりってだけで、俺自身は勇敢でもなけりゃ勇気ある者じゃないの。魔物の隠れ家がわかってるなら正面から戦わなくてもいいだろ。暗殺して人質を取り戻す。イールギットさんは救われる。結果オーライだ」
「だよね。ジェイクとこの手の話をしても私の言い分通るわけないよね」
「おう、時間の無駄だから今後は控えるように」
「……カッコイイときとそうじゃないときでギャップありすぎるんだよなぁ」
「ああ? なんか言ったか?」
「イエ・ヒトリゴト・デス」
「あからさまに不服そうな顔で何言いやがる……なんだよ」
尋ねるジェイク。しかし、
「……こんなに暗いのに、迷ったりしないのかなって」
シャルロットは話を変えた!
「ああ、それは大丈夫。気付いてないだろうけど木に印をつけてるし、踏み分けた下草を逆に辿っていけば森を脱出できる」
「……魔物の痕跡は探せるの?」
「野生の動物を追うのに比べたら簡単だよ。村長は斥候隊とやらは
ジェイクは得意げに語る。
「なんでそんなハンターみたいなことできるのよ……」
「それが副業だから。冬は作物の収穫量が減るから、野生の動物狩って稼ぐんだよ。ウサギを追うより魔物を追う方が全然楽だからな?」
「そうなの?」
「人間をナメてるから、痕跡を隠すとかそういう類いの発想がまるでない。人質を使って俺を罠に嵌めるなんてのも普通の魔物の発想じゃないな。そういう意味じゃ要警戒の相手ではあるけど」
「……斥候隊っていうぐらいだから大騒ぎにならないように、とか言われてるのかな」
「ああ、それは有り得るな――って、言ってる傍から見つけだぞ」
言いながらジェイクは前方の地面を指し示す。シャルロットは言われるままその地面に目を凝らし――そして自分たちが歩いてきた地面と見比べる。半ば道になっている自分たちの足跡に比べ、ジェイクが示す地面に何かの跡があるようには見えなかった。
「全然違うじゃない。っていうか何がどうなってるのかさっぱりわからないけど」
「俺はお前が歩きやすいように踏み分けてんだよ。連中はそんな気を使わないだろうからな。けど下草が踏まれて折れてる」
しゃがみこみ、入念に地面を調べるジェイク。
「……人間の手足と同じ縮尺で考えたら、二メートルぐらいの奴が四、五人かな」
「そんなことまでわかるの?」
「歩幅と足跡の並びを見ればわかる」
きっぱりと言い放つジェイクに、シャルロットは感心を通り越して呆れたように、
「もう専業ハンターに転職したらいいと思う」
「魔将軍ほっといてウサギ追いかけていいか?」
「……それは困る」
「だろ? あんまり魅力的な提案をしてくれるな」
「魅力的なの……?」
「職業・勇者よりよっぽどな。なんでもいいけど痕跡を見つけたんだ、さっさと追うぞ。夜明けまでには済ませよう」
戸惑うシャルロットにそう言ってジェイクが痕跡の追跡を始める。ジェイクは簡単そうにああ言ったが、置いて行かれては遭難は必至だ――少なくとも、朝日が昇るまでは迷い続けることになるだろう。
シャルロットは慌てて先を進むジェイクの背を追った。
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