第4章 囚われの娘 ①
「――よし、全員目を閉じて首を前にだせ。たたっ切ってやる」
ジェイクはまたも激怒していた。無表情で宣言し、ぬらりと光る剣を振り上げる!
「待ってジェイク! 村人だよ!? 首を切るとか言っちゃ駄目!」
シャルロットの説得ロール! 判定はファンブルだ!
「俺たちは寝込みを襲われて殺されかけたんだぞ? 昔から殺すつもりで寝込みを襲っていいのは殺される覚悟がある奴だけだ、って言うだろ? ――さあ、誰からだ? お前か? それともそっちのお前か?」
「やめて! そんな物騒なことわざ聞いたことないよ!」
「……剣を振り回していいのは寝込みを襲われたことがある奴だけだ、だったか?」
「違う! なにか理由があるんだよ、きっと! ね、ね、話だけでも聞いてあげよ?」
刃物を持ってジェイクの寝込みを襲った村人たちだが、寝起きで素手とは言え、相手は勇者である。ジェイクの反撃により顔を腫らして正座させられた村人たちは、最早自分たちの命はシャルロットの説得にかかっていることをよく理解していた。女神に救いを求める子羊のように、ただただシャルロットに救いを求めるまなざしを向けている。
「……話を聞いたらこいつらもう二、三回ずつ殴っていいか?」
「駄目!」
「じゃあ今首を切る」
「もっと駄目! お願いジェイク、お話を聞いてあげよう?」
「……ちっ」
シャルロットの懇願に舌打ちして剣を納めるジェイク。それを見て安堵したシャルロットは、正座をさせられている村人たちの長――村長に尋ねる。
「村長さん……どうして私たちにこんなことを?」
「そ、それは――」
シャルロットに尋ねられた初老の男性、ダンは滔々と語り始めた!
◇ ◇ ◇
西の都ニーアミアを後にし、北東に進路を取り数日後、二人は農村フォレドに着いた。
農村フォレドは広大な土地を農地として開墾した実績のある村で、その規模は大きく、アストラの各都市の食を支えていた。畜産も盛んで、そういった特色から物流が盛んであった。
しかし、それも魔王が復活し、アストラに魔王軍が現れるまで。魔王軍の侵攻隊がレミナンドを占拠してからは当然ながら防衛戦以北との交易は経たれ、またはぐれの魔物が活発になったことから農地も縮小していった。
それでも現在のアストラで一番の農村であることに変わりはなく、また防衛戦に一番近い村ということで、王家の支援もあり防衛戦を支えている。
ジェイクとシャルロットは防衛戦に向かう道程で旅に必要な物資の補給をする為にこの村に立ち寄ったのだが、ここでもシャルロットの知名度は高かった。
あっという間に村人たちに囲まれ、あれよあれよと村長の家に連れて行かれ、歓迎の宴を開かれた。大勢の村人たちに歓迎されては二人も先を急ぐことはできず、彼らの歓迎を受けることになった。宴は夜中まで続き、二人は勧められるまま村長の家に一泊することになって――
そしてシャルロットは寝ている間に縛られ、ジェイクは寝込みを襲われ殺されかけた。
◇ ◇ ◇
村長ダンが語る!
「仕方なかったんです。少し前――勇者様と王女様が魔将軍討伐の旅に出たとお触れがあってしばらくした頃、村が魔王軍の斥候隊を名乗る魔物の群れに襲われたんです。そして連中は儂の娘、イールギットを攫ってこう言いました。勇者が現れたら殺せ、王女は生かして捕らえろ。さもなくば娘を殺す――と。儂は娘を攫われて、仕方なく……」
「魔王軍……なんて卑劣な!」
シャルロットは村長の話に感情を露わにした。こんな経緯があれば、ジェイクも村人たちに怒りを向けることはできない。かと言って怒りが晴れるわけでもなく、苛立ち気味に尋ねた。
「――で? 村長のあんたが村の若者に協力を頼んだってわけか」
村長と並んで正座をさせられている若者は十と二、三人。全員二十歳前後といったところか。
「いえ、言い訳がましく聞こえるかも知れませんが、連中は自発的に手伝ってくれて」
「――曲がりなりにも勇者の俺と王族の寝込みを襲うのを自発的に? なんだ、あんたらも家族を人質にとられてんのか?」
ジェイクが正座している若者の一人に尋ねると、問われた本人は首を横に振る。
「俺はイールギットを愛しているんです。イールギットを取り戻すために」
その言葉を皮切りに、若者たちが次々と口を開く。
「イールギットを本当に愛しているのは俺だ!」
「いいや、俺だ――俺こそがイールギットの夫に相応しい!」
「ふん、後から協力を申し出たくせに! 本当に相応しいのは一番に名乗りを上げた俺だ!」
「俺はイールギットの為なら命だって賭けられるぞ!」
「じゃあ死ね! イールギットの幸せのために! 彼女は俺が幸せにする!」
喧々囂々――
「イールギットさん……一体何者なの……?」
「いや、それよりこいつらだろ。超やべえ奴らじゃん」
シャルロットはまだ見ぬイールギットに恐れをなし、ジェイクはやかましさに辟易する。
そして、仁王立ちで全員を見下ろしていたジェイクはその場で足を踏み鳴らした。一同が一斉に口を閉じる。
「……なんか、ジェイクが村人を襲ってる悪党みたいだよ?」
「ロッテうるさい。ああ――つまりこの連中は全員あんたの娘に惚れてて、父親のあんたと娘の印象を良くしようと襲撃に参加したってわけか」
「この者たちも悪気はなかったんです……」
「悪気はなかったで殺されたらたまんねえよ」
ジェイクは数分前の出来事を思い出して身震いした。妙な気配に目が覚めると、横になった自分の頭に男が鉈を振り下ろそうとしていたのだ。まさか寝込みを襲われるとは思わず剣も外していたため、必死になって鉈や斧を振り回す若者たちを殴り飛ばした。
まあ、剣を使わなかったために死人も出なかったのだが。シャルロットの方は用意された布団ごと簀巻きにされていたのを、全員をKOしたジェイクが助け出して――そして今に至る。
「――お願いします、勇者様! 王女様! 無礼を働いた罰は受けます! ですからどうか娘を――イールギットを魔物から救い出してください!」
ダンが叩きつけるような勢いで額を床にこすりつける。
「や、娘さんは攫われたまんまの方が村は平和なんじゃないか? 取り戻したところでこいつらが奪い合って死人が出そうなんだけど」
「ちょっとジェイク!」
「だってさぁ……」
窘めるシャルロットだが、
「大丈夫です! 娘は妻の忘れ形見――一生嫁に出しません!」
「父親もやべえ奴じゃねえか……まともな奴はいねえのか」
ジェイクの呟きは、しかし村長に届かない。
「どうか勇者様、お願いします! 娘を魔物の群れから取り戻してください!」
村長の懇願!
「ねえ、ジェイク。助けてあげようよ。魔物に攫われたままなんて可哀想だよ。――まあジェイクに言っても無駄かも知れないけど」
シャルロットが諦め気味に言う。
「なんで答える前にもう諦めてんだよ」
「顔見たらわかるよ。すごい嫌そうだもん」
「――そこをなんとか、勇者様!」
「あんたも既に断られた体か」
頭を下げたままの村長に吐息混じりでジェイク。
――そして、なんと!
「お断りだ。と言いたいところだが――イールギットさんだったか? あんたの娘、なんとか取り戻せるように頑張ってみるよ」
ジェイクはNOと言わなかった!
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
感激する村長に――
「本気なの!?」
戸惑うシャルロット!
「正気なの!?」
「……なんで助けろと言ったお前が驚いてるんだ。あとなんで言い直した」
「だってジェイクだし。あ! これだけモテモテなイールギットさんがどんな人なのか興味あるんでしょ!」
「それもゼロじゃないが」
ジェイクは良くも悪くも正直者だ!
「ゼロじゃないんだ……」
「そんなことより、その斥候隊とやらに寝込みを襲われるのがどれだけ怖ろしいもんか骨の髄まで教えてやる」
「……私、魔物よりジェイクの方が怖いよ……」
妖しく目を光らせてほくそ笑むジェイク! シャルロットは改めて幼馴染みの恐ろしさに戦いた!
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