第3章 西の都ニーアミア ⑦

 シャルロットとテッドの目が点になる!


 ――シャルロットは詰問した!


「なんでよ! 『ふっ、そこまで言われちゃ仕方ねえな……ちゃんと俺の言うことは聞くんだぜボーイ』とか言う流れだったでしょ!?」


「誰の真似だ、それは……普通に考えて連れてかないだろ。盗みを働かれてんだぞ。しかも浅くとは言え斬られてる。こんなに初対面の印象悪くてイエスなんて言う奴いるか? いるとしたらそいつはお人好しじゃない、ただの馬鹿だ」


「さっきの『勿論さ』はなんだったの!?」


「勿論断るさ、の『勿論さ』だ」


「意思の疎通ができてない!!」


 シャルロットは頭を抱えて嘆き喚いた!


「ぽんこつ姫、はしたないぞ」


「うるさい!」


「や、そんなこと言わないで連れてってくれよ。まじでなんでもするからさ」


「断る」


「……ほら、あんたも俺の逃げ足は褒めてくれたろ? 魔物相手に囮だってするぜ。そしたらあんたの弓で魔物だって簡単に倒せるだろ?」


「お断りだ」


「頼むよ兄貴!」


 テッドの懇願! シャルロットは腐っていない。腐っていないが――テッドのジェイクを兄貴と呼ぶ姿をみて少しだけきゅんとした!


「誰が兄貴だ!」


「ね、ね、ジェイク。連れてってあげよう?」


 シャルロットのおねだり! ジェイクは毒気を抜かれた!


「……むしろなんでお前は連れてきたいの?」


「……配給ももらえない子供ダヨ? 連れてってあげた方がこの子の為ダヨ?」


「語尾が変だぞ……配給はお前がなんとかするだろ?」


「でも……」


 食い下がろうとするシャルロット。そこに――


「わかってるよ、兄貴。王女様は兄貴の女なんだろ? ちゃんと気ぃ使うからさ」


 テッドの追撃! シャルロットに特攻だ!


「! ジェイク、この子いい子だよ! 物事がわかってる!」


「いや、こいつの目は節穴だ。そんでお前は簡単に丸め込まれそうだからまじで気をつけろな?」


 腕を掴み、興奮気味にはしゃぐシャルロットを引き剥がし――ジェイクはテッドに告げる。


「仇は俺が取ってやる。漁村でも知人の奥さんの仇をとってきたしな。お前の両親の仇も俺が――俺たちが必ず取ってやる。けど、お前は連れてかない」


「……けど、俺兄貴に連れっててもらわねえと食い扶持も稼げねえよ。盗賊だって続けられねえ。あの店にはもう行けないだろうし」


「や、盗賊稼業を続けるのは論外だ。お前、字や数字は? 読み書きできるか?」


 ジェイクが真面目な表情で尋ねると、好機とばかりにテッドは自分を売り込む。


「字は簡単なやつしか読めないけど、数字は苦手じゃないぜ。桁だってわかる。十の次は千だろ? 次は万で、十万、百万だ! 合ってるだろ?」


「十分だ」


 ジェイクは満足げに頷き――


「ロッテ、頼みがあるんだけど」


「なぁに? お姉ちゃんから恋人に格上げ? いいよいいよ、でもそういうのはムード作ってくれないと――」


 くねくねするシャルロット! ジェイクの手が怪しく動く!


 ――ジェイクのストマッククロー!


「いやんジェイク、人前でどこ触って―――ってこれまじ痛い奴だ! 痛い! 痛い!!」


「王女の腹を躊躇なく掴む……やっぱりこいつただ者じゃねえ……」


 戦くテッド! 痛がるシャルロット!


「目が覚めたか? 駄妹だもうと


「ギブ! ギブ!」


 ジェイクはシャルロットを解放し、再び尋ねた!


「ロッテ、頼みがあるんだけど」


「なんで服越しとは言え女の子のお腹力一杯掴んだ後でそんな何事もなかったような顔できるの……一応聞くけどこれ強迫じゃないよね? 拒否権ある?」


「あるよ。当たり前だろ。お前が胡乱なことを言い出さなきゃよかったんだ」


 涙目のシャルロットにジェイクはそう言って、


「お前、こいつが自分で食い扶持稼げるように口利いてやれよ」


「え? そりゃあ構わないけど……でもどこに? ある程度ちゃんとしたとこじゃないと。下手に私が口出しちゃうと強制みたいになっちゃうし」


「ビリーの家はどうだ? あそこんちの武器屋なら住み込みで飯も食わせてもらえるだろ。計算ができるなら重宝されるはずだ」


 跡取りがちょっとアレだからな――そう付け足すジェイクの提案に……というか不意に聞かされたビリーの名に、シャルロットはあからさまに嫌そうな顔をする。


「私、ビリーに嫌いって言って王都出てきたんだけど。無理じゃない?」


「それくらいであいつはへこたれないよ」


「……確かにあのお店なら人手は歓迎だろうけど。でも私が口利いたらビリーにいじめられないかな」


「そのへん気を利かせて一筆書いてやればロッテに頼られたと思って張り切るんじゃないか?」


「……かな?」


「他にいいところがあれば別だけど。でもこの街じゃ無理だろ。俺とお前と揉めたってのはもうさっきの酒場で知れ渡っちまっただろうし。どうせ盗賊から足を洗わせるなら新天地の方がいい」


「……んー、リドルさんの所は?」


「ああ、それもいいか。――おい、お前武器屋で働くのと、船に乗って投網漁するの、どっちがいい?」


「……さっきから二人で話進めてるけどさ、俺、兄貴に着いていきたいんだけど」


 恐る恐る言うテッドだが、ジェイクはきっぱりと告げる。


「それは諦めろ、連れてく気はないから。武器屋か漁師、好きな方を選べ。どっちも嫌なら勝手にしろ」


「……じゃあ武器屋で」


「だってよ、ロッテ」


「ん。二人とも、ちょっと待ってて」


 そう言ってシャルロットは近くの店に入っていった。待つことしばし――シャルロットが手に書簡を持って戻ってくる。


「紙わけて貰ってペン借りて手紙書いてきた。――これを持って王都の一番大きな武器屋に行きなさい。私の署名つきで働かせてもらえるように書いてある。店主か息子のビリーに渡せばわかるから」


 シャルロットが書簡をテッドの手に握らせる。そして――


「あと、これも。どうしても困った時はこれを使いなさい」


 金貨の入った革袋も持たせる。


「……そこまで必要か?」


「誰のものでもないじゃない。だったら少年が更生するのに使うと思えばいいわ」


「あの、俺……」


 申し訳なさそうな顔で二人の顔を見比べるテッドに、シャルロットが言う。


「私たちが必ずご両親の仇をとるわ。あなたの故郷から魔物を追い払う。だからあなたは王都で待ってて。いい?」


「……わかった」


「今から出発は危ないでしょう? 今晩寝る所はあるの?」


「大丈夫さ、寝床にしてる場所がある。つまんねえもんばっかだけど荷物がねえ訳じゃないし、片付けてから王都に向かうよ」


「そう……気をつけてね」


「ありがとう、王女様」


 別れを告げる二人を見て、ジェイクもテッドに声をかける。


「……店主の倅のビリーってのは気が強いくせにケンカは弱いんだ。お前の方が強い。もし何かあったら負けてやれ。そうすりゃうまくやれるはずだ」


「ケンカに負けるのは好きじゃないけど、兄貴が言うならそうするよ」


「おう。じゃあな」


「兄貴……俺、兄貴が魔王軍を大陸から追い出すって信じてっから!」


 そう言ってテッドは二人に頭を下げて去って行った。


 見送る二人――テッドの姿が見えなくなった頃、シャルロットはからかうようにジェイクに言った。


「……最後の方は兄貴って言われても否定しなかったね?」


「……するだけ無駄だと思ったんだ」


「もっとわかりやすく優しくしてあげたらいいのに。あの子いくつなんだろ。多分十四、五くらいだよね。そんな子に魔王軍と戦わせたくなかったんだよね」


「……さあ、どうかな」


「や、でも長い一日だったね―。お腹空いた―。早く宿に戻ろ?」


「そうだな、そうしよう」


 そして、二人は宿へ戻る道を歩く。


「お腹いっぱいお夕飯食べたら、私お風呂入るんだ―」


 シャルロットが楽しげに語る。


「覗いちゃダメだからね?」


「するか」


 相手にせず、先を急ぐジェイク。


「わかってる? 女の子の覗いちゃダメは基本覗いたらダメなんだけどでもどうしても我慢できなかったらほんのちょっとだけ覗いてもいいよってことなんだからね? だからジェイクもどうしても我慢できなかったらちょっとだけなら覗いていいからね?」


 シャルロットは恥ずかしそうに腰をくねらせる! しかし返事がない!


 ――シャルロットはくねくねしている間にジェイクに置いて行かれてしまった!


「ねー、聞いてる? ……ってあれ、いない!? あれ? ジェイクどこ!?」


 シャルロットは辺りを見回した! しかしジェイクの姿はない!


「うわーん、置いてかれた! ジェイクー!」


 シャルロットは半泣きでジェイクを追いかけた!


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